隣のあのコ
コメディーが死ぬほど苦手な俺が玉砕覚悟で書いて予想通り粉砕した作品ですので、つまらない事請け合いです。御了承ください
僕は現在、スゴく緊迫している。周囲に響くのは鉛筆で字を書く音だけだ。
「おい三嶋、問三の答えって何だ? ルートとか混ざった問題は苦手なんだ、サッパリ解らん」
不意に隣の席から質問される。だが僕は懸命に聞こえない振りをした。
しかし張本人は眉をしかめて僕にもう少し大きい声で言ってくる。
「おい三島? 聞こえてないのか?」
僕はきつく眉を寄せる。悟ってくれ、こうするのが僕と君のためなんだ!
願いはしかし虚しく聞き届けられることはない。僕の腕をぐいと掴んで怒ったように言ってくる。
「おい三嶋、無視するなよ。私と三嶋の仲だろう? それ以上変な意地悪を続けるなら、あの熱い夜の出来事を皆にバラしちゃうぞ」
僕と同じく聞こえない振りをしていた学友一同が一斉に無音の反応を示す。僕は思わず顔を跳ね上げて隣を向き、言い返した。
「あの熱い夜の出来事って何?! そんな出来事は存在しないよ!」
僕が反応したからだろう、満足気に目を細めてにぃと笑い堂々と言った。
「何を言う。中学の時の修学旅行で私が君の部屋を訪れたとき君は私にこう言ったじゃないか」
僕の腕を掴んでいた手を放し、腕を組む。底抜けに楽しそうな笑顔で言った。
「『一緒にウノしよう』って。いや、あれは暑い夜だったな?」
僕は著しい疲労感を感じて机に突っ伏す。自分でも分かるやつれた声で礼を言っておいた。
「……皆の誤解を解いてくれてありがとう」
「なに、礼をするくらいなら問三の答えを教えてくれたほうが有り難いのだがな」
「……いや、この際だからもう言っちゃうけど、それカンニングだから。聞くほうも言うほうも処罰だよ。というか解らないからって僕も不正扱いってキミはどんな邪道?」
試験中の静けさも緊張も吹き飛んでしまった。僕は机にほっぺたを付けたまま隣の席へと睨みを飛ばす。
コトの首謀者は僕の恨みオーラに涼しげな笑みを返して平然と答える。
「ハハ、私と三嶋はいつだって一蓮托生じゃないか」
「……誰が決めたんだよそんなの」
「分かり切ったことだ。世界の創造主たる御神が決めたもうたのだよ」
「そんな非人道的世界を造り上げる神が居たら僕は一生憎むよ……」
僕は起き上がり、隣の席に座るヒトを見返した。
ふっくらとした頬と、柔和に細められた相貌。すっ、と筋の通ったような鼻筋に柔らかな曲線を描くシャープな輪郭。ややしっかりした体格で、まるっこい肩に掛かるか掛からないかという長さの髪は地毛で茶色がかっている。男らしい言葉遣いを常用する『彼女』は器用に片眉を上げて僕に言葉を掛けた。
「ん? なんだ三嶋、急にそう見つめられると照れるな」
「やめてよ、そういう切り返し」
僕のほうが恥ずかしくなって目を逸らす。彼女はなにか言おうと口を開いたが、その後ろに立った先生がようやく言葉を発し、それを遮った。
「あー、君達。試験中に雑談するのは不正行為扱いだよ。たとえそれが試験に関係ない話でもね。廊下に出てって待機してなさい」
ほら来た。だから僕は彼女を無視しようと頑張ってたのに。
とはいえ反応してしまったのは他でもなく僕なので身から出たサビだ、と素直に応じる。
「はい、解りました。行こう、これ以上みんなの邪魔はできないでしょ」
目の前の身体ごとコチラを向いていて完全に雑談モードだった彼女を促す。
彼女は数瞬だけ迷子の子供のような表情を浮かべたが、すぐにいつもの尊大とさえ思える態度で立ち上がりながら言った。
「む、ああ、仕方ない。外は寒いぞ、コートでも持っていけ」
「ああ、そうだね、ありがとう。終わるまでまだまだ三十分以上あるよ、諦めるのも巻き添えにするのも早過ぎだよ」
僕は彼女の言う通りコートを持って廊下に向かう。後ろに付いてくる彼女に説教まがいの事をぼやくがそんなことを気にするタマではない。彼女は堂々と胸を逸らして言い返した。
「潔いのもモテる男の鉄則だぞ、三嶋」
「いや女でしょキミ」
自分で言ってどうするよ、と突っ込みつつ再び教室中が試験に集中しはじめたような空気を感じ、僕は扉に手を掛けて教室を後にした。
これは例のごとく至って平凡な僕、三嶋隆司と色んな意味で男勝りなのに中条穂乃香という至って平凡な女らしい名前の彼女の、平々凡々で面白いイベントもなく貴重な体験をするでもない果てしなく普通の日常である。
