表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/54

「五十一」

 ……甘い、いい匂いがした。

 頬をくすぐる、さらさらとした感触も心地良くて、ずっと微睡んでいたいような気分だった。

 だけど、意識の彼方から聞こえてくる声が、俺を呼んでいた。


「――いさま、にいさま、起きて下さい、もう朝ですよ」


 ……勘弁してくれ。帰ってきたの何時だと思ってんだ。昼までは寝かせてくれ――……今日は早妃もいないんだし。


「まあ、やっぱり朝寝坊する気だったのですね。許しませんよ、にいさま」


 ハッとして眼を開けると、眼の前に早妃の顔があった。

 比喩でも何でもなく、すぐ眼の前、ともすれば息のかかる位置に早妃の顔がある。辺りが暗いように見えるのは――ああ。広がった早妃の髪が、ベールのように光を遮っているんだ。

 しかし、どうして早妃がいるんだ? 早妃は今、佐保ちゃんの家にいるはずじゃないのか。


「えと、その――やっぱりにいさまが心配だったので、急いで帰って来ちゃいましたっ」


 なんて。俺の顔を間近から覗き込むようにしながら、戯けるように笑う。

 ……まあ、それはいいとして。

 眼の前に早妃の顔があるこの状況じゃ、起きようにも起きられないわけだが。


「あら、それは困りましたね」


 なんて言いながら、物凄く笑顔なのは何故なんですかね。退く気配もないし。

 ……二度寝してもいいかな。


「だめです♪」


 にこにこ。

 わけが分からん。何をそんな嬉しそうに笑っているんだ。

 ……退かないなら、お兄ちゃん寝ちゃうぞ。


「もう、しようのないにいさまですねっ」


 まるで怒ったように言う早妃だったが――結局、最後まで笑顔なのは変わらなかった。

 不可解な上機嫌っぷりではあったが、まあ何にしろ起きられるようにはなった。……起きたくはなかったが。

 大きな欠伸を一つしながら、ふと見やれば――早妃の傍らに、見覚えのある少女が立っている。

 他でもない。佐保ちゃんだ。


「あ……あっ、あのっ、えっとっ……おっ、おはようございますっ、先輩っ……!」


 眼が合うなり、赤い顔で声を上擦らせる。……不可解な少女がもう一人。

 だが一番不可解なのは、何故彼女がここにいるのかと言うことだ。


「佐保ちゃんのお父様にお車を出して頂いたので、どうせなら佐保ちゃんもご一緒にと」


 なるほど。早妃が無茶を言ったわけか。まだ眠いだろうに、佐保ちゃんも災難だなあ。早妃なんかと友達になったばかりに。

 ……俺が言うのも何だけど。


「――もうすぐ朝ご飯出来ますから、お顔洗ってらして下さいね」


 こっそり嘆息していると、割烹着の白が眩しい早妃が言う。

 慌てて笑顔を取り繕いつつ頷くと、早妃は満足そうに笑って暇を告げた。

 早妃も佐保ちゃんも去り、静寂が戻る部屋。

 それじゃあ、顔を洗いに行きますか――と、重い腰を上げようとした瞬間だった。


「――今日は、私が正士郎さまを起こして差し上げようと思ってましたのにぃ……」


 ……早妃の気まぐれの被害者が、そこにもあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