「九」
光源などない真の暗闇の中。
当然、スマートフォンのバックライトだけでは掛け軸全体を照らすことなど出来ず、小さなスポットライトのような光を少しずつずらしながら、ようやく全体像を把握した。
掛け軸に描かれていたのは、着物姿の少女。見返り姿でもなく、完全に背後からの画だったが、年の頃は十三、四と言ったところだろうか。小柄で垂れ髪、着物の柄も幼さを感じさせた。
モチーフこそ幼い少女だが、いわゆる美人画に類する日本画のようだった。
内心では、幽霊画のようなおぞましいものが現れたらどうしようかと思っていたのだが、そう言った不気味さのようなものは感じなかった。
むしろ、柔らかな筆遣いの優しい画だ。良い画だ……と、素人ながらに思う。
「――にいさま~、へーきですか~……?」
時間も忘れて見入っていると、頭上から俺の身を案ずる早妃の声がした。
反射的に顔を上げ、振り返ろうとして――ぎくり、とした。
体の動きに従って僅かに動いた光が、微かに煌めいたように見えた。
慌てて視線を戻し――瞬間、ぞくり、とした。
後ろ姿の少女。だが、先ほどまでとはその様子が違う。
――白い頬が、淡い光を反射していたのだ。
いや、頬だけではない。鼻が、口が、眼が、こちらを覗いている。
――動いている。動いているのだ、画の中の少女が。
やがて、はっきりとその輪郭が見えるくらいにまで振り返ると、少女は赤い紅の引かれた口角を釣り上げて――
――オハヨウゴザイマス……オニイサマ――
……透き通るような声で、そう言った。




