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6 残念な美人さん

 関係各位の皆様。

 イシュアは大人の階段を一足早く体験してしまいそうです。

 エロいことをしても興奮するという意識がないせいか、たいして面白みはないのですが、それでも神様を殺せると思えばそれなりに楽しいものです。

 いまの私は完全にウェルカムモード。

 いつでもどうぞと据え膳状態です。

 それなのに……。

 とても無粋なことに男たちは据え膳にすら箸をつけようとしないヘタレのようでした。

 先ほどからまったく動きがありません。

 視線を交差させてなにやら黙語している様子。

 やめてほしいです。

 そういう言外の言葉をチューニングして意味を掬いあげるのは、私にとっては非常に難しいことですから。

「あの。なにしてるんですか?」

「え?」

 なんでしょうか。

 この反応の鈍さは、いまからさぁヤルぞという人間にしてはあまりにも行動が遅すぎやしませんか。

 男たちは顔を見合わせて微妙な表情を浮かべています。

 いくら経験則から多少の心象を拾うことができても、他人様の心なんて読めるはずもなく、共感する能力もない私にはよくわかりません。

 呆れているとかそういう感じなんでしょうか?

「えっちなことしないんですか?」

「あ、まぁ……それじゃあ遠慮なく」

 リーダー格といった男がおずおずといった感じで、私の服にようやく手をかけます。

 どんなに演技が下手だとしても、そこはやはり、私もまがりなりにも乙女ですので、ここは目を閉じてじっと時が過ぎ去るのを待つことにします。

 天井のシミでも数えようかと思ったんですが、小屋の中はかなり薄暗く、天井近くの壁から差し込む光からうすぼんやりとわかる程度です。

 それにしても、初めてってかなり痛いと聞いた覚えがあります。

 快楽原則が壊れているから、痛みなんて感じないだろう。

 もしくは感じたとしても、それを忌避する感情なんてないだろう。

 そんなふうに思われるかもしれませんが、そんなことはありませんよ。

 痛みはふつうに痛みです。

 当然でしょう。感覚器官が壊れてるわけではないんですから。

 快楽原則とは快・不快をよりわけるフィルターですが、自分が何を求めているかはよくわからなくなります。

 ですから痛みを自分が求めているものと誤解することはありえるでしょう。

 カッターナイフでリストカットをする人はおそらく九割程度の人は通常の感覚の持ち主であり、痛みを気持ちよさに変えているわけです。

 つまり、痛いという感覚を無視して『気持ちよくなりたい』からリストカットをしている。

 わかりやすい言い方をすればマゾの一類型なんじゃないでしょうか。

 けれど、私がもしもリストカットをするとすれば、それは血が流れるかを確かめる行為以上の意味はもちえません。

 本当に切ったら血が流れるのか試したくて切ることになるでしょう。

 つけ加えて言えば、快楽原則というのは、人とつながるときに感じるご褒美の感覚の基礎になるものです。


 ありていに言えば

――わかりあえた

 という幻想に対するエクスタシーです。


 だから、人間は場合によっては言葉だけでも絶頂に達することができるでしょう。

 翻って私の場合。

 そういったご褒美というものがありません。

 砂を噛むような感覚ですね。

 普通の人を羨ましいと思う感覚はあります。

 それが殺意の原因かもしれません……。




「ぐぼあ…っ」




 はて、薄手の服のリボンあたりに手をかけた頃合でした。

 私がゆっくりと目を開けてみると、リーダー格の男は潜水服のような、としか形容のしようのないヘルメットをかぶっていました。

 金魚鉢を逆さにしたような形状です。

 もちろん首元はすぼまっていて、顔の部分は厚いすりガラスのようなもので覆われております。

