血祭り
3月3日夜。
雛祭りで浮かれた雰囲気の中で町内の祭りが始まった。
祭囃子に太鼓、手拍子が鳴り響く。
独りだけ異質な存在が居た。彼の名は風、苗字は無い。風というのも彼のコードネームであり、本名は捨てられた当時から持つことはなかった。
彼の得意分野は主に諜報・盗聴などの情報関係であるが、決して運動が苦手なわけではない。組織が壊滅した折、爆発のどさくさにまぎれて10階の窓から飛び降りて無傷で生還するほどだ。もちろん自身の情報はその時にすべて抹消した。
現在は山田 風太として高校に入学している。
両親は海外に出張中で、小さなアパート暮らしという設定で過ごしている。海外出張の履歴も会社の設立も既に済んでいるため、気取られることはほとんど無いといっていい。
朝は学校、夕方からバイトをする苦学生を演じていて、周囲の評判も上々である。
風はこの生活をいたく気に入っていて、このままサラリーマンまで過ごすものだと思っていた。
喧騒が止み、怒号があたりを支配する。
突然に暴れだした大人たちは、大人同士で肉体を食い合っていた。
「な・・・」
異常な光景に声が出ない。殴り合い、腕や足が落ちては拾い食う。背後から噛み付かれて首から血が噴出す。風と同じ高校の生徒達は理解が追いついていないのか呆けていて、小さな子供達は泣き出す。
一瞬の間に地獄となった神社は、一日中混乱に陥っていた。