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気まぐれに助けた少年がわらしべしながら求婚してきますわ

作者: らめんま。
掲載日:2026/06/04

 


「ちょっと前、助けて頂いた、カイです。あなたに一目惚れしました。おれのお嫁さんになってくれませんか」

「なんですの、この押し掛け坊やは」


 ごめんくださいという声に玄関のドアを開けてみれば。

 突然の求婚に、メアリーは吊り気味の大きな瞳をくりくりさせた。


「しかもわたくしをお嫁さんにって。あなた、わたくしの身分を分かってるのかしら?」

「はい、とっても可愛いお姫様です」

「あらま、こんなに真正面から口説かれたのは初めてだわ。悪くなくてよ」

「ありがとうございます」

「ふふん」


 伯爵令嬢のメアリーは今年で八歳になる。自分とあまり歳の変わらない男の子のことを坊やと呼びたいおませなお年頃だ。

 メアリーはこの子分かってるじゃない、と栗色の巻き毛を指に絡ませながらふふんと顎を上げた。


「正直なのはいいことよ。でもおあいにくさま。わたくし、大きくなったらあなたよりもうんとお金持ちな人のお嫁さんになる予定なの。だからあなたとは結婚出来ないわ」


 少年が身に纏っているのは所々継ぎ接ぎのある、少し薄汚れた服とも呼べぬもの。

 灰色の髪は手入れもされておらず、長い前髪が目元を隠して。


 どこからどう見ても。自分とは縁が無さそうだ。


「だめですか」

「ええ、だめね」

「お金持ちになればいいんですね。分かりました、やってみます」

「えっ、ちょっと……!」


 突如現れた押し掛け坊やはくるりと踵を返して走り去ってしまった。

 もう姿が見えない。まるで嵐のようだ。


「……カイとか言ったかしら」


 とてつもなく素直で純粋な馬鹿だった。


「ねえ。あなたはさっきの子の事、覚えてる?」


 傍に控えているメイドのベスに問い掛ける。ベスはこくこくと頷いた。


 メアリーははてと首を傾げた。


「わたくしに助けられたとか言ってましたわね」


 そしてここ最近の出来事を思い返し、あっと手を打つ。


「ああ、あの時の。薄汚れたボロ雑巾のように地べたに落ちていた、アレのことかしら!」


 二週間前、メアリーは馬車で叔母の屋敷に出掛けていた。

 その帰り道に落ちていたのだ、薄汚れた少年が。


 通行の邪魔だったので道の端に退かした拍子に、ソレはぐうとお腹を鳴らした。その時丁度、メアリーの手元には叔母に持たされた食べかけのジンジャークッキーがあった。

 だから、ふと気まぐれに。それを少年の口に入れてやった記憶はある。


『このわたくしの優しさに感謝し、幸せな日々を送れる事を祈りながら過ごすがいいわ』


 と、高笑いしながらそう言って。


 けれど、まさかその少年が恩返しに来るとは思わないではないか。

 それに、あの場所からこの屋敷までどれだけ距離がある事か。あそこは人の手を入れるのが困難で誰の領地にもなっていない、無主地と呼ばれる地域だ。


 十中八九。彼は無主地から徒歩で、人に尋ねながらここに来ている。


「……追い返したのは可哀想だったかもしれないけれど。まあ、世の中には変な子も居るものよね。あんなにみすぼらしいのにわたくしをお嫁さんに、なんて呆れちゃうわ。でもわたくしって優しいから自分を慕う者を無下に扱ったりはしないの」


「素敵なレディでしょう」と腰に手を当ててふんぞり返ると、ベスもこくこくと頷いて肯定してくれた。

 年端も行かない坊やに酷な事をしたかもしれないが、平民の少年と貴族のメアリーでは住む世界が違うのだ。


 メアリーは将来素敵なレディになって、とってもお金持ちでかっこいい素敵な男性の所にお嫁に行って一生何不自由ない暮らしをしていくと決まっている。あの少年には逆立ちしたって宝石一粒を買うお金さえ出せないだろう。


 お金を稼ぐのは簡単じゃない。やってみますなんていったって、簡単にお金が手に入るようなうまい話なんてあるわけがないのだ。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「こんにちは。お金持ちになったので来ました」

