祝!妖しい訪問販売をやっつけろ!!(前編)
ここ近年、効果がわからない化粧品や、役に立たないダイエット食品といったものを、一般住宅へ訪問し売りつけるという訪問販売が急増している。消費者は、訪問販売員の巧みな話術に惑わされ、誘われるようにお金を支払ってしまう。
悪い者たちは、こういった人間の押しの弱さにつけ込んで、ガラクタや盗品などを売りさばいて資金を集めようと企んでいる。今回はそんなお話である。
*
ここは、のどかな住宅地に佇むお店「喫茶 柔」。
挽いたコーヒー豆の優雅な香りが店内に漂っている。この香りに誘われて、会社帰りのサラリーマン、買い物帰りの主婦たちが、あたかも夢遊病患者のごとく店内へと引き寄せられてくる。
ドアのカウベルから、けたたましい金属音が鳴り響き、そんな趣のある喫茶店に一人の青年がやってきた。
「いらっしゃい。・・・なんだ、飛威狼か。」
「そんな言い方しないでよ。これでも貴重なお客だよ、ボクは。」
お店のマスターはその青年に、厄介者を見るかのような視線を送っていた。
青年の名は”噂野飛威狼”(うわさのひいろう)という。このお店の近所に住む予備校生だ。彼の詳細については、登場人物紹介をご覧いただきたい。
「で、注文は?今日もクリームソーダか?」
鼻で笑いながら、コーヒーカップを洗っているマスター。
「うーん、今日は少し大人の気分で、バナナシェイク。」
「うちの店にゃおいてないよ。ファーストフードショップにでも行っておくれ。」
「ジョーダンだよ、ジョーダン!ホットミルクお願い。」
「なーにが大人の気分だ、たわけ。」
マスターは渋々冷蔵庫から牛乳を取り出し、火にかけて暖め始める。熱された牛乳は薄い膜を張り、湧き上がる湯気が、コーヒー色いっぱいの店内をやさしく包んでいく。
「はいよ。」
「ありがとう、マスター。」
飛威狼は差し出されたマグカップに口をつけた。
「お、いい味だね。マスター、いい牛乳仕入れた?」
「いや。いつもと同じ某メーカーの普通の牛乳だぞ。」
「ほんとに?いつもよりコクとキレがあるような気がするけど。」
「それは、おまえがただの味音痴なだけだよ。」
そんなやり取りの中、飛威狼が座るカウンターのすぐ側に腰掛けているご婦人・・・というか、ごく普通のおばちゃん二人が、彼の耳にまで届くような図太い声で話をしている。
「・・・ほんとに困ったもんよ。ついつい甘い言葉の誘いに乗っちゃってね~。」
「気持ちわかるわぁ。でもでもぉ、やっぱり意志の弱いあなたが悪いわよぉ~。ほほほ。」
「そうは言ってもね~。やっぱり欲しいものだとついつい買っちゃうのよね~。ほーんと困っちゃう。」
「特に若くて格好いい男性の販売員だと、ついつい話聞いちゃうしね~。ほほほ。」
”格好いい男性だからといって、何も起こるわけないのに何を期待しているのか?”と、飛威狼は首を傾げながら、おばちゃんたちの痴話話を隣で聞いていた。
*
それから数十分、飛威狼とマスターは、いつものプラモデル談義で盛り上がっていた。その刹那、ドアのカウベルが雷鳴の如く轟いた。
50代半ばほどの慌てた表情をした女性が、息を切らせながらカウンター席へと駆けこんできた。
「おお、二軒隣の家の向かいのマンション五階に住んでる佐藤さんじゃないですか。」
「マスター、説明口調になってるよ。そこまで紹介しなくていいよ。どうせ脇役なんだし。」
「う、うるさいわね!」
佐藤は息を切らして水を要求している。
マスターはそそくさと、冷水をコップに入れて差し出した。
「はい、お水。いったいどうしたんですか?そんなに慌てて。」
「はぁはぁ、聞いてよマスター。あたし、詐欺にあったのよっ!」
「サギ?珍しいじゃないですか。エサがないから、この辺にはいないと思ってたけど。」
