11 神殿に戻ってきました
関係各位の皆様。
この小説は鎮痛剤のようなものです。
危険ですので、用法容量を守って読んでくださいね。
さて、大変だったのはシモンちゃんとアンデレちゃんの説得でした。
ですが、これは失敗しても特に不利益のない私はなにも行わず、
ヨハネさんが必死になっておこなう様をただ横目で見ているだけでした。
アンデレちゃんの抵抗は激しかったですが、最後には折れました。
先生の言葉は神様の言葉にも等しかったのかもしれません。
「べつに今生の別れってわけでもないしな。ほんの数年の辛抱だ」
「長いよ。せんせぇ……」
アンデレちゃんはぽろぽろと流れる涙もいとわずに、必死になってヨハネさんにしがみついています。
シモンちゃんも涙を耐えているみたいです。
「だって、私、この子のこと知らないし」
「知らないなら知ろうとすればいい。私はこの世界のことを預言という方法でいくつか学んできたが、結局最後に物を言うのは言葉だった」
まあ、私も仲良くするのはやぶさかではありませんよ。
私自身の戦闘能力ってほとんどなさそうですし、いざというときの肉壁として何人か侍らすのってよさそうですし。
「ともかく、三日目だ。急いで神殿に帰らないと、さすがに親が心配するだろう」とヨハネさん。
「どうでもいいですけど、たぶん両親は先に帰ってると思いますよ」と私。
「そういやそうだったわね」
変に思われるかもしれませんが、私って基本的には無口で影が薄いタイプなのですよ。
超がつくほど美少女なので目立ってしまうのですが、そうでなければ存在感はほとんどありません。
それに、この時代の旅というのは家族単位でおこなうのではなく、いくつかのグループでおこなうのが普通なのです。
旅団なのですよね。
人数的には二十人から五十人程度です。
ですから、私ひとりがいなくても、後列のほうにいるんだろうとか思われても、さほど変ではないのです。
それと、これまでまったく描写はしてなかったんですが、実は私には従妹がいましてね。
その従妹がやたら手がかかるので、そちらにかかりきりになっていると思います。
まあたいしたことではありません。
――人は人を殺せるのです。
意識せず、情報を交換しなければ、それはその人にとって死んでるも同然。
私は人を殺せるので、簡単に情報の外に置くことができるわけです。
それで今、私は馬に乗っています。
少々恥ずかしいですが、私よりも年下と思われるシモンちゃんの後ろに座っています。
後ろでに手をまわして、しがみついている状況です。
シモンちゃんは余裕のようでした。
本当に生きるすべをいろいと教えてもらっていたのでしょう。
「イシュアちゃんのこと教えてよ」
ふと、シモンちゃんが口を開きました。
私と仲良くするよう努めているみたいでした。
ロリっ娘ながら、案外しっかりしています。
やっぱり、使徒の中心人物になっただけのことはあって、精神のバランスは抜群のようです。
ちょっとだけ幼い言動が目立ちますが、根の部分では真面目な性格をしています。
「何を知りたいのでしょう?」
私は答えました。
「えーっと。好きなものとか?」
「お魚が好きですね。主に食べる意味で」
「他には?」
「人間も好きかもしれませんよ」
人間観察するのとか好きですね。
時々、窓辺から人間を観察して、二十分後に何をしているかを予想します。
そして、実際にできるのならば二十分後に再び観察して、結果があっていたかの答え合わせをします。
あるいは、いくつかの言葉のチャージをおこなうことによって、三日後にAさんとBさんが喧嘩するようにできるかとかを試してみたりしてます。
コントロールするのはなかなか難しいです。
人間にはテンプレートを忌避するような、そういった不確定性が必ず存在するのです。
それが個性というものなのでしょう。
「ふうん。やっぱりイシュアちゃんはメシア様なんだね」
人間が好きという言葉の解釈として、シモンちゃんは平均的に受け取ったようです。
「どうしてです?」
「人間が好きってところ。メシア様って人間が好きだから人間を救ってくださるんだよね?」
「違いますね」
「え、何が違うの?」
「どちらかといえば、ペストの気持ちですね。私は関係各位の皆様にペストを罹患させるように布教したいですね」
「ペストってなに? かわいいの?」
「サイズで言えば、ちっちゃいですね」
「かわいいんだ?」
「まあそういう感想を持つ人も中にはいるでしょう。人間の価値観は多様化していますし」
