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7 ファ!?

 関係各位の皆様。

 おはようございます。

 現在、イシュアはお持ち帰りされている真っ最中です。

 あのあと、この場にいたらいろいろと厄介だということで、強引に手をとられ、なぜか血走った眼で、ハァハァと吐息鋭く、あれよという間に馬に乗せられて、今は砂漠を絶賛走破中です。

「あの……。ヨハネさん?」

「なんだい。舌噛むよ」

「この時代って馬に直乗りってしてましたっけ?」

「細かいことを気にしてたらいけないよ」

「私ってもしかして、いつのまにやら誘拐されてたり?」

「誘拐なんて人聞きの悪い。あのまま、あの場所にいたらメシア様に変な噂がたっちまうかもしれないだろ」

 ヨハネさんは私が三十歳になったら本気を出す救世主の雛だと知っていたようでした。

 預言って言っとけばなんでも許されると思っているのか、先ほどのご都合主義的救出劇もすべて知っていたことだそう。

 まあそうでなくても美少女を助けるのは全人類の義務らしいですが……。

 それにしても変な噂ですか……。

 この際、そんな噂がたってくれたほうがこれからのメシアに不適合ということになって都合がいいんですが、ヨハネさんにとっては納得できないことなのでしょうね。

「なにもされてませんけどね」

「それでもだよ」

「私、両親を聖都に残してきているんですよ。いなくなったままというのも変な噂がたちそうですが」

「それは問題ない。私の預言では、イシュアちゃんは三日後に神殿に帰ればいいことになってる」


――それまで連れまわし放題だ。ひゃっほい。


 とか鼻息荒く言ってました。

 ちなみに、この美人さん。

 お名前ヨハネさんとのことですが、おそらくは洗礼者ヨハネさんだと思います。

 この時代の人の名前って恐ろしくバリエーションが少ないため、

 ほとんどの場合は地名プラス名前か、親の名前プラス名前という感じなんですよね。

 あるいは役職で呼ばれることもありまして、預言者○○というのも識別のために使われることがあるんです。

 まるで中二病の二つ名みたいですね。



 幽囚方程式ロマンティックマトリクスのヨハネさんとか。



 まあヨハネさんの二つ名についてはおいておくとして、

 例えば私の名前も実はわりと多くいるほうだったりします。

 私が住んでいたところはナザレというところになりますから、

――ナザレのイシュア

 というのが通称名ということになります。

 イシュア・クリストスを名乗るのは、できればずっとご遠慮したいものです。

 ヨハネさんという方について言えば、有名どころとしては、使徒のヨハネさんと洗礼者ヨハネさんのふたり。

 あともうひとりあげるとすれば、使徒の親としてのヨハネさんがいたかと思います。

 今回、なぜ洗礼者だと思ったのかというと、彼女自身の自己紹介の中であった預言者という名乗りです。

 洗礼者ヨハネさんは、私、イシュアの前駆者としての立場で『メシア降臨しますよー』と一発告知する手はずになっています。キュイン♪

 他方で使徒ヨハネさんはなんか漁師とかしてるんじゃなかったでしたっけ?

 かたや神の声を直接伝える超エリートとすれば、かたや魚採ってるだけのパンピーですよ。言い方悪いですけど。

 私、魚大好きなんで、たぶん預言者ヨハネさんよりも漁師のヨハネさんのほうが好きですけど。

 その差は歴然。まちがえるわけがありません。

 ともかく預言者としての役割を持っているのは洗礼者ヨハネさんになります。

 まあ、それに洗礼という言葉。

 ご存知の方も多いとは思いますが、日本でいうところの神社で手を洗う行為のようなものです。

 水を使う儀式を洗礼というわけですが、先ほどの男たちを撃退した方法を考えると、説教(物理)以外に採った、あの潜水ヘルメットの刑は水にまつわる能力なんですよね。

 だから何って感じですが。


 ……あの能力はいったい何なのでしょうか?