「飛んでる鷺のことじゃないわよ!何であたしが、鷺に会ったぐらいで、こんなに慌てるのよ!」
「ははは、そりゃそうだ。」
佐藤はグビグビと水を飲み干し、その詐欺について語り始める。彼女はハンドバッグから、携帯用の小さな機器を取り出した。
「これ見てよ。」
その機器を食い入るように見つめるマスターと飛威狼。
「何ですかこれ?ああ、低周波治療器ですね。もうお年でしょうから。」
「失礼ね、何よお年でしょうって!よくご覧なさい、これはポータブルMDプレーヤーよ!」
「おお、佐藤さんの口から、まさかそこまで英語が出てくるとは思わなかったですよ。」
佐藤は、マスターの失言に激しく憤慨する。
「マスター、あなた本当に失礼ね!こう見えても、あたしは有閑マダムと呼ばれているのよ。ご近所では若い男が放っておかないぐらい魅力的な・・・。」
マダムの自慢話をさらっと遮る飛威狼。
「はいはい。で、このMDプレーヤーがどうかしたんですか?」
「これね、今日の午前中買っちゃったのよ。訪問販売で。」
「へぇ、訪問販売でねぇ。」
マスターは、低周波・・・じゃなくMDプレーヤーを手にしてつぶやいた。
「意外に安かったのよ。市場価格1万円のところを半額の5千円だったし、それにその販売員が商売上手というか、話がうまくてねぇ。」
「”奥さん、若いから”とか、”今、流行だから”とか、そう言われたんじゃないですか?」
飛威狼の問いかけに、佐藤は照れくさそうに髪の毛を撫で回す。
「え、ええ。まぁ、そんなところかしら。ほほほ。」
マスターと飛威狼は、腕組みしながらうなずき合っている。
「ははは、いわゆる口説き文句ってヤツだな。」
「よくあるパターンですね。根も葉もないウソやお世辞でおだてて買わせる。これはやられちゃいましたね。」
この発言にムッとした表情をする佐藤。
「ちょっと、ウソとかお世辞とは失礼ね!」
「ジョーダンですよぉ。でも、安かったなら良かったじゃないですか。」
佐藤は怒り心頭でテーブルに両手を叩きつける。その気迫に、飛威狼とマスターは思わずたじろいだ。
「良くないわよぉ!これ、買ってすぐ使おうとしたら壊れてたのよぉ!!」
マスターと飛威狼は、驚きのあまり目を丸くしている。
「壊れてた?買った直後から?」
「そうよ!電源が入らないのよ、これ。」
マスターは、MDプレーヤーにあるいろいろなスイッチを動かしてみた。言われた通り、機器はまったくの無反応だった。
これでは単なるガラクタである。念のため、電池を取り替えたり差し直してみても、結果は一緒であった。
飛威狼は、落胆している佐藤に根掘り葉掘り問いかける。
「その訪問販売の会社とかわかるんですか?住所とか電話番号とか。」
「ええ、領収書に書かれていた電話番号に電話したわよ。そうしたら、”この電話番号は現在使われておりません”と言われちゃって・・・。そこであたし、詐欺にあったと実感したわ。」
「なるほどね。で、警察には届けました?」
「もちろんよ!そうしたら、この近所で、同じような被害が数件あったらしいのよ。」
「数件も?」
佐藤は頭を抱えたままうずくまってしまった。騙されたことがよほどショックだったのだろう。
そんな彼女に、飛威狼は精一杯の励ましの言葉を投げかける。
「でも、被害がMDプレーヤーレベルでよかったじゃないですか。これが結婚詐欺だったら、佐藤さん年齢的にも人生やり直しきかないところでしたよ。はっはっは。」
次の瞬間、佐藤の右足が飛威狼の股間を直撃した。彼は涙を流して、ぴょんぴょんと店内で飛び跳ねていた。
すっかり肩をすぼめた佐藤に、マスターは暖かいココアをサービスした。彼女はココアを飲み干すと、次からミルクを増量するよう要求しながら、重たい足取りでお店を後にした。
*
