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「四十一」

 公園に人影はなかった。

 当然だ。広場の中央に設えられた時計塔の時計は、二時半を回ろうとしている。

 ぎりぎりだが――丑三つ時、と言うやつだ。

 草木は眠り、魑魅魍魎が跳梁跋扈する、そんな時間。

 ぽつんぽつんと点在する街灯の一つに照らされて――……彼女は、いた。


 広場の片隅。

 ぼんやりと街灯に照らされたベンチに腰掛けて、光のない瞳でじっと夜空を見上げていた。

 ともすれば、夜闇に溶けてしまいそうなほど、虚ろな存在感だった。

 ……にも拘わらず、一目で彼女を見付けられたのは、そこに広がる異様な光景ゆえ。

 ――言うなれば、それは猫の絨毯。

 ベンチに座る彼女を取り囲むように、無数の野良猫が群れを成していた。

 近寄ろうとすると、闇を射貫く獣の瞳が一斉にこちらを振り向く。

 恐怖を感じ思わず足が止まったが、彼らに敵意はない――と早妃の肩上のちゃこが教えてくれた。

 どうやら野良猫たちは、佐保ちゃんが振りまく「気配」に惹かれて集まっただけのようで、特に何をすると言うものでもないようだった。


 叫ばなくても何とか声が届くくらいまで近付くと、俺は猫の絨毯越しに声を掛ける。

 佐保ちゃん?――名を呼ぶと、彼女は弾かれたように立ち上がった。

 丁度、外敵を警戒する猫のようだと思った。

 そして――髪の間から俺を睨め付けるその眼を見て、確信した。

 人ではなかった。その釣り上がった眼、闇を射貫く瞳。

 彼女は今、仙巌園佐保ではない。

 それは、彼女に取り憑いた――『犬神』、だった。


 だがそんなこと、半ば以上分かっていたことだ。ここで引き下がるわけにはいかない。

 俺は、佐保ちゃんを無事に連れ帰るとご両親に約束した。

 俺には、その責任がある。

 俺は今一度彼女の名を呼び、更なる一歩を踏み出そうとした。


「――にいさま! だめっ……!」


 背後で、早妃が悲鳴を上げた。

 半ば条件反射で足が止まる。

 佐保ちゃんを見やれば――奇妙に伸びた彼女の爪が、彼女自身の喉元に突き付けられていた。



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