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「五十二」

 ダイニングテーブルに一人、頬杖を突く。……ひとりでに緩んでしまう頬を気恥ずかしく思いながらも、俺にはそれを止める術がない。

 少し離れたキッチンには、楽しそうに朝食の支度をしている女子が二人。


 ――見たこともない妹の姿。望んでやまなかった妹の姿がそこにあった。


 女の子二人を眺めながら一人にやにやしているなんて、端から見たらまるっきり変な奴だよなあ、なんてことは分かっているんだけど。

 どうにもならない感情に、笑顔のまま困ってしまう。

 何とかにやけ顔をごまかそうと、彷徨う視線をテーブルの上に向けて――ふと、視界の隅で何かが動いたことに気が付いた。

 怪訝に思い眼を向ければ、早妃の活けた鉢の影に、見知った姿が隠れていた。

 白いコートワンピースの小さな女の子。ちゃこだ。

 やあ、と笑顔で声を掛ける。

 『依り代』に早妃の髪を結ぶことで、サキ子もちゃこを認識出来るようになっていたから、彼女も俺に倣った。

 ……が、ちゃこは何故かもじもじとして、なかなか鉢の影から出て来ようとはしない。


「むー……何だか嫌な予感がしますね。私や早妃さんにとって、あまり喜ばしくないことが起きているような」


 きょとんとする俺に、サキ子が意味不明な言葉を漏らす。

 だが、そんなことよりも余程気になっていることが一つあった。

 ――ちゃこの「耳」が、見えているのだ。耳だけじゃない。ぴょこぴょこと動く二股に分かれた尾も、しっかりと俺の眼に映っている。

 指摘してやると、ちゃこは大慌てで隠そうとする。だが、耳を隠せば尾っぽが飛び出し、尾っぽを隠せば耳が飛び出しで――結局、困ったような上目遣いの猫眼をこちらに向けるだけだった。

 しかし、今の様子を見るに、意図的に見せてくれていると言うわけでもないようだ。

 ……なら、何故今日になって急に見えるようになったんだ?

 小首を傾げているとサキ子が言った。


「……正士郎さまが、ちゃこさんにとって特別な方になったってことじゃないですか? 私には、お耳も尾っぽも見えませんし」


 どこか面白くなさそうな言葉。

 尚更分からなくなって眉根を寄せていると、ちゃこはふと、意を決したように拳を握って、とてとてとてとてっ……と、走り寄ってきた。

 そしてそのまま、ぴょんぴょんぴょんと正に猫の動きで、俺の肩上によじ登る。

 戸惑いつつも、どうしたんだ? と笑顔を向ける俺に、ちゃこは心なしか紅潮した顔に満面の笑みを浮かべて。

 ……そうして。


 ――俺の頬に、唇を寄せた。


 何をされたのか一瞬分からなくて――けれど、驚きと戸惑いと怒りがない交ぜになったようなサキ子の声と、頬に伝わる柔らかな感触が、「それ」をそう言うことなのだと教えてくれた。

 だが、そのたちの悪い悪戯を窘めようと口を開き掛けたその瞬間、


「――随分と、仲良くなられたようですね?」


 ……いつもの笑顔を張り付かせた妹が、すぐそこに立っていた。



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