店内はいつの間にか、ホットミルクをすする飛威狼と、パイプを咥えているマスターの二人きりとなった。
マスターは険しい面持ちで、カウンター越しの飛威狼に声を掛ける。
「なぁ、飛威狼。さっきの佐藤さんの話、どう思う?」
「ああ、ココアのミルク増量の話でしょ?ボクも佐藤さんと同意見ですね。マスターちょっとケチですよ。」
「その話じゃない!訪問販売の詐欺事件の話だ。」
「ああ、そっちのことか。この近所で数件って、これはただ事じゃなさそうですね。」
「だろう?で、飛威狼。この件、少しばかり調査してくれ。」
飛威狼は眉毛を八の字にして顔をしかめた。
「えー、面倒くさいなぁ。5千円の被害レベルで、わざわざ調査するんですか?これは警察の仕事だと思いますよ。こういう時ぐらい、警察にがんばってもらいましょうよ。」
「おまえなぁ、被害額の問題じゃないだろう?佐藤さんだけじゃなくて、被害にあった人全員のためにも、少しは役に立ってみろ!それに、おまえが動かないと物語が進まないしな。」
「へいへい、わかりましたよ。受験勉強の合間に調査してみますよ。」
「おまえの場合、遊びの合間だろうが。」
飛威狼は、すっかり冷めたホットミルクを飲み切ると、ダラダラとした足取りでお店を出て行った。
そして彼は、相次ぐ訪問販売による詐欺事件の真相を解き明かすため、身辺調査を開始するのであった。もちろん嫌々だが・・・。
*
ここは都内某所の住宅地である。
今日も、ありとあらゆる虚言やお世辞を並べては、無駄なものを購入させようとする罪深き輩が徘徊する。売る者がいるから買う者もいる。買う者がいるから売る者もいるのである。
ここに、役に立たない商品を無理やり売りつけようとする、言葉巧みな販売員がいた。彼は、背広の隙間から光沢のある青いネクタイを覗かせて、手に持つスーツケースには、いくつものガラクタ商品を所狭しと詰め込んでいる。
住宅地の一角にある高級住宅の玄関先で、困惑な表情を浮かべる主婦を相手に、彼は得意の話術を披露していた。
「奥さん、どうですかこれ?ここへ来る前に、3セットもお買い上げいただいたヒット商品ですよ。」
「・・・でもねぇ。あたし、ダイエット食品は長く続かないのよ。おいしくないし、それに効果もあまり期待できないしねぇ。」
「奥さん、それはごく一般的なダイエット食品のことです。こちらは違うんですよ。当社が独自に開発したおいしい素であるたんぱく質”メチャウマイヤン酸”を大量に含んでいますからね。」
「・・・はぁ。」
「効果は歴然ですよ。この商品をお買い求めいただいた方の85%がウエストが締まった・・・かも知れないと。さらに何と、90%の方が体重が減った・・・んじゃないかな?と、それぞれお答えになっているんですよ。どうですか?奥さんも、そんな方々の仲間入りするしかありません。」
「そうねぇ。そこまで言われると、少し興味が湧いちゃうわね~・・・。」
チャンスありと見た販売員は、ゆっくりと主婦の耳元まで顔を近づけた。そして、魅惑の地へ誘うか如く囁く。
「奥さん、ここだけのお話にしておいてください。この商品、通常1万円のところを半額の5千円に割引させてください。奥さんのような気品のある美しい女性には、この商品でもっと美しくなっていただきたいですから。それが我々男性の願いでもあるんです。どうですか、奥さん?もっと綺麗になって、このわたくしをもっともっと魅了してください。」
割引作戦と誘惑攻撃に、とうとう主婦は落城した。彼女は顔を高潮させながら、ブランド柄の財布から1万円札を抜き取った。
「どうもありがとうございます。1万円で2セットお買い求めですね。どうぞ。」
主婦はダイエット食品を受け取ると、軽やかな足取りで自宅へと戻っていった。彼女はすでに、痩せた体と美しさを手に入れたかのような笑みを浮かべていた。