‐§‐
ストーブを焚いていた教室の外はやはりとても寒かった。僕は持ってきたコートを羽織り、手持ち無沙汰に廊下の壁に寄り掛かる。
僕の隣で同様に冷たい壁に背を預ける彼女は口を歪めて言った。
「やはり寒いな。こんなところで三十分も暇を持て余すなんて、愚の骨頂だ」
「そんなこと言うかな、諸悪の根源」
僕はぐったりと隣に声を掛ける。彼女はむぅ、と唸り、突然僕に向かってこうべを垂れた。
「その、ごめん。君まで不正行為扱いにさせてしまって」
僕は驚くが、変に義理堅いところは彼女らしいと思うと苦笑が浮かぶ。僕は唇を尖らせて言い返した。
「謝るくらいなら初めから巻き添えになんかしてくれなければいいのに」
「その……本当にすまない……」
悄気返ったように肩を落とす彼女が可哀相になってきて僕は意地悪を早くも止めた。肩を叩いて顔を上げさせる。
「ほら、もういいから中条さんも顔上げて。そんなシケた顔で三十分も居られたらこっちが滅入っちゃうよ」
「相変わらず君は慰める時に限って口が悪いな……」
口元に苦々しい笑みを浮かべながら彼女は顔を上げる。そして大きく白く煙る息を吐いた。
「お! 三嶋、息が白くなるぞ。はぁっ……。おぉ、面白いな三嶋?」
「息が白く煙るくらいではしゃがないでよ、小学生じゃないんだからさ」
僕はあまりに子供っぽく溜め息を繰り返す彼女に失笑する。ときどき急に幼児退行したかのように行動が幼稚になるのだ。
僕の反応がつまらなかったからか、彼女はむぅ、と唸って溜め息を止めた。そしてふと回想するように呟く。
「そういえば、三嶋とはもう四年の付き合いになるのか? 早いもんだ」
「なに? 藪から棒に。変なものでも食べた?」
失敬な、と膨れる彼女が可愛らしくて僕は思わず微笑む。そして釣られたように回想した。彼女とは中学からの付き合いで、今が高二だから……五年じゃん。
僕が内心で呆れていると彼女が声を投げてきた。
「三嶋、どうせ中学から数えて五年だとか考えてるだろ。思い出せよ、中学一年からだけど、初めから関わりがあったわけじゃないだろう? 確か十月頃からじゃないか? そう考えれば今年で四年だ」
「……あ、そっか」
僕より彼女のほうがうわてだったようだ。彼女のあからさまに呆れる溜め息が見える。別にいいじゃないか、ちょっとした間違いくらい。
と、彼女が両手を顔の前に持っていき、息を吐きかけた。
「しかし寒いな。コンビニで肉まんでも買って食べたら美味そうだ」
「この状況で買い食いの話ですか中条さん。僕的には肉まんより餡まんのほうを推薦したい」
彼女は僕の言葉にぐりんっ、と顔を向けて声を荒げた。
「何を言うか。餡まんなんて邪道な! 三嶋、私は君を見損なったぞ!」
「うわ餡まんの一言でメッタ切りだあ。でも本当に餡まんの方がいいよ。肉まんよりあったかいもん」
僕の冷静な切り返しに彼女はやや黙考し、訊く。
「……そうなのか?」
人の話をよく聞く素直な姿勢に改めて感心しつつ、僕は体験談を話す。
「だって、僕前に肉まん餡まんの両方買った時さ。肉まん食べた後に調子こいて餡まんがっついたら、中の餡が熱くて火傷するかと思ったもん」
「ほう、そんなことが……。興味あるな」
神妙に頷く傍らの彼女を、単純に思い出して食べたくなっただけとはいえ僕は誘ってみた。
「じゃあさ、今日帰りに食べてこっか」
彼女は頷きかけたが、慌てて僕に向けて言った。
「いや、私が興味を持ったのは火傷しそうになって慌てる君の姿だ。中華饅頭は肉まん以外を買い食いする気はない」
「なんだそれ、失礼だなぁ」
僕が不機嫌に言うと、彼女は楽しそうに微笑んで虚空を見上げた。手を後ろで組んで、僕に言う。
「でも、そうだな。久しぶりに寄って帰ろうか。ここしばらく無駄遣いを抑えてたからな、たまにはいいだろう」
「だね。でも僕は餡まんをがっついて食べないから」
そう僕が念押しすると、彼女は楽しそうに声を出して笑って、それから『残念だ』と言った。
試験終了まで、まだまだ時間がある。
‐§‐
今日の試験が終了し、僕と彼女は一緒に下校していた。中学の頃に家が近いことが判明してから一緒に帰るようになったのだ。初めこそ『女子と帰る』状況にドギマギしたものの口調以上に男らしい彼女の気質ではロマンスもヘッタクレも無いのですぐに馴れた。
と、傍らを歩く彼女が突然足を止めて声を上げた。
