べたーな恋
読んだ後、なんとなくほのぼのとしてくれたら嬉しいです。
「ありがと川嶋くん!」
「おう!仲良くな!!」
西日射す夕焼けの教室で、女子生徒が笑顔で男子学生に手を振り教室を出ていく。男子生徒もまた、笑顔で手を振り返した。
「ふぅ・・・」
一度大きく体を伸ばし、息を吐いた彼は、誰もいなくなった教室を見回し、ようやく重い腰を上げた。
「お疲れ様、相変わらず見事だな」
「ん?桐生か・・・」
教室前の扉から、中を窺うようにひょっこり顔を覗かせた女子生徒。
名前は桐生沙耶といい、彼、川嶋秋都のクラスメイトである。
「ノゾキか?あまり感心しないな・・・」
「いやいや、私は忘れ物を取りに戻っただけだ。むしろ、入り辛くて迷惑を被ったのは私の方だがな」
「そりゃ失礼!」
多少おどけた調子の秋都にに、沙耶はやや呆れ気味だ。
「やれやれ・・・した」
「ん、何か言ったか?」
「・・・いやいや、せっかくだし、一緒に帰らないか?」
秋都と沙耶は、中学時代からの友人であり、帰り道もほぼ一緒。会話の中で“一緒に帰らないか?”という言葉も、あまり珍しくはない。
「おう、そうだな」
何の気も無く放った秋都の言葉は、一瞬だけ沙耶の表情を緩ませた。
そんな様子を知るはずもない秋都は、さっさと学生カバンを手に提げた。
秋都と沙耶の帰り道は、同じ駅から電車に乗り、同じ駅で降りて、その後は徒歩になる。
電車までの会話の内容は他愛のないものだが、世間話的には充分だ。
目的の駅に到着し、ここからは徒歩。何気ない会話で盛り上がり、気付けばもう秋都の家の前だ。
「それじゃ、また明日」
軽く手を振る沙耶だが、秋都は家の中へ入ろうとはしない。
「どうした?」
「ん、暗いし・・・送ってくよ」
そう、電車を降りてみれば、辺りはすっかり闇が支配する景色に変わり、外灯が頼りなく点々と道路を照らしているのみ。
まして近くにはコンビニも無く、人通りも決して多くはなかった。
「ふむ、川嶋にしては良い心掛けだな」
「嫌ならやめとくが?」
「誰も嫌とは言ってないだろ・・・」
教室に続き、二度目の呆れ顔を見せた沙耶。
しかし意図を汲めない秋都は、頭に?マークを浮かべるだけだ。
「やれやれ・・・」
小さく溜め息を吐き、沙耶は秋都と肩を並べて歩き出した。
秋都の家から沙耶の家までは20分程度。他愛のない会話も途切れてしまい、いつしか二人の間には、歩く度に地面を叩く靴音だけが響いていた。
「っと、ここだったか。相変わらずすごいな」
足を止めた秋都は、奥ゆかしい日本家屋の屋敷に視線を向けて、目を細めた。
「単に古いだけだがな」
現代的な住宅街の中では、沙耶の家は浮いた存在であり、沙耶自身、秋都の家のような普通の家に憧れを抱いていた。
「そうか?でも俺としてはこういう家が好きだけどなぁ・・・」
「そういうものか?」
口では平常心を装う沙耶だが、内心は自分が褒められたような気持ちになり、とても嬉しかった。
「さてと、帰・・・?」
踵を返した秋都だが、不意に腕を掴まれた。
「どうした?」
「寄っていけ・・・」
「は?」
「家に寄っていけ」
「いや、でも・・・」
「いいから!」
腕を掴んで離さない沙耶の語気が、少し荒くなる。いくら人通りが少ないとはいえ、あまり大声を出されたら近所から視線を集める事になる。
仕方なく、秋都は沙耶の家にお邪魔する事に。
「うーん、いいなぁ!」
玄関から先、沙耶の部屋に通された鼻をくすぐるまだ新しい畳の香りに、秋都は表情を緩めた。
「お茶、持ってきた!」
興味津々に部屋を眺める秋都の元へ、お茶と饅頭をお盆に乗せた沙耶が入ってきた。
「さてと、早速だが・・・」
お茶を差し出した沙耶は、秋都の対面に正座して畏まった。
なにやら真剣な彼女の表情を察してか、秋都も正座して、次の言葉を待った。
「折り入っての事だが・・・ずばり、川嶋には好きな人はいるか?」
「んあ?プライベートを詮索するのはあまり好ましくないぞ」
「私は真剣に聞いてるんだ!!」
あまりに真剣な表情で質問する沙耶を少しだけからかうつもりだったが、もの凄く語気が荒くなった為に、よほどの事かと秋都は首を竦めた。
「生憎好きな奴も彼女もいない」
「そ、そうか!よかった・・・」
「おいおい、人の気にしてる事を詮索したあげく、よかったとは失礼だなぁ」
16にもなって彼女の一人もいない秋都は、安堵の表情を浮かべる沙耶を軽く睨んだ。
「ふふっ、そう睨むな。むしろ私は嬉しいのだ」
対称的に、沙耶は笑顔を秋都に向けている。
「コホン・・・単刀直入に言おう。私は、川嶋が好きだ!」
「・・・え?」
咳ばらいを挟んだ沙耶は、対面する秋都に想いを告げた。
が、順を省略した沙耶の告白に、秋都はただ?マークを浮かべるのみ。理解するのに十数秒を要した。