 空中元素を固定するとか言ってましたが、明らかに人外の力ですね。

 私が転生しちゃってることからすれば、空中元素を固定する程度、たいしたことない能力なのかもしれませんが、本格的に異世界めいてきました。

 いままで魔法なんてみかけたことなかったんですが、もしかすると超能力やら魔法やらをこの時代の人はわりと持っていたのかもしれませんね。

 もちろん、ヨハネさんにもそのあたりのことはお聞きしました。

 科学的なものですか、と。

 私は科学もひとつの宗教だと考えていますので、信頼度は普通の宗教より少し高いかな程度なんですが、それでも定量的な事柄であれば、私自身の納得はしやすいです。

 他人のこころと呼ばれるもの、信仰心や宗教的敬虔さなどといったものよりも、まだしも宇宙紐を操る能力があるといった説明のほうが納得できるというだけのことです。

 ヨハネさんが言うには、科学ってなんだとの答えでした。

 失敗することさと答えておきました。

 ヨハネさんはよくわかっていないようでした。科学的手法を獲得するのはずいぶん後の時代ですからしかたありません。

 ヨハネさん曰く――

 これは『神の奇跡』であって、いろいろな知識は夢のお告げで得たものだということでした。

 破天荒に見えても、ヨハネさんは敬虔な信者でした。

 でも、現代人だってパソコンがどういう原理で動いているか本当に理解している人は一握りですし、

 たとえば四文字さんが夜な夜なヨハネさんを魔改造して、ナノマシンとかを注入して、

 感覚的に空中元素を固定できるようにしたという可能性は考えられます。

 テレビのリモコンをピっと押すように、なぜか空中元素を固定できちゃうってだけで、本人にも説明はできないですが、科学的手法という可能性は否定できません。

 夢のお告げにしても、なんらかの洗脳装置を用いたという説明は可能ですし……。

 まだわからないことだらけですね。

 四文字さんが本当に神様かどうかもわかりません。



 五時間ほど走ったでしょうか。

 目の前には大きな川が流れていました。

 いつだって人の心をいやすのはこういった大きな情景です。

 人の心がわからなくても、情景自体が私の中の麻痺した何かを刺激します。

 ヨルダン川でした。

 ちなみにこの川を見たのは初めてではありません。ナザレから来るときも川沿いに下ってくるんですよ。

 とかなんとか、私としては珍しく素直に感動していると、

 ヨハネさんが棒読みのような下記セリフをのたまい始めました。


「さて、砂漠を走ってきたから疲れたなー(チラ)」

「汗べっとべとだなー(チラ、チラ)」

「川のほとりで汗落としたいなー(チラ、チラ、チラ)」


 正直うざかったです。

 でもそのままだとあきらめる様子もありませんでした。

 ちなみに私はヨハネさんに膝だっこされている感じで、両手は私の腰あたりにガッチリホールディング。

 さっきの男たちより性質悪くないですか?


「あー、水浴びですか?」

「いや、水浴びじゃないな。これは……そうそう、洗礼だよ洗礼!」


 完全に思いつきだ、これ。


「洗礼ですか。少し時期が違うような気がしないでもないですが……」

「そう、預言では私がイシュアちゃんのハ・ジ・メ・テをいただくことになってるの! 大丈夫。誰だって初めては怖いものよ。イシュアちゃんみたいに未成熟だとなおさらね。でも安心して、私は神の言葉を代行するもの。イシュアちゃんを傷つけるような真似はしないわ」

「預言のせいにすれば、なんでもいいと思ってませんか?」

「預言だもんなー。預言が言ってるんだもんなー。しょうがないよなー」

「……」


 べつにヨハネさんと過剰なスキンシップをとることが嫌なわけではありません。

 しかし、このまま洗礼を受けてしまうと、確実にアイドル化に一歩近づいてしまいます。

 お断りするのが合理的です。


「あ、ひとつ言い忘れてたけど」

「はい?」

「イシュアちゃんもメシアなら知ってると思うけどさ。いわゆるエロゲーってあるじゃんよ」

「はぁ。まあ知ってますが、それがなにか?」

「そんときさ。意中のかわいいおにゃのこがいるわけだけどさ」

――おにゃのこ言うな

 と思ったんですが、スルーします。

「フラグっていうのかなぁ。なんか選択肢ミスってると、強制バッドエンドになるのがあったんだよね。確か、俺たちって友達だよなって感じで今まで影の薄かった野郎仲間が出てきて……」


 ホモ・エンド。


 つぶやかれた言葉は嘆きと後悔に満ち溢れていました。

 ソドムとゴモラを嘆くかのような、悲しみに満ちた声でした。


「それがどうかしたんですか?」

「イシュアちゃんも同じ」

「同じ……?」


 あ?

 え?

 う?


 ゼロコンマの間でしたが、いつもの超スピード思考からすれば、完全な遅延でした。

 その意味するところは、現実はクソゲーということでした。

 神様が用意したイベントをクリアしてフラグを建てていかないと強制バッドエンドになる……らしい、ですね。

 ヨハネさんの言葉を信頼すればですが。


「洗礼も不可避イベントですか?」

「そう。てっきり知ってるのかなぁと思ったけど、なんか反応おかしいから言っちゃった。ごめんね。でも、私はさ」


 神様を信じているから。

 だから、こんな年端もいかない少女が過酷な運命を背負っていても、神様は悪くないという思考らしいです。

 実際、この世界における平均的な倫理観からすれば、ヨハネさんの考えはよくもわるくも普通です。

 時代的に言えば、神への生贄なんてものもちらほら散見されたはずですし。


「いいですよ。バッドエンド回避となれば是も非もありません。さっさと済ませちゃいましょう」

「うほ。美少女と洗礼!」

「そっちは脱がなくてもいいでしょう?」

「いや、そもそもメシア様に洗礼を施すなんておかしくないですか? 私なんてイシュアちゃんの靴ひもを脱がせる価値もない女ですよ」

「知りません……」

 てかなんで敬語。






 それから後。

 私は洗礼を授かりました。

 なんかこう。

 なんていうんですかね。

 天が割れて?

 天使がラッパを吹いちゃってる的な?

 川辺に映る姿は、お肌が妙につやつやしてて、いつもよりやたらと艶美な色香をまとってるかのように思います。

 超絶的な完全記憶能力を持つはずの私が、なぜか洗礼のことだけは靄がかかったかのように思い出せないんです。

 不思議なこともあるものですね。


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