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「三十一」

 佐保ちゃんがまだ三つにもならない頃、祖母が一匹の仔猫を彼女に与えた。

 勿論それは、単なる孫への贈り物と言うだけのものではなかった。

 古来より、犬猫けんびょう狐狸こりには、人間には理解出来ない知覚――いわゆる霊的な能力が備わってると考えられてきた。

 そう言った観念が、一方では『蠱』を用いた呪術を発展させてきたわけだが――逆に、呪いや霊的な障りから身を護るために、そう言った動物を身近に置くと言うことも広く行われてきた。

 つまり、その仔猫――「ちゃこ」は、佐保ちゃんの護り猫として与えられたものだったのだ。


 しかし、佐保ちゃんはそんなこととは関係なく「ちゃこ」を愛したし、また「ちゃこ」も、いつしかそんな佐保ちゃんに、飼い主以上の感情を抱くようになった。

 佐保ちゃんと「ちゃこ」――一人と一匹は、種族の壁をも越えて、まるで本当の姉妹のようにお互いを想い合いながら、それから十年以上の歳月を共に過ごすことになる。


 「ちゃこ」は護り猫としての才に恵まれていたのか、幸いなことに、「綻び」の最もほど近くにあるはずの佐保ちゃん自身が霊障に苛まれることはなかった。

 しかし、佐保ちゃんの『霊媒』としての力が強すぎたのか、周囲への影響を完全に抑えることは出来ず、結果的には佐保ちゃんに大きな孤独を与えてしまった。

 「ちゃこ」は、長らくそんな状況を憂えていた。力及ばぬ自身にも憤りを感じていたし、なにより――己が天寿を全うした後、この哀れな姉妹はどうなってしまうのか、と。

 どんなに長生きであろうと、猫の寿命など高が知れている。どう頑張ったところで、佐保ちゃんよりも遙かに早く、自身の命が尽きることは分かっていた。


 その日が近付くに連れて、「ちゃこ」の想いは強くなっていく。

 そして、抗う術もなく、その日はやって来た。


 ――だが、気が付けば。

 「ちゃこ」はその姿を変えて、愛しい姉妹の肩上に在ったのだ。



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