「いやぁすっきりした!やはり告白とは緊張するものだな!」
「待て待て!理由は?あまりに突然過ぎる」
「理由、まあ色々あるが・・・そうだな、強いて言えば、その性格だな」
遠い目をした沙耶は、初めて秋都と出会った頃の話を始めた。
沙耶の父親は転勤族で、幼い頃から引越しを繰り返し、決まった友達が存在しなかった。
そんな彼女も小学校卒業を期に、祖父の実家である現在の家に落ち着き今に至る。
その頃には父親も長年の転勤生活に終わりを告げ、家族揃っての生活に喜びを見せた沙耶。
しかし、一抹の不安が沙耶にはあった。それは、長年の引越し生活で特定の友人を持たない彼女が、はたして友達を作れるか?という事。仕事上の都合に振り回された沙耶は、今までクラスメイトとの間に一線を引いた付き合いしかしておらず、それが脳裏に染み付いていた。
そして入学式を迎えた沙耶に、周囲は好奇の視線を向けた。
“まぁ、当然か・・・”
エスカレーター式とは言わないが、新入生の殆どが小学生からの知り合いであり、皆、沙耶を知るはずも無い。
周りの反応は当たり前で、想定の範囲内ではあったものの、やはり自分という存在が浮いている事を実感した沙耶は、心の中で悲しみを浮かべていた。
しかし、そんな不安を払拭してくれた一人の男子生徒がいた。
「どうした?緊張してんの?」
「え?」
俯く沙耶に初めて声をかけた生徒こそ、川嶋秋都だった。
「初めて会うと思うけど、引越して来たの?」
「う、うん・・・」
「そっか、俺は川嶋っていうんだ、よろしくな!・・・あ〜名前は・・・きりせい?」
「きりゅう、桐生沙耶!よろしくね、川嶋・・・くん!」
不安は一瞬にして沙耶の心から消え去り、代わりに初めて出来た“友達”という存在に、沙耶は心からの笑顔を浮かべた。
その後、秋都との事もあってか、すんなりとクラスに溶け込んだ沙耶。今では沢山の友達と呼べる存在も多くいる。
こうして高校生となった今でも、沙耶にとって秋都はかけがえのない存在なのだ。
「まぁ私の話はこんな所だが・・・」
「で、俺を好きになった理由になるか?それなら友達でも充分だと思うけど・・・」
「やれやれ、せっかちだな・・・まぁもちろん、それだけじゃない。私が川嶋を好きだという気持ちに確信を持ったのは、川嶋が屋上に呼び出された時だ」
と、ここで温くなったお茶を一気に飲み干した沙耶は、再び口を開いた。
「高1の時、ラブレターを貰っただろう?それで屋上ヘ行った川嶋の後を、私も興味本位で覗いたんだ」
「マジ?」
「マジ!けど、実際に現場を見てしまったら、言いようの無い不安襲われて・・・もし、川嶋が付き合ったりしたらと思ったら、胸が痛くなって・・・結局川嶋が断ったら、安心してる自分がいた。我ながら、最低な女だと思うが・・・」
ハハッと力無く笑う沙耶。秋都は黙って目を閉じたままだ。
「まぁ友人の戯れ言だと思ってくれて構わない。ただ、秋都にだけは、私の気持ちを知って欲しかったんだ・・・お茶が冷めたな、新し・・・」
秋都の前に置かれた湯呑みに手を伸ばした沙耶だが、その細い腕は、秋都の日に焼けた手に掴まれて、湯呑みには届かない。
「川嶋?」
「なんかネガティブになってないか?まだ告白の返事もしてないのに」
「だ、だって私、川嶋と違って性格暗いし地味だし、川嶋にフラれた女の子を見て安心するような嫉妬深い女だし・・・」
困惑を帯びた声色は、次第に涙を混じる毎に掠れていき、掴まれていない方の手は、力無く秋都の胸をポカポカと叩いた。
「生憎、そんな根暗で地味で嫉妬深い桐生に惚れてるんでね」
「・・・ふぇ?」
予想もしなかった秋都の言葉に、沙耶は涙が滲む瞳を大きく見開き、いつもの落ち着き払った声からは想像出来ない間の抜けた声を発した。
「きちんと言わないとわかんないか?なら一回しか言わないからちゃんと聞けよ?」
一度沙耶の手を離し、きちんと向かい合う秋都は、軽く深呼吸を二度程やって、気持ちを落ち着かせた。
「初めて会った時から、桐生の事が好きだった。今まで恥ずかしくて言えなかったし、もし断られたらって考えたら、怖くなってな・・・」
「じ、じゃあ・・・」
「ついでって訳じゃないけど、他の女の子から告白された時、即座に断ったのは、桐生以外と付き合う気にはなれなかったからなんだ」
照れ臭そうに鼻っ柱をポリポリと掻いた秋都の頬は、ほんのりとピンクに染まり、対する沙耶も、感化されたのか、白肌の頬を徐々に赤く染め上げていく。
「根暗で地味で嫉妬深い私だけど・・・こんな私を、彼女にしてくれるか?」
「喜んで!」
大きく手を広げた秋都に、沙耶はニコッと笑って抱き着いた。秋都もまた、そんな沙耶の頭を優しく撫でた。
窓から見える夜空は、澄んだ空気によって一層の輝きを放つ星達が煌めいていた。