「そうだ、私は財布を持ってきていないんだった」
「え? どうしたの急に」
振り向いて尋ねた僕に彼女は驚いたように告げる。
「どうしたもなにも、肉まんを買い食いして帰る話だったじゃないか」
言われ、試験から追いだされた後のとりとめのない話の数々を思い出し、そんな話もあったことを思い出す。彼女は信じられないといった目で僕を見て、失望したようなふうに言った。
「忘れたのか? ああ、三嶋ってそんなやつだったのか。私がこんなに楽しみにしていたのにそれをそんな簡単に忘れるなんて!」
愕然と頭を俯けて首を振る彼女に、僕は慌てるあまり笑いながら言った。というか、雑談のなかでちょっと出ただけのことだったのにそんなに楽しみにしてたのか。
「ああ、ごめんごめん。僕財布持ってるし肉まんの一つくらいならおごるよ」
しかし、僕がそう提案しても彼女は首を振る。意地になってるのではなく彼女はヒトにおごってもらったりすることが嫌いなのだ。
だが、端から見て分かるほどに肩を落としていて、可哀相になった僕は苦笑とともに彼女に声を掛ける。
「ほら、せっかく約束したんだしさ。僕も思い出したら食べたくなったのに中条さんが食べないなんて白けちゃうよ」
「だがおごらせるのは……」
「陳腐な言い回しをすればあれだよ。おごりたいんだ」
もともと彼女も食べたいのだ。さすがの彼女もそこまで言われ、といとう折れた。
コンビニに寄って、僕は奮発して肉まんと餡まんを二つずつ購入した。『用もないのに入るわけにはいかない』と生真面目なことを言って律儀に店の前で待っている彼女に持っていく。
袋から肉まんを一つ恐縮頻りな彼女に手渡す。
「あ、ありがとう。というか三嶋、キミはこの場で三つも食べる気なのか?」
「まさか。一つは中条さんにあげるつもりだよ」
僕も肉まんを取り出しながら返した。包みを捲り、早速かぶりつく。温かくて美味い。
彼女は両手で肉まんを持ったまま、眉を寄せて訝しげに言う。
「そんなに要らないぞ。それに、それは餡まんじゃないか」
まだ熱い肉のあんを食べて美味いなあと思いながらなるべくなんでもないコトのように返そうと努める。ちょっとした悪戯みたいなものだ。
「どうしても餡まんを食べさせてみたいと思ったからね。買っちゃったんだからちゃんと食べてよ?」
「三嶋が食べろよ。そもそも私は中華饅頭は肉まんしか買い食いしないと言っただろう」
肉まんを半分以上食べてしまい、なんとなく名残惜しくなって食べる口を止め、彼女に言う。
「僕だって二個も要らないし、僕から貰うってのは買い食いに入らないんじゃない? あと、早く食べないと冷めるよ」
彼女は憮然と包みを捲り、肉まんをぱくぱくと三口程で半分近く食べた。
僕も食べるのを再開し、最後の一切れを口に放り込むとモゴモゴと食べながら袖に通した袋をまさぐり餡まんを取り出す。包みを捲っていると中条さんも食べ終えたので、僕は笑みを浮かべて手に持つ餡まんを差し出した。
彼女は憮然としていたけれど、受け取らないわけにもいかないと思ったのか、渋々ながら受け取った。
おお受け取ったよ、と思いつつ僕は残った餡まんを取り出して包みを捲り、食べる。彼女は口を尖らせて僕を眺めていたが、やがて餡まんにかぶりついた。
あ、と僕が思う間もなく
「あっちゃ! 熱、あっつぅ!」
彼女は自棄食いのように乱暴に口の中に入れた餡をハフハフとする。思わず僕が笑っていると、涙目で熱さをこらえ、ぐいっ、と飲み込んだ彼女が仏頂面で僕を睨む。
僕は頑張って笑いを抑えると呆れて溜め息が出た。苦笑は消さずに僕は彼女に言った。
「あーあ、もう。餡まんは熱いって話、したじゃん。飲み物買ってこようか?」
「要らない!」
彼女はそう吐き捨てるように言うと今度は慎重に冷ましてから食べる。その様子に思わず笑いを漏らしてしまう。
仏頂面で僕の足を蹴りつけた彼女は溜め息を吐いて、餡まんを切なそうに見つめながら呟いた。
「ああ、見たかったのは三嶋が火傷しそうになって慌てる姿だったのに……」
「眼福モノですありがとう」
懲りずに冷やかした僕はもう一発蹴られた。笑いながら僕は熱くて甘い餡を食べる。寒い空気に冷やされて丁度いい温かさになってると思う。
ごめんなさい。最初に謝っておきます。コメディーが死ぬほど苦手なんですがやってみたかったんです。読んで頂き本当にありがとうございました