ニヤリと含み笑いを浮かべる販売員は、次なるターゲットを求めてその場を立ち去る。
「フッフッフ、今日も好調な売れ行きだ。ただの小麦粉の生地に”ごま塩”をかけて焼いただけの食品で、ダイエットなどできるものか。まったく、バカな人間どもだ。」
販売員は、付近の公園に立ち寄り背広を着替え始めた。どうしてかというと、詐欺行為がばれたとしても、自身の犯行がばれないよう配慮しているからだ。
彼は公園のトイレに入り、スーツケースに仕舞っておいた別の背広に袖を通した。そんな彼でも、光沢のある青いネクタイだけは替えなかった。何か思い入れでもあるかのように。
「よし、それじゃあ行くか。フッフッフ。」
不敵な笑みを浮かべながら、販売員は次なる標的に向かって突き進む。
公園を後にしてから歩くこと10分ほど。彼は幹線道路から離れた住宅地へとやってきた。
一軒一軒物色しながら歩いていくと、彼の目に一軒の薄汚れた住宅が映った。
「多少古めかしい家だが、まぁいいだろう。今度はここで稼がせてもらうか。」
販売員は、その古びた住宅の呼び出しブザーを押す。すると、昔ながらの”ブー”という音が住宅内に鳴り響いた。
しばらくすると、やかましい足音と共に住人の男性が姿を現した。
「はーい、何ですか?」
「あ、わたくし、安心便利の訪問販売のダマサレルナー株式会社のものです。今日は飛びっきりの商品をお持ちしましたので、是非ともご覧いただきたいのですが。」
「間に合ってまーす。じゃあ。」
「あ!ちょ、ちょっと待ってください!そ、そんな商品も見ていないのに、間に合わないでくださいよ。お話だけでも聞いていただけませんか?」
住人はしかめっ面しながら、いかにも面倒くさそうな口調で応対する。
パジャマ姿のその住人は、ボサボサの髪の毛を掻きむしり、眠たそうな目を手で擦っていた。彼こそ、受験勉強とは名ばかりに、朝方までテレビゲームに没頭していた、浪人生の噂野飛威狼であった。
「あの、ボクね、母親から、知らない人から声を掛けられた時は、無視するように言い聞かせられてるんだよ。」
「そんなぁ、わたくし誘拐犯じゃないんですから。品質第一、安さと便利さをお届けする訪問販売員なんです。」
飛威狼の眉がかすかに動いた。訪問販売というキーワードに反応したようだ。
「訪問販売?どんなの売ってるの?」
「素晴らしい商品ばかりですよ。ダイエット食品に携帯用MDプレーヤー、そして今流行りの健康青汁など盛りだくさん!どうです?興味が湧いてきたんじゃないですか?」
「あれ、最近話題沸騰中のDVD、”昭和名曲大全集”はないの?」
「え、ええ!?わ、話題の” 昭和名曲大全集”ですか!?え、えーと、当社ではそのような商品は取り扱っていませんね~。」
「じゃ、用事ないや。じゃあ。」
「わー、ま、待ってください!そ、そんな殺生な!必ずお気に召す商品をご紹介できますから、少しだけでもお話をぉ!」
懇願する訪問販売員に根負けしたのか、飛威狼は少しばかり柔軟な姿勢を示した。
「もう、ボク忙しいんだけど。これからコーンフレーク食べながら、NHK教育テレビ見るんだからね。だから用事は早く済ませてよ。」
販売員は、目の前にいる飛威狼をじっと見据える。彼は標的となる相手の性格や行動性、趣味や嗜好性といった部分を予想、分析し、それに見合う最適な商品を見繕う。これこそが、プロの仕事と言わんばかりに。
「あなたはどうやら、夜遅くまで行動しているみたいですね。ずいぶんお疲れのようですから。」
「うん、夜更かしはボクのライフスタイルだからね。眠さがピークに達した後に、落語のCDを聞いて30分以上眠らなかった記録があるんだ。ボクの友達はみんな5分でダウンだからね。」
販売員は、”こいつは絶対アホだ・・・”という思いを押し殺し、スーツケースから最適な商品を取り出した。