「つまり、人間にかわいい動物を広めるために布教するってこと?」
「(説明が面倒くさいので)そういうことでいいです」
「ふぅん。よくわからないけど、やっぱり先生がメシア様って言ってたのって本当なんだ」
「本当ですよ。これから本気の技術チートでもして、お二人を過剰に甘やかしてみたいと考えてるぐらいですから」
「ねえ。イシュアちゃん」
「ん?」
「アンのこと嫌いにならないでね」
「どうしてそんなことを聞くんです」
「だって、ほらさっきの」
「さきほどのことはきちんと赦しましたよ。不問にしたということです」
「でも嫌っちゃったりしない?」
「私にとっては私に殺意を抱いてくれる方は珍しいので、むしろ好ましいと思っています」
「そうなんだ。よかった」
シモンちゃんはほっとしているようでした。
シモンちゃんとアンデレちゃんは仲の良い姉妹のようですし、シモンちゃんはどうやら姉ポジションのようです。
「私はイシュアちゃんを信じるよ」
「私を信じるあなたを信じてください」
意味が不明ですが、なんかカッコいいので言ってみました。
シモンちゃんの顔がパァァァと輝きます。
なんてちょろいんでしょうか……。
「さて、到着」
ヨハネさんの声です。
ようやく神殿に戻ってこれました。
「じゃあ、私はこれから自分の家に戻るから、おまえらはイシュアちゃんの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「わかりましたッ! シモンちゃん頑張ります!」
「わかりました……。先生、寂しいよ……」
「もちろん来たいときはいつでも来ていい」
「本当ですか?」アンデレちゃん超嬉しそう。「先生今から帰ります」
「さすがに一日ぐらいはお泊りしろ」
「ところで私の両親に対する説明はどうするんです? シモンちゃんたちを扶養するのは将来的には可能でしょうが、今の私は両親に食べさせていただいている身です。いきなり扶養家族が増えたとか、いくら私がメシアでも無理がありますよ」
「なんとかしてくれ」
すがすがしいまでの丸投げでした。
まあいいでしょう。
おそらく人類最強の戯言使いである私からすれば、
口先だけで両親を丸めこむぐらいなんとかなるでしょうし――。
ヨハネさんは颯爽と帰っていきましたが、これが今生の別れにならないことを願うばかりです。
え、フラグを建てるな?
まあ、この世界は元のところとは異なる部分も多いですし、今後どうなるかは時が至るまではわかりませんよ。
神殿に至る道は毎度のことながら人の波でした。
シモンちゃんもアンデレちゃんもヨハネさんと別れて寂しいのか、顔を伏せ気味に歩いています。
私も、顔は伏せ気味。
フードをまぶかにかぶり、かどわかされないよう気をつけています。
と、そこで。
なにか重たいなと思ったら、私の服の裾を引っ張ってる方がひとり。
もしかして、また変態お兄さんたちかなと思いましたが、そうではないようでした。
着ている服はぼろぼろで、ご老人のようで、つまりは物乞いの人でした。
そんなに私って博愛の精神にあふれているように見えるんでしょうか?
「昨日から何も食べてないんです。どうかお恵みを」
……五十点。
せめて、三日前から食べてないとか、嘘でもいいからいいましょうよ。
昨日から食べてない人なんて、そこらの家にもごろごろいますよ。
結局、興味深かったのはその言葉だけでした。
その人のパーソナリティを感じ取れる唯一の言葉でしたから。
あとは、どこからか切り取ってきた憐みを誘うセリフ。
口調。
声の調子。
そんなものは、見慣れているものであり、私でも擬態ですが再現可能なものです。
その瞬間、その物乞いは私の中で優先順位がそこらの石ころと同等にまで下がり、
――物と同じでした。
気づくと私は握りしめたいくつかのデナリ硬貨をバラバラと地面に落としていました。
「いいの?」
シモンちゃんが不思議そうな顔をしています。
「何がです?」
私は、シモンちゃんが不思議そうな顔をしていることこそが不思議で、そのため聞き返しました。
「そんなに大金をあげちゃって」
「あげてませんよ。ただ、落としただけです」
――浄財洗浄の構え。
なんて言うつもりはありません。
ただ物の近くに物を落としただけなのです。
共感なんて微塵もなく、
感情移入なんて欠片もなく、
単に落としたという評価が最もふさわしいのです。
しかし、物乞いの彼に対して、いくばくかの胸の真ん中あたりがスッと冷えるような感覚を抱くのは、
きっと、前世記憶のせいなのでしょうね。