 色合いは鈍色をした金属。

 質感も金属のそれですが……。

 この時代の技術でないのは一目瞭然です。

 当然、男が自分からかぶったものではなく、誰かにかぶらされていたというべきでしょう。

 男は手をばたつかせるように動かして、そのヘルメットをとろうとしますが、どうやってもとれそうにありません。

 呼吸困難にでもなっているかと思いましたが、酸素循環はどこかからしているらしく、荒い息ですがしっかりと行っていました。

 やがて、疲れたのか男のほうは抵抗をやめたのか、ぱったりと手をおろします。


「なんだ。これえ」

「おまえ何をした」

「悪魔かおまえ」


 三人組が口々にわめきます。どうやら潜水ヘルメットをかぶっていても声は聞こえるようですね。

 私が弁明しようと口を開きかけたときでした。


「おまえらさぁ……」


 スっと温度が低くなる声です。

 しかし、透き通る声でした。

 小屋のドアはいつのまにか開け放たれており、そこにはウェスタンな恰好をした女の人が立っていました。

 ひとことでいえば美人系。

 おっぱいでかし。


「こんな美少女つれこんでナニやってんだよ」

「うっ……」


 男たちは完全にたじろいでいます。

 信じられないほど底冷えする声でした。

 細身の体型で、力もさほどなさそうですが、しかし、その眼光のするどさは人を殺せそうです。


「もう一度、聞く。なにやってんだおまえら」

「あの、ですね」ひょろ長い男がおずおずと口を開きました。「その……、国の将来を憂いて……こ、子づくりを」


 その瞬間。

 その女性はブチ切れました。


「なにが国だよ。ク○二しろオラァァ!」


 見事な蹴りでひょろ男さんは小屋の端までぶっとびます。

 ぴくぴくと痙攣を繰り返してますが、まあなんとか生きている模様です。


「つーか、おまえら羨ましすぎるだろ。すんげー美少女じゃねーか。ファック!」


 リーダー格の男とは別の少し小太りの男は、なかば恐怖、なかば驚きといった表情を浮かべて、その美人さんをにらみつけるように立っています。

 その男も、ようやく自分がかなり危険な立ち位置にいることに気づいたのか、小屋の隅に立てかけられていた棍棒のようなものをもって打ち掛かります。

 美人さん。

 半身の態勢になり、唇は品良く――しかし、楽しそうに吊り上り、


 ゴッ。


 と鈍い音が響きました。

 一瞬何が起こったのかわからなかったですが、ものすごい速さで手の平を顎にヒットさせたようです。

 おそらく男は自分に何が起こったのかもわからなかったでしょう。

 電源がおちたパソコンのように、意識を消失させていました。


 残ったのはリーダー格の男。

 沈黙があたりに満ちています。


「なん……なんだよ。おまえ」

「アー。口を開くな。屑が。ヘルメットごしにでも臭う」

「この野郎ッ!」


 男が激昂しかけますが、その前に美人さんは薄ら笑いを浮かべながら、手をひらひらさせました。


「つーかさぁ。おまえさ。いまの自分の置かれている状況を理解しているのか。そこに転がってる雑魚どもがくたばって、一対一になってるとか、そんなことじゃねぇぜ?」

「そのヘルメットってもしかしてとれなかったりするんです?」


 興味が湧いたので聞いてみました。

 美人さん、にわかに顔の表情が般若から天使もびっくりするほどのにこやかな笑顔になります。


「かわいすぎるんですけど」

「はい?」

「声、かわいい」

「そうです?」

「鈴が鳴るってこういう声を言うんだろうなぁ」

「どうでもいいですけど、解説をお願いします」

「うむ。まあお嬢ちゃんの言うとおりだよ。そのヘルメットは絶対にとれない」

「餓死しちゃいます?」

「そんな生優しいもんじゃないさ。美少女に手を出した罪はゲヘナに投げ込まれてもなお足りない重罪。イエスロリータ。ノータッチ。そんな不文律すら理解できない間抜けには……」