「…………」


 そんな話が、あった。


 あの日から数えて二ヶ月後。例の如く玄関先に立っているのはあの時の押し掛け坊やだった。


 はいと見せられた袋を覗くと、そこには大きめの宝石の原石がごろごろと転がっていた。

 そのどれもが市場に出回っている通常の宝石の規格を遥かに上回っている。


「山を掘ったら、出ました」


 メアリーの言葉に素直に従い、せっせと掘ったらしい。

 何とまあ、一発当てたというわけだ。たった数ヶ月で一攫千金。

 メアリーは「あらまあ、でも」と袋の口を閉じた。


「この宝石は換金しないとお金にならないって、あなたご存知?」

「そうなんですか」

「やだ、やっぱりそんなことも知らないのね。私名義で換金してさしあげても良くてよ?」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

「…………」


 あっさり大金の原石を渡され、メアリーはこの少年には警戒心がないのかと少し心配になった。


「お金にするには少し時間が掛かるわ。あなたも一緒に来る?」

「おれも行っていいんですか」

「ええ。わたくしはあなたの財産を一時的にでも預かるのだから、あなたはしっかりその目で自分の手に入れた宝がどうお金に変わるのかを見届ける必要があると思うの」

「別に、泥棒してもいいですけど。どうせそのお金はあなたのものになるんだし」

「しないわよ、そんなレディにあるまじきこと!」


 メアリーはきゃんと吠えてから、腰に手を当てて彼を頭からつま先までじろりと見下ろした。


「それに、あなたもう少し自分の身なりにお金を使った方がいいわ。そのぼろ切れはいつから着てるのよ。おへそ出かけてるじゃない」

「さあ、覚えてません」

「その格好のあなたと並んで歩きたくないわ。……ねえ、ちょっと変な匂いがするのだけど。あなた、ちゃんとお風呂入ってるの?」

「おふろってなんですか」

「きゃあ!不潔!今すぐお風呂入って来て!ベスお願い!」


 こくこくと頷いたベスが少年をお風呂に連れて行ってくれた。いったいどうやって生きているのだろう、あの少年。入浴剤を作るのが趣味のメアリーにはお風呂のない生活なんて考えられなかった。


「これでちょっとはマシになるかしら」


 金持ちの道楽、戯れというやつである。この間知り合ったばかりの見ず知らずの少年だが自分を慕うのなら施しをあげる。


(ああ、なんてわたくしって優しくて素敵なレディなのかしら!)


 メアリーは少年が身なりを整えている間、外に着ていく服を選ぼうとクローゼットルームへ向かった。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「誰ですの、この子は」


 目の前に立っているのは、見覚えのない少年だった。


 薄汚れた灰色だと思っていた髪は、洗ってみれば銀鼠色に近い柔らかな色合いをしている。前髪に隠れていた顔立ちは驚くほど整っていて、少し垂れた目元は子犬みたいに素直そうだ。

 ベスがどこから引っ張り出してきたのか、シンプルなシャツとズボンまで着せられている。


 人は身なりでここまで変わるのか。


 メアリーは思わずまじまじと見つめた。


「おれです」

「ほんとにあのさっきの押し掛け坊やなの……?」

「カイです」

「証拠は?」

「ショウコ。……お姫様をお嫁さんにする為にはショウコというものも必要なんですか?」

「本物ですわね」


 間違いなかった。こんな妙な求婚をする子はそうそう居ない。


「まあ……。その……少しだけ見られるようになったじゃない」


 精一杯の褒め言葉を口にすると、カイの顔がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます」

「そんなに喜ぶこと?」

「はい。あなたに褒められたので」

「……変な子」


 けれど悪い気はしなかった。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 メアリーはカイを連れて宝石商の店へ向かう。