「これなんていかがでしょう?夜お勤めの方にお奨めしている栄養ドリンク”安眠打破スーパー”です。これを飲めば、眠さなんて一気に吹き飛んで、数日間起きっぱなし間違いなし!」
「へー、数日間起きっぱなしはさすがにイヤだけど、おもしろいドリンクだね。ちなみに、それいくら?」
「今回は特別価格でご提供しますよ。10本セット通常価格1万円のところ、半額の5千円で結構です!お買い得でしょう?」
「う~ん、まだ高いなぁ。10本もいらないから、1本100円に負けてくれないかな?」
「この商品、バラ売りはしていないんですよ。あと1本100円って、普通の栄養ドリンクより安いじゃないですか。ムチャクチャな値引き交渉ですよ、それ。」
「だって、ボクの財布の中、今100円しかないんだもん。しょうがないじゃん。ははは。」
照れ笑いを浮かべる飛威狼に、販売員はギロっとした視線で睨み付けた。ターゲットにお金がないとわかった以上、ここに留まる理由はないのである。
「あなた、わたくしをバカにしてますね!もう結構です。失礼いたします!」
憤慨する販売員は、次なる標的を求めて立ち去ろうとする。そんな彼の背中に向かって、飛威狼は小さな声でつぶやいた。
「もっといい商品があればなぁ・・・。二階から10万円貯めた貯金箱持ってこようと思ったんだけど。残念だなぁー。」
ものすごい勢いで身を翻した販売員。満面の笑みを浮かべながら、彼は飛威狼のもとへと舞い戻ってきた。
「意地悪ですね~、お客さん!まだ商品に興味があるなら、そうおっしゃってくださいよっ!」
「10万円と聞いて目の色変えたね。」
「ち、違いますよぉ!お客さんが”いい商品があれば”とおっしゃったからですよ。」
販売員は目を光らせながら、次なるお奨め商品を取り出した。
「これなんてどうですか?電動歯ブラシです。この電動歯ブラシ、もの凄い省エネ設計なんです。」
電動歯ブラシを手に取って、いろいろな角度から眺める飛威狼。
「へー、どのへんが?」
「通常の電動歯ブラシですと、16時間充電で連続40分の可動なんですが、この商品は何と!16時間充電で約41分17秒ぐらい可動できるんですよ!効率的でしょう?」
「たった1分の差じゃん。それにさ、約41分17秒ぐらいって表現が細かすぎるよ。”約”とか”ぐらい”つけるならさ、そこまで細かく宣伝しなくていいんじゃない?約41分とか、切り上げて42分とかさ。」
「いえいえ、そうはいきません。当社は正確性を売りにしていますから。」
「”約”とか”ぐらい”って言ってる時点で、もう正確性は薄れてると思うけどね。ちなみにこれいくらなの?」
販売員はオーバーアクション気味に、右手の人差し指を上空目掛けて突き立てた。
「特別キャンペーン商品につき、本来1万円のところ、本日限り5千円によるご奉仕となります!もう買うしかありませんよ、お兄さん!」
「半額かぁ。でもさ、そこまで安いと品質が気になるんだよね~。外国で大量生産したヤツだと故障とか多そうだし。その辺はどうなの?」
販売員は”ご冗談を!”と言わんばかりに、両手を左右にばたつかせる。
「と、とんでもないですよ。これは歯ブラシ職人が一つ一つ丁寧に仕上げた代物で、れっきとした日本製。メイド・イン・ジャポンです!」
「何で、最後だけフランス語なんだよ。それに、歯ブラシ職人って聞いたことないし。」
飛威狼はしばらく悩んだ末、この電動歯ブラシを買う決心を固めた。
「・・・ま、いいや。ちょうど母親が電動歯ブラシ欲しがってたし。」
「おお!お買い上げいただけるのですね!ありがとうございます。今、この電動歯ブラシをお買い上げのお客様に漏れなく、当社のマスコットキャラクターである”ミミズ”のワーム君のシールを差し上げますよ。」
