「三十」
佐保ちゃんには、早妃のように『異界』の住人を見たり、触れたりする能力はない。それは、サキ子が見えていなかったことからも明らかだ。
仙巌園佐保に『異界』と接する「門」の力はない。それは確か。
ただ、彼女は――『異界』との境界に、「綻び」を生んでしまう体質を持っていた。
即ち、一般に『霊媒』と言われる存在だったのだ。
「門」と「綻び」には大きな違いがある。
「門」とは出入りを制御するための施設であり、「内」と「外」を正確に仕切り、そこに一定の「秩序」を形成するものだ。
しかし「綻び」には、そう言った「秩序」が一切ない。それを作り出す本人――佐保ちゃんの意志とは無関係に、また無意識に、「内」と「外」をまぜこぜにしてしまう。
「綻び」の周囲では無秩序に『異界』が溢れ出し、また「こちら側」のものが「あちら側」に取り込まれさえしてしまう。
『霊媒』の中には、神道の『御巫』や、恐山の『イタコ』に代表される職業的『口寄せ』のように、その「綻び」を制御する術を持つ人々もいる。
だが、悲しいかな――佐保ちゃんに、その力はなかった。
佐保ちゃんの周囲では、幼い頃からオカルトめいた出来事が頻発した。
風もない部屋での執拗な異音や、誰もいない場所での不気味な気配。
同じ部屋で眠れば金縛りに遭い、治まったかと思えば誰かがすすり泣く声に起こされ、目覚めれば枕元に誰かが立っている。
同じ写真に写れば奇妙なモノが写り込み、共に写った者には不幸が起こる。
……最初は、出所も分からないようなただの噂話だったろう。けれど、噂は噂を生み、長大な尾ひれを加えながらも、やがては一つの核心に辿り着く。
いつか、どこかで、誰かが言ったのだろう。
――仙巌園佐保は呪われている。
……学校と言う集団の中で――仙巌園佐保は、独りになった。




