「三十四」
日頃とは違う装いの早妃がそこにあった。
安物のウインドブレーカーに所々白くなったジーンズ、髪は三つ編みにして肩口に垂らしてある。
――と言ってもまあ、ウインドブレーカーもジーンズも、俺の中学の頃のお下がりなのだが。
それは中学の頃からお決まりの、早妃が俺の自転車の後ろに乗る時のスタイル。
今では自転車が単車になって、早妃の方も、昔はダボダボだったジーンズのヒップラインが、少しだけ丸みを帯びて来たような気もするが――
……ともかく。
早妃がこの姿だと言うことは、まあ、つまり、そう言うことだ。
繰り返すが、午前一時を過ぎている。真夜中も良いところだ。
言うまでもなく、こんな時間に婦女子が外を出歩いているなんてのは言語道断。
俺だって、早妃を連れ出すつもりなどは毛頭なかったのだ。
けど、こいつの頑固さは並じゃあない。自分の友達のことだから、と食い下がるこいつを無理に置いて行ったりしたら、それこそ、単車を走って追いかけて来かねなかった。
……それに。
「――危ないことなんて、ありません。だって、世界一頼りになる、にいさまが一緒です。……怖いことなんて、何もありませんよ」
……そんな風に笑う妹に、どんな言葉を返せばいいって言うんだ。
それに、実を言えば懸念もあった。
これからどう行動するにせよ、ちゃこの姿が見えない、と言うことは恐らく都合が悪い。
となれば、早妃の存在は俺にとって必要不可欠だった。
――ただ、まあ。
早妃のウルトラC的発想力の前では、そんな懸念など無意味だったのだが。
早妃は、自身の長い髪を一本、俺の小指に巻き付けた。
ほんのそれだけ。ただそれだけだったが――俺の眼には、ちゃこの姿が見えていた。
早妃の存在が「門」となっていると言う俺の仮説を基に、早妃が導いた結論。要するに、「体の一部ではだめなのですか? 例えば髪の毛とか」と言う話である。
簡単そうに聞こえるが、「早妃がいなければだめだ」と言う先入観に凝り固まっていた俺としては、青天の霹靂だったと言えよう。
髪の毛と言うのは元来、人間にとって重要な部位だ。古来から長い髪には霊力が宿ると言われ、呪術の依り代として用いたりもするし、また、死んだ人間の髪を遺髪として収めたりもする。
例えとしては少々あれだが、藁人形の中に呪いたい相手の髪を仕込んだりする行為も、そう言った霊的観念を下地にしたものだ。
つまり、早妃本人の代替とするには、これ以上ないものだったわけだ。
――けれど。
もはや、帰れと言っても遅いだろう。
俺はもう、早妃を連れてここまで来てしまったのだから。
見上げれば――見慣れた校舎が、そこにはある。