 応接室に通され、鑑定士の老商人が現れる。


 そして袋の中身を見て――固まった。


「……お嬢様。こちらはどこで?」

「この子が掘ったそうよ」


 老商人は震える手でルーペを持った。


 一つ。

 二つ。

 三つ。

 宝石を確認するたびに顔色が変わっていく。


 やがて彼は深々と息を吐いた。


「この中の一番小さな石だけでも、伯爵家の一年分の収入に匹敵します」


 部屋が静まり返る。


 メアリーは瞬きをした。


「……え?」

「全部合わせれば、とんでもない額になりますな」

「…………」


 ごくり。

 メアリーの唾を飲む音が静寂に響いて聞こえた。


 カイが首を傾げた。


「はくしゃくけとはなんですか?」

「わたくしの家の事よ」

「しゅうにゅうとは」

「稼いだお金の事」

「……それって、どれくらいなのでしょう」

「うんとたくさんよ」

「うんとたくさん……」


 どうやら本人も価値を理解していなかったらしい。


 老商人が尋ねる。


「ちなみに、どちらの鉱山で採掘を?」

「山の穴です」

「山の穴」

「はい」

「具体的には」

「なんかキラキラしてたので掘りました」


 老商人が身を乗り出した。


「それはどこの山で……?」

「? 山は、山です。おれが寝て、起きて、ご飯を取って食べてる山」


「もしかして、山にも名前があるのですか?」

 そう言って首を傾げたカイに、メアリーは頭を抱えた。


 どうやら、無主地にはとんでもないお宝が眠っていたらしい。


「それでは換金させていただきましょう」


 老商人が袋を持って行こうとして、あっとカイがそれを止めた。


「一番小さいものだけ、持っておきます」

「? 全部換金したらいいじゃない。その方が早くお金持ちになれるわよ」

「分かってます。でも」


 カイが、そっと微笑む。


「これ、小さいけど一番綺麗で、あなたの瞳の色と同じだから。ずっとずっと、持っておきたいんです」

「〜〜〜!」


 やられた。


「と……時、場所、場合を考えられない男性は嫌いだわっ……!」

「えっ。そ、それは困ります。分かりました、考えます。だから嫌いにならないでください……」

「知らないっ」


 顔を真っ赤にして、メアリーが怒る。慌てるカイ。


 老商人はにこにこしていた。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 換金を終えた帰り道。


 カイは沢山のマルが記された証書を両手で持ちながら歩いていた。


「これでお金持ちですか」

「ええ。十分すぎるほど」

「それじゃあ、結婚できますよね」

「できないわよ」


 即答だった。


 カイがしゅんとする。


「なぜですか」

「お金持ちになるだけじゃ駄目なのよ」

「そうなんですか」

「当たり前でしょう?あなた、まだ子どもだし。身元の保証のされていない人間は信用も無いのよ。それに」


 メアリーは得意げに胸を張った。


「お金持ちで、かっこよくて、頭が良くて、わたくしを大切にしてくれる人じゃないと。このわたくしにはつり合わないわ」

「なるほど」

「なるほどって、あなた。ちゃんと分かって……」


 カイは曇りなき眼でこちらを見つめていた。


「…………」


 なんだか


 すごく


 嫌な予感がした。


「おれ、頑張ります」

「だからそんな簡単な話じゃ――」

「まず時、場所、場合。考えます」

「聞きなさい!」


 しかしカイはもう燃えていた。


 瞳がきらきらしている。


 宝石よりもきらきらしている。


「次に、頭を良くします」

「ちょっと」

「それからかっこよくなります」

「それは努力でどうにかなるものなの?」

「なります」

「だ、断言したわこの子」

「最後に」


 カイはメアリーを見上げる。


 まっすぐな瞳だった。

 そこには打算も駆け引きもない。ただ純粋に、自分を慕う輝き。


「あなたを大切にします」

「…………!」


 不意打ちだった。


 メアリーは一瞬だけ言葉に詰まる。

 だがすぐに顔を背けた。


「ふ、ふん。口だけなら何とでも言えるわ」

「じゃあショウコを見せます」

「どうやって?」

「考えます。まずはショウコという言葉の意味を」

「考えてから言いなさいな!」


 思わず叫ぶ。


 カイは笑った。

 その笑顔が妙に眩しくて、メアリーはなんだか落ち着かなくなる。


 ああ、本当に。


(変な子、ね)


 普通なら宝石を掘り当てた時点で満足するだろうに。

 この少年はそこからさらに前へ進もうとしている。


 メアリーは小さく呟く。


「まあ、せいぜい頑張りなさいな」

「わかりました。頑張ってあなたをお嫁さんにします」

「はいはい」


 そのうち諦めると思っていた。

 けれど後にメアリーは知ることになる。

 この少年が、一度言い出したことを絶対に諦めない男だったということを。


 そしてその日からカイのとんでもない”わらしべ長者求婚作戦”が始まったのだった。



 ――月日は流れ、十年後。



「ねえ、お姫様。俺はあなたの理想の男になれたでしょうか」

「…………」

「あれ、手が熱いですね。ジンジャークッキーでも食べたのかな」


 ふふふと甘く微笑む、理知的な男。


 ――十年後。


「ねえ、お姫様。俺はあなたの理想の男になれたでしょうか」

「…………」

「あれ、手が熱いですね。もしかしてジンジャークッキーでも食べたのかな」


 ふふふと甘く微笑む、理知的な男。


 銀鼠色だった髪は肩口でさらりと揺れ、長い睫毛の下の瞳は昔と変わらず穏やかだ。

 けれどその穏やかさの奥には、十年前の無知な少年にはなかった自信と余裕が宿っている。


 メアリーは無言で彼を睨んだ。


「あなた、昔はもっと馬鹿だったでしょう」

「ひどい事を言いますね」

「『伯爵家の収入』も知らなかったじゃない」

「今は知ってます」

「『証拠』も知らなかったし」

「今は知ってます」

「『お風呂』も知らなかった」

「毎日入ってます」

「腹が立つほど成長したわね……!」


 カイは楽しそうに笑った。


 腹立たしい。

 本当に腹立たしい。

 だって、目の前の男は。


 本当に、王国中の誰もが知る人物になってしまったからだ。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 あの日、カイは宝石を換金した。