「いらねー、そんなもん。」
飛威狼は自宅の二階から、10万円貯まった洋式トイレ型の貯金箱を持ってきた。そのトイレの排出口から5千円を取り出すと、彼はニコニコ顔の販売員に差し出した。
「はい、5千円ね。ちょうどあるから。」
飛威狼は、販売員に100円硬貨50枚の5千円を手渡した。
「随分貯めましたね・・・。数えるの面倒なんですけど。」
「大丈夫、ちゃんとあるから。」
50枚の硬貨を一生懸命数えている販売員。いい加減嫌になったのか、彼は数えるのを途中で投げ出して、お買い上げを証明する領収書を差し出した。漏れなくプレゼントされるワーム君のシールも一緒に差し出したが、飛威狼から丁重に断られてしまった。
「どうもありがとうございました。それでは、わたくしは他のお客様のところへ伺いますので、これで失礼いたします。」
「あ、ちょっと待ってよ。」
そそくさと立ち去ろうとする販売員に向かって、飛威狼は矢継ぎ早に質問攻めを繰り出した。ブラシの交換時期は?消費電力はどのぐらいか?ブラシを洗浄する時に感電しないのか?など、飛威狼の口撃が延々と続いた。
販売員は苛立ちながら、どんな質問に対しても、たった一言だけを繰り返していた。
「操作説明書に書いてあります。そちらをご覧ください!」
電動歯ブラシの箱から、操作説明書を取り出す飛威狼。
「あれ!?」
販売員は、説明書を見つめる飛威狼から逃げるように立ち去ろうとした。
「ちょっと待て!」
「もう、何ですか!いい加減にしてくださいよ。わたしはこれでも忙しい身なんですから、何度も呼び止めないでください。」
飛威狼は呆れ顔の販売員に向かって、電動歯ブラシの操作説明書を見せ付けた。
「これはどういうこと?あんた、この歯ブラシ”日本製”とか言ってたよね?この説明書にさ、メイド・イン・チャイナって書いてあるんだけど?」
「!!」
販売員の顔が硬直した。彼は冷や汗をにじませながら、苦し紛れの弁解を口にし始める。
「は、はは。こ、これはですね、チャイナという日本企業が製造したもので・・・。」
「そんなわけあるか、アホ!ごまかすなら、説明書だけ中国製とか言えばいいのにさ。」
「おお!そ、それいいアイデアですね!」
「感心すんな!!」
飛威狼はジリジリと販売員のもとへ詰め寄る。販売員はゆっくりと後ずさりを始める。
「だ、だめですよ、もう売買は成立していますから!返品は一切受け付けませんよ!」
「ふざけるな!こういう売買にはな、クーリングオフっていう制度があって、一定の期間内であれば、商品の返品が可能なんだよ。おとなしくボクの5千円返しやがれ!できれば5千円札でな。」
「けっ、ふざけるねぃ!手に入れたお金をそう簡単に返せるかってんだい!」
「お、いきなり江戸っ子口調。おまえ、一体何者だ!?」
販売員はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、背広の上着をゆっくりと脱ぎ、しわにならないよう丁寧に折りたたむ。彼のYシャツの胸元には、”デ”の文字が大きくかたどられたワッペンが貼り付いていた。
「そのダサいワッペンは・・・!キサマ、”デンジャラス”の手先か!?」
「ダサいは余計だぞ!察しの通り、わたしは”デンジャラス”からの使者、史上最強の販売員”クチ・ジョーズ”だ!!」
「うわぁ、名前もダサいなぁ。」
「やかましい!デンジャラスの存在を知るおまえも、ただ者ではないな?正体を見せろ!」
飛威狼はパジャマの胸ポケットから、携帯型のライトのような形の小さい機器を取り出した。そして、彼はそのライトを握り締めながら気合と共に叫んだ。
「へーんしーん!!」
「・・・?」
「あら・・・!?」
変身ポーズのまま何の変化もない飛威狼。クチ・ジョーズは、その様子を固唾を飲んで見つめている。