――溺れ死ぬのがお似合いだ。



 まあ餓死と溺れ死にと、どちらが苦しいのかは意見がわかれるところですが……。

 美人さんが指をパチリと鳴らすと、ヘルメット上部にくっつている管のようなものから、くぐもった異音が聞こえてきます。


「な、なんだ。何をするんだ」


 さきほどまで欲情まみれだった顔が、いまでは恐怖に染まっています。

 黄ばんだ歯がカスタネットを鳴らすようにカタカタと音を立ています。その音すらもモーター音にかき消され。


「私の能力なんて、しょっぱいからさ……、空中元素を固定する程度しかできないわけよ。その上部の管からは空中の水分が集められる。ギリギリ鼻が沈むくらいな」


 結構な勢いでヘルメットの中には水が溜まり、あっという間に男は水没します。躰は沈んでないですけど同じことですね。

 なるほど、これは趣深いかもしれません。

 暇な時間に拷問方法をいくつか考えている私としても、この発想はなかった。

 というか、技術的に考えて難しいのであまり考えなかったところです。


「さぁ。飲め飲め。ついでに栄養成分もたっぷりだから、餓死はしないぞ」

「がばばばばばばばッ」


 男は悶え狂いながらも言われた通りに栄養成分たっぷりな水を飲みほしていきます。

 確かに水は鼻が沈むギリギリのところですから、それなりの量を飲みこめば水位が下がり、呼吸できることになります。

 だが、そこがイイ。

 年頃の娘らしくはしゃぎたい気分でした。


「一分だ」美人さんは冷徹な宣言をしました。「一分で水は再び注がれる」


 絶望の時間でした。

 美人さんは静かに告げます。男は目を充血させていました。

 絶望が伝播するまでの瞬間はまるでひとつのアートのようです。


 だから、その瞬間はわりと好きです。

 勘違いしてほしくないのですが、私は他人の不幸が楽しいわけではないです。他人が苦しんでいるのを見て快楽を感じるとか、そういった変態ではございません。

 単に、アート。

 そこに芸術的要素が算定されるから、見たいと思うだけ。

 共感する能力を再獲得するための一連の試行に過ぎません。


「ああああああああああああああッ」


 男は絶叫し、ヘルメットごと壁に体当たりし、何度も何度もうちつけます。

 地面を転がりまわり、棍棒で殴打し――

 けれど一向に壊れる気配はありません。


「無駄だ。そのヘルメットは鋼鉄でできているからな。ちなみに見えているところは強化プラスチックとか言ったか……。深海にも耐える材質らしいぞ」

「だ、だじげで」

「聞こえんな。ほら、また一分経過だ」


 水が注がれ。

 もがきながらも飲みほし。

 以下エンドレス。


 このままでは死んでしまうでしょうね。

 おそらく数ターンもたないのではないかと思います。

 溺死や睡眠不足で死ぬのではなく、ストレスで死んでしまいます。

 男はヘルメットの中に大量に吐いてました。

 この数分間で、ストレスマッハ。

 胃かいようにでもなっちゃったんでしょうね。


「死んじゃいますよ?」

「うほッ」

「うほ?」

「小首をかしげながら問いかける様に胸がときめいた」

「そうですか……。まあそれはそれとしてあの人、死んじゃいますがいいんですか?」

「主の信徒である私からしてみれば、あんな人間以下のカスなんて死のうが問題ないのさ」

「死のうが生きようがでしょう」

「うーむ」

「神様からしてみれば、自分が支配しているはずの人間を勝手に殺されてはさすがに困りますよ。神様には神様の計画がありますので」

「確かにな……。ただここで死ぬのならそれもまた運命じゃないかな?」

「神様があなたを道具として使い、そこにいる男を殺させたというのですか?」

「そうよ」

「人間のせいですよ? 神様のせいにしちゃダメです」


 実際、この男が死のうが生きようが本当にどっちでもよかったんですが、前世記憶からすれば、情けは人のためならずという言葉もありますし、私自身も彼らを利用して神様を殺そうとしたわけですから、ほんの少しの差で助けてもよいかなという気分になっていました。

 気分的な問題。

 こうして私自身のしたいことを見つけるのは本当に楽しいことです。

 神様の器に汚染されていない自分を見つけることができているみたいで。


「わかったよ」


 美人さんがパチリと指を鳴らすと、ヘルメットは跡形もなく消失しました。


「で、お次はどうする。私にご褒美のチューをしてくれる?」

「しませんが」

「しないのか……」


 露骨にがっかりする美人さん。

 言うまでもないことですが、この人かなりの残念美人さんです。


「とりあえずお名前を聞かせていただいてもいいですか?」

「私はヨハネってんだ。流れの預言者やってる」


 ……えーっと。

 いろいろとつっこみどころ満載ですが、とりあえず次回に続きます。

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