 そしてその金でまず本を買った。


 次に教師を雇った。


 読み書きも計算も知らなかった少年は、寝る時間を削って学んだ。


 そして覚えた知識を元手に小さな商いを始めた。


 商いで稼いだ金で商会を作った。


 商会で稼いだお金で爵位を買った。


 賜った領地の港を整備した。


 港から交易路を広げた。


 長年小競り合いをしていた隣国の王様と仲良くなり、隣国との独占貿易を始めた。


 気付けば王国有数の大貴族になっていた。


 わらしべ長者というには規模がおかしい。途中から完全に本人の実力だった。


 そして、何より恐ろしいのは。


 それだけ成功しても、彼が一度も目的を忘れなかったことである。


「おれはお姫様と結婚します」


 十年間。


 彼は本当に、ずっとそう言い続けていた。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「ところで」


 カイが紅茶を置く。


「今の俺は条件を満たしてますよね」

「何の話かしら」

「時、場所、場合を考えられて、お金持ちで、かっこよくて、頭が良い」

「自分で言うんですのね」

「そして……」


 彼はそっと、声を潜めるようにして言った。


「あなたをうんと大切にする」


 メアリーの胸が跳ねる。


 ああ、昔からそうだ。


 この男は。

 肝心なところだけ真面目な顔をする。


「十年前から、ずっと変わってません」


 穏やかな瞳が向けられる。


 逃げたくなるくらい真っ直ぐだった。


「俺はお姫様の事が好きです」


 メアリーは俯いた。


「あなたって、本当に救いようのないおばかさんですわね……」

「馬鹿?」


 聞き捨てならないという響きだった。


「馬鹿じゃないです。アカデミーも首席で卒業しましたし、文官の資格も持って……」

「だって、今のあなたなら、公爵家のご令嬢どころか王女様とだって結婚出来るのに。それなのにわたくしみたいな、結婚しても何の旨みもない伯爵令嬢を選ぶだなんて」

「? それのどこが救いようがないんですか?」


 本気で分からない顔だった。


「俺はあなたに、命を救われたのに」

「…………!」


 ああ、知識も財産も教養も身に付いたのに。


 根っこの部分だけは、何も変わっていない。


「……あなたに、これを」


 カイが懐に手を入れ、何かを取り出した。


 小さな箱だった。

 ぱかりと開くと、中には指輪。


 中央には見覚えのある宝石が嵌められていた。


「あ」


 メアリーが目を丸くする。


 それはあの日。カイが掘り当てた宝石の中で、唯一換金しなかった石だった。


「覚えてます?」

「……覚えてるわよ」

「俺が初めてお金持ちになった証。そして、あなたの瞳を見ていたくて、ずっと手元に置いていたものです」


「これからは、あなたの手元で輝くのを見ていたいから」

 カイが笑う。十年前と同じ笑顔で。


「今度こそ聞かせてください。お姫様……いいえ、メアリー様」


 彼は静かに跪く。


 昔よりずっと低くなった声。

 けれど、どこか面影の残る響きで。


「俺はあなたの理想の男になれましたか」


 メアリーはしばらく黙っていた。


 そして、ふいと顔を逸らす。


 耳まで真っ赤にしながら。


「……八十点」

「えっ」

「けど、あと二十点は……わたくしをうんと幸せに出来たら考えてあげるわ」


 一瞬。カイがぽかんとする。

 それから、顔を輝かせて。


 満面の笑みで頷いた。


「分かりました。俺、頑張ります」


 また、十年前と同じ事が始まる。


 こうして、わらしべ夫による妻の幸せ大作戦が幕を開けたのであった。



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― 新着の感想 ―
コメント失礼致します。とても面白かったです! わらしべ長者……恐るべし…笑 メアリーがツンデレっぽくて可愛かったです カイの目的が一貫して「お姫様と結婚する」だったのも、一途で好きです。 ここまで一途…
2026/06/04 10:41 名無しの星
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