「三十五」
実を言えば、『犬神』の話には続きがある。
犬を地中に埋め、餓えさせて首を刎ねる。それだけでは不完全なのだ。
呪詛を完全なモノとするためには、その後、刎ねた首を辻に埋めておく必要がある。
辻とは、行く道と来る道がぶつかり合い、通り過ぎ、交差し合う場所。そして、無数の未知なる人々が行き交い、通り過ぎ、時にはぶつかり合い、未知なる道に至る場所。
或いはそれは、人生そのものにも比される、特別な場所だ。
人生とは、けして楽なことばかりではなく、その道程には怒りや悲しみ、憎しみがついて回る。それこそ――強い「呪い」を、生み出すモノだ。
辻に首を埋める目的とは、即ち、それら人間の負の感情を糧として、怨霊を肥え太らせ、『蠱』を、「呪い」そのものを、増幅することにある。
……この世にオカルトなどない、などと嘯いてまで『犬神』を否定しようとしたのは、嫌な予感があったからだ。
場所が悪いのだ。これがどこか人気のない山の中などでの出来事であったなら、そんなものは単なる異常者の犯行で済ませられることだった。
だが、そこは。
学校が、明るく楽しく真っ直ぐな場所だなんて思ってるのは、妄想癖のあるPTAだけだろう。
学校なんてモノは、子供達の怒りと悲しみと憎しみが渦巻く、呪いの窯なのだ。
――『蠱』を育てるのに、これ以上適した場所などそうはない。
……とは言え、それだけならばまだ良かったのだ。幾ら呪詛に適した場所だろうと、素人が聞きかじった程度の知識で行ったそれに、劇的な効果が現れるなんてことはないはずだから。
きっかけがなければ、そんな呪いは形も持たず、霧散して消えるだけだ。
――きっかけがなければ。
……その場所に近付くに連れて、早妃の顔色は眼に見えて悪くなった。
俺の考えが正しければ、「それ」はもうそこにはない。だがそれでも、何かを感じ取っているのだろう。……勿論、良いモノであるはずはない。
早妃の肩上にいるちゃこが、慰めるように早妃の頬を撫でている。涙ぐましいちゃこの姿に、心の中で頭を垂れつつ、それでも歩みは止めなかった。
――そうして、その場所へと辿り着く。




