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「五十三(終)」

 須勢理早妃って奴は、まあ、控えめに言っても淑やかな奴だ。

 物腰が柔らかくて、生真面目で――けど、時折、どこまで本気で言っているのか分からないようなことを、さらりと言ってのけたりする。


「――にいさまったら、佐保ちゃんやクラスの女の子たちだけじゃ飽き足らず、今度はちゃこちゃんですか。宜しいですね、おモテになられて」


 例えば、そんな。

 事実無根の言いがかりに、思わず声を上げようとする俺だったが――駄目押しとばかり、ちゃこは今一度、俺の頬にキスをした。

 何をするんだ、と驚きに任せて声を荒げてみるが、しかし、ちゃこ本人は何故怒られたのかも分からない様子で、きょとんと小首を傾げるだけだ。

 いや、別に早妃に見られて困ることがあるわけでもやましい気持ちがあるわけでもないので弁解することなど何もないわけであるのだが、いやそれでも早妃の笑顔は恐ろしいわけで――


「……別に、宜しいのですよ? ――早妃も後ほど、同じことをさせて頂くだけですから」


 にっこり。

 意味も分からず弁解する俺に、冷水を浴びせるような姫君のお言葉。


「――して頂くのも、良いかもしれませんね?」


 ……思わず絶句する俺に、無慈悲な追い打ちである。

 完全に凍り付いた俺を余所に、キッチンへ戻っていく早妃。

 どこか申し訳なさそうに苦笑しつつも、早妃に続く佐保ちゃん。

 ……二人の背を見送って、俺は嘆息した。


「大丈夫ですよ」


 ふいに、どこか楽しげな笑顔を浮かべたサキ子が言った。


「ちゃんと埋め合わせをすれば、案外簡単に許してくれると思いますから」


 埋め合わせも何も俺は何も悪いことなんて、とは思いつつも――……まあ、その提案に従うのが一番だなんてこと、分かってる。

 だって、俺の行動原理なんてのは至極単純で、いつだってそのことしか考えちゃいないのだ。そのためであるのなら――今更、迷う必要も、意味もない。



 ――須勢理早妃って奴は、物腰が柔らかくて、生真面目で、家事万能で。だけど、極端に体が弱くて、友達を作るのが下手で、そのくせ、俺にだけは無茶な要求をしてくるような奴で。


 ――控えめに言っても、手のかかる妹で。


 ――だけど、俺は、そんな妹が何より大切だから。


 ――いつも笑っていて欲しいと思うから。



 ……だから。

 朝食を運んできた早妃に、こっそり言ってやった。


 ――誰もいないとこでなら、「して」やるよ。


 ……なんて。

 何のことか分からなかったのか、早妃は瞬間きょとんと眼を丸くして――けど、一回だけだからな、と念を押す俺に、


「……はいっ! ――早妃、にいさま大好きですっ……!」


 ――そう、仄かに頬を染めながら、無邪気な子供のように笑った。




 ……そうして。

 とぼけた『付喪神』に出会った春、俺の身に起こった一連の騒動はひっそりと幕を閉じる。


 それは、愛らしくもちょっと困った仔猫たちの引き起こした――ある春の日の、お騒がせ話。




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