「三十三」
日頃は知識を出し渋る俺でも、興が乗れば怪談じみた話をしてやりたくなることもある。
例えば、とある地方の山村に伝わる怪奇譚。
街で暮らすとある少年が、夏休みを利用して田舎の祖父の元へと遊びに行く。
退屈ながらも穏やかな時間を満喫する少年だったが、ある日、不気味な怪女と出会してしまう。
少年の話を聞いた祖父は、青い顔で「今夜から一歩も外へ出てはいけない」と言う。
聞けば、少年が出会った怪女は、地元で言い伝えられる妖怪で、気に入った少年を拐かしてしまう邪悪なモノだと言うのだ。
祖父の言いつけ通り、部屋に閉じこもり、じっと静かな夜を過ごす少年。
やがて、少年の耳に何かの物音が聞こえる。
コツコツ、コツコツ……と。
……それは、何者かが忙しなく窓を叩く音だった――
そんな話だ。
――そんな話のせいではなかったのだろうが。
眠い眼を擦りながら時計を見れば、午前一時を過ぎている。
そんな時間に。
コツコツ、コツコツ……と。
外から窓を叩く音が、暗い部屋の中に響いていた。
「な、ななな、何ですかこの音っ……!?」
「にいさま……」
それぞれに声を上げながら、サキ子と早妃が俺にしがみついてくる。
しかし心情はそれぞれ違うようで、単純に怯えているサキ子に対し、早妃は、
「大丈夫です、何が来ても……にいさまは連れて行かせませんっ……」
そんなことを、口中で呟いている。
それもどうなんだとは思うが――……まあ、悪い気はしないから良しとしよう。
それよりも、だ。この状況を、何とかしなければならない。
何とかするのは……やっぱ俺なんだろうな。
嘆息しつつも腰を上げて、カーテンに隠された窓の前に立つ。
後ろの二人が各々に心配そうな声を上げるが、俺に迷いはない。
……オカルトなんてないって言ってるだろ。風で枝か何かが当たってるんだ、きっと。
胸中で毒突きながら、カーテンを一気に開いた。
……それ見ろ。何もありゃしない。
……音が鳴る要因も、何も。
――コツコツ、コツコツ。
……まあ、音は、鳴ってるんだが。
…………。
さて、どうしたもんだろうか。
頭を抱えていると、背後から早妃の声がした。
「ちゃこちゃん……? ――にいさまっ! ちゃこちゃんっ、ちゃこちゃんですよっ……!」
差しのばされた早妃の手を取ると、確かに、その姿が見えた。
大きな両の眼に涙を浮かべながら、必死な様子で窓を叩く――小さな『猫又』の姿。
驚きと戸惑いを覚えながらも手早く窓を開けると、ちゃこは俺の胸に飛び込んで、本当の子供のように泣きじゃくりながら告げた。
――佐保ちゃんが、家に帰って来ない、と。




