「十六」
昨日よりも少しだけ賑やかになった、ランチタイムの一コマである。
「早妃ちゃん、お料理上手なんだ……」
俺と早妃の弁当箱を覗いて、佐保ちゃんは心底意外そうに声を上げた。
確かに、早妃の料理はちょっとしたものだ。正直、不味いと思ったことなど一度もない。
むしろ、意外そうなのが意外だが――……まあ、不器用で鈍臭そうに見えると言うのは分かるか。
「にいさま、今夜から突然お料理が不得手になっても宜しいんですよ?」
にっこり。……恐ろしい笑顔である。
佐保ちゃんはくすりと笑って、
「そんな風に冗談を言うのも、不思議な感じ……。クラスのみんな、早妃ちゃんは箱入りのお姫様だと思ってるから――……私も、だったけど」
箸より重い物を持ったことがない、とか?
「そんな感じ……です」
どこか照れ臭そうな、優しい微笑みだった。
確かに、早妃の虚弱体質は筋金入りである。僅かな距離を小走りしただけで息が上がるし、体育の授業など以ての外。昏倒して周囲に迷惑を掛けたことも少なくない。
が、その反面、妙なところでは意外なほどパワフルであったりする。例えば「布団の上げ下ろしは女の務め」などと言って憚らず、俺が自らやろうとすると凄い剣幕で怒るのだ。
「お布団……です、か――えっ?」
何を思ったのか、ふいに顔を赤くする佐保ちゃん。
――って、いやいやいや! 何を想像しているか知らないが、単なる寝床の準備ってだけで、それ以上のことは何もない! 断じてないっ!
……なんて、必死で弁解する俺の横で、姫君は優雅に笑っているわけで。
「ええ、お布団を敷いて差し上げて――毎晩、お傍で就寝させて頂いているだけですね?」
確実に確信犯である。
念のため言っておくが、単に兄妹が同じ部屋で寝ているってだけだ。それ以外の意味なんてない。
「え? それ以外に何か意味があるのですか?」
にこにこ、と。
……仕舞いには、佐保ちゃんに気を遣わせる始末である。
「あっ、あのっ、大丈夫ですっ! 私っ、わ、分かりましたっ! お二人は従兄妹同士だけど、今は兄妹同然に暮らしていて、それでそれでっ、毎晩一緒に寝るくらい、とってもとっても仲良しなだけなんだって、私っ、分かりましたからっ……!」
……いやま、言葉にすればその通りなんですがね。
「ええ、とってもとっても仲良しですから」
にっこり。
……早妃や、お兄ちゃん虐めて楽しいかい?
「いいえ? 早妃、にいさま大好きですよ?」
にこにこ、にこにこ。
俺は嘆息して――苦笑した。
常々思う。……兄貴をやるってのも、けっこー大変なんだ。




