1 神様転生
拝啓、関係各位の皆様。
袖振り合うも他生の縁ということで聞いてください。
なんだか転生してしまった模様です。
赤ん坊でした。
見事なまでに赤ん坊でした。
いやー微妙に記憶が曖昧で、前世の自分がどんなやつだったかすらほとんど思い出せないのですけど、
さすがに日本という国に生まれたことぐらいはわかるし、
二十一世紀だったことも覚えてますし、
その状況から考えて、今、この場所が日本じゃないことくらいはわかるってもんです。
妙な臭いがするんですよね。
で、なんの臭いかって思ったら、馬くさいんです。
どうして馬くさいってわかるかって?
小学校高学年の時とかのときに、どこかの動物園とか青少年の家とかに行ってお手伝いすることってありませんか?
まあそうでなくても、テレビとかでだいたいの馬小屋的雰囲気ってあるじゃないですか。
いや、ネタをばらすとですね、うっすらと馬の顔が見えたんですよ。
こっちのことをじっと見つめている馬の顔。
あー、なぜ赤ん坊で見えたかって顔してますね。
そりゃそうですよね。
ふつう、赤ん坊って言ったら視界ぼやけてるはずですもんね。
実をいうと、そのあたりの事情は謎です。
異世界チートなんですかね?
それとも神様転生とか?
神様っぽい人に会った覚えがないから、転生ボーナスあたりが妥当でしょうか。
最も驚くべきは、これらの思考が一瞬のうちにおこなわれていることかもしれません。
なんだか赤ん坊のくせに妙に思考が速いです。
こんなに思考が速かったっけといぶかしみつつ、他のことを脳髄の別の場所で考えている自分がいます。
テレビを何台も同時に視聴しつつ、そのすべてを理解してしまうような奇妙さ。
この躰って、もしかしてチートボディだったりするんでしょうか。
自分の姿をみたいところですが、首が座ってないながらもなんとなく周りを見渡すとここらには鏡もないみたいです。
自分が人間以外の種族であることも考えましたが、抱えてる女の人はめっちゃ美少女で、その傍らには好青年がいるではないですか。
あ、なんか他にもギャラリーが三人ほどいるみたいですが、どなたもご老人と呼べる方たちばかりだったので、たぶん親ではないでしょうね。
人間に囲まれてるから人間確定ってわけではないでしょうが。
たぶん、人間かなぁレベル。
「おお……、生まれなさったか」
ご老体その1さんが喜び溢れた顔で、なにか言ってます。
その『なにか』っていうのは、聞いたことのない言語だったわけですが、なぜか意味内容は理解できたりするわけです。
これは本当に転生チートっぽい。
ですが正直、自分はこの世界でこういう摩訶不思議なことが起こっても、
――ああ、そうなんだぁ
という感覚しか湧きませんでした。
無感動ともちょっと違うんですが、なんでしょうね。この感覚。
妙にふわふわと浮いている感覚というか。
どうでもいいんですよ。ありとあらゆることが。
ハッ。
もしかして……
私って……、
中二病だったんでしょうか?
自分のことがぽっかり穴の開いたように思い出せません。
でも、そのことにまったく焦りというものを覚えてもいません。なにそれこわい。
転生チートの影響でどうにかなっちゃったのかしらん。
脳内であれやこれや考えている間にも、ご老体ズの感動はマックス気味。
顔を紅潮させて、私に宝物っぽいものをうやうやしくささげて、まじないのような言葉をいくつか述べています。
あー、概念だけが伝わるこの微妙な感覚。
転生した人じゃないと伝わりそうもない。
「して、名前は? 名前をお聞かせくだされ」
おそらく母親であろう方は言いました。
「イシュアです」
あー、イシュアって名前なんですね。
発音だけを正確に書き出すと、『イェシェア』って感じでした。
日本人にはわかるまいってことで、イシュアって書きましたけどね。
ものすごくどっかで聞いた名前だ。
あはは……。
「良い名ですね。この方は、すべての民を救ってくださる希望となるお方。大事に育てなされよ。乙女マリア」
「はい」
マリアさんって言うんだー。
ていうか、乙女なんですね。うわーすごいな、処女厨の皆さん方狂喜じゃないですか。
俺のマリアたんは穢されたりしないってどんだけ聖女なんですか。
ふ・き・ん・し・ん。
なんだか妙な声が聞こえた気がします。
ふわふわ感覚が続いているせいか、そこまで焦りはしないんですけど。
なんだかこれってヤバいような気がするのは私だけでしょうか。
マリアさん、私のことをガン見しながらヘブン状態(意味深)だし。
隣にいる好青年と手をつなぎながら、「ヨセフ、がんばりましょう」とか言っちゃってるし。
某宗教まっしぐらじゃないですか。
世界の三分の一ぐらいの人間をトリコにしちゃう超銀河クラスの宇宙ヒーローまっしぐらじゃないですか。
やだなにそれ怖い。
どうやら、私……。
神様『に』転生しちゃったみたいです。