「し、しまった!ライトの電池切れてるじゃんか!」
思わずズッコけるクチ・ジョーズ。
「ねぇ、乾電池売ってない?単3を2個でいいんだけど。」
「しょうがないヤツだなぁ。言っておくけど、乾電池はキャンペーン商品じゃないから、安く売らんからな。2個で280円ね。」
「ちぇっ、ケチ!」
何とか乾電池をゲットした飛威狼は、変身用ライトにその乾電池を装填した。そして、もう一度変身ポーズを決めると、彼の身体が青白い煙に包まれた。
「はっはっは!ボクの正体は、キサマたちのような悪いヤツをやっつけちゃう正義のヒーロー”ハイパーヒーロー”だ!!」
飛威狼のもう一つの姿であるハイパーヒーローの登場だ。バイク乗車用ヘルメットのような兜をかぶり、剣道の胴と垂れのような鎧をまとい、そして、安全靴のようなブーツを履いた正義の使者である。
「なるほど、我が結社の幹部から聞いていたぞ。改造手術を受けたにも関わらず、人間の味方をするお人好しがいるとな。まさか、それがキサマだったのか。」
「その通りさ。ボクの身体には絶え間ない正義の心が宿っているのだ。ペットのフンを後片付けしないキサマのような悪いヤツとはわけが違うのだ。」
「わたしがいつ、ペットのフンを片付けなかった?証拠はあるのか、おい!?」
飛威狼は、いかにもヒーローっぽく大げさに振る舞いながら、クチ・ジョーズ目掛けて右手の人差し指を突き出した。
「訪問販売員になりすまし、ガラクタを売りつけるあくどい守銭奴め!キサマの目的はいったい何だ!?」
クチ・ジョーズは肩を揺らしてせせら笑っている。
「フッフッフ。この地球を征服するためには、それ相応の金が必要だ。武器を買い揃えたり、戦闘員を雇ったり、おいしいご飯をいただくには金がいる。そのため、我が結社で不要となった機材や、日本以外の国でくすねてきたまがい物を売りつけて金を手に入れること、それが、わたしの使命なのだ。」
「恐ろしいほどセコイな。というか、世界征服が目的のくせにスケールが小さいぞ。」
「うるさい!このわたしを邪魔する者は、この手ですべて叩き潰す。」
クチ・ジョーズは首に巻いていた青いネクタイをはずすと、空気を裂くが如く大きく振り回した。
「お、や、やる気か!?い、一応言っておくけど、ボクは暴力を好まないヒーローだからな。それでも無慈悲な攻撃をする覚悟があるなら来るがいい!」
「フッフッフ。このネクタイは強化ゴムで造られた特製ムチなのだ。ちなみに販売価格は1万5千円で、現在、キャンペーン期間中につき、半額の7千5百円だが、どうかね?」
「どこまでも商売上手なヤツだ。」
対峙する二人の緊張感を遮るように、突然、クチ・ジョーズの胸元にあるワッペンからラジオ並みの音声が流れてきた。
その放送に耳を傾けるクチ・ジョーズ。
「おお、新しい商品入荷のお知らせだ。急いで戻らなければ。」
「な、何?」
クチ・ジョーズは振り回していたネクタイを首に巻きつけ、何もなかったかのように身だしなみを整えた。スーツケースを手にした彼は、あっという間に訪問販売員の姿に戻っていた。
「すまないが、勝負はまた今度にしてくれ。早く仕入れないと、いい商品はすぐに売り切れてしまうからな。」
「いい商品って、どうせ詐欺まがいの商品なんだろ?」
「見た目は一流、品質は最悪、これがわたしの売る商品のモットーだ。出遅れると、ゴミのような商品ばかりが残るんだよ。それでは、またな。」
ハイパーヒーローに別れを告げたクチ・ジョーズは、短距離の陸上選手のような華麗なフォームで駆けていった。
一人残されたハイパーヒーローは、ただ黙ったまま、消えていく背広を着た男の背中を見つめていた。
「・・・クチ・ジョーズ。なかなかの強敵だな。ちょっとセコイ男だが。」