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鬼は桜の花びらと散りて骸骨となる

作者: アリティエ
掲載日:2026/02/23

 鬼は悪しきものとして知られる妖怪だ。

 災害や疫病など見えない恐怖を「おぬ」として、鬼と呼ばれるようになったと言われている。

 けれど、それは見えない恐怖を【形のある何か】にして心の不安を解消したかっただけなのかもしれない。

 鬼を払ってしまえば、災厄は去る。そう考えれば、悪いことを鬼のせいにしているだけなのだ。むしろ、人々の心の不安を解消してあげているのだから、良き者として扱われるべきだと個人的には思う。だって、鬼を悪者にすればより悪いことが起きるだけなのだから。


 初夏の候、夏休みまであと少し。浮き足立つ若者達にとって暑さなど気にするほどでも無いだろう。

 けれど、桜吹雪は中庭を春にして夏の陽光を忘れさせる。


 学校の七不思議の一つに『中庭の桜の木』と呼ばれるものがある。それは怪談ではない怪異だ。

 中庭には桜の木が植えられている。それは誰も見ることができない桜の木。

 『中庭の桜の木』は語りとしては未完成だ。見えない桜の木が生えているというだけのお話。面白味もない七不思議の一つ。それにまつわるエピソードも特にない。

 

 俺にはその桜の木が見える。


 桜の木の下で着物姿の女性が横になっている。花びらが積もらり布になったと錯覚させる模様柄の着物。


 不思議と桜の木の回りには陽気な気配で満ちている。彼女に近ずくほど心が軽くなる気分だ。もし、ここで寝れるのなら快眠間違いないと断言できるだろう。

 

 陽光を気持ち良さそうに浴びながら、夢でも見ているような柔らかい寝顔。

 透き通るような淡い桃色の肌、艶のある黒い長髪、額の両端からには赤と白の縞模様の角が生えている。

 彼女は鬼だ。名前はドクロ。妖怪と呼ばれる、普通の人には見えない存在。

 

「ドクロ、いつまで寝てる気。もう昼だよ?」


 返事ないただの屍のようだ……。

 心で呟いていると、ぱらぱらぱら、とドクロの体は桜の花びらとなって風に流される。残ったものは頭骸骨が一つ。


 ドクロは屍ではない。これは彼女のもう一つの姿である。


「んぁ、もう昼休みなのか? 今日は陽気が良くてな」

「だろうね。可愛い寝顔だったよ」

「はて? 君はスカルフェイスがお好みだったかな?」

「もう少しマスコットアレンジが効いていたら好んだかな。俺の言う可愛いは女の子の寝顔の方だよ」


 ドクロの頭骸骨は角があることを除けば人のものと変わらない。本人が言うには人の頭骸骨を参考にアレンジした形らしい。


「頭だけの方が妖気の燃費が良いんだ。何せ私は不完全な妖怪だからな。いつ消えてしまっても可笑しくはない」


 ドクロの頭骸骨の姿は表情を読めない。声の質で感情を判断するしかないのだ。


「妖怪とは陽気で快意であるべきだ。なぜなら陽快なのだから。悲観的考えてるとそのうち陰気に心を持ってかれるよ」

 

「夢を見ていたのだ。欠けてしまった記憶の夢を。目覚めてからは、ただ夢を見ていたということしか分からない。いつの日か私は誰からも認識されなくなり、無に帰ってしまう。そう思ってしまうんだ。不安はたしかに陰気になる。けれど、陽気に転じさせるきっかけでもある」


「遠回しな表現だな。ドクロは無にはならないよ。俺がいる限り」


 ドクロは霊鬼と呼ばれる妖怪だ。その名の通り鬼の霊。人々が心に抱く隠に影響されてその在り方が変化する。恐れや畏れの念を力にして存在しているため、人に忘れられるほど力が弱くなっていく。

 桜の木の回りには良い気が満ちている。ドクロはその気を少しずつ蓄えて力としている。それでも、存在が衰退するのを押さえる程度の役割にしかならない。

 

 だから、俺がドクロを忘れない限り、ドクロは消えない。


「ありがとう。頼りにしているよ。それより君は私に用事があるんじゃないのか? 雑談で茶を濁すのも良いがそれでは昼休みが終わってしまうぞ」

「単純に友達がいないのでドクロに会いに来たんだよ」


 友達はいない。正確には作らない。

 昔から人間関係というものが苦手で、時折面倒になってしまう。気を使ってまで友達として関係を続けなければならないなら、元よりいない方が良い。

 妖怪や精霊といった類いは素直で表裏がなくて、いつも彼らとばかり接していた。善と悪がハッキリしている分、気を楽に持てる。


「そんな笑顔で言うことでもないだろう、あとそれだと私は君の友達にカウントされてないぞ? いや、そう言えば契約は交わしてなかったな。人間の生活を長く見続けたせいか肝心なことを忘れていたな」


 友達って契約を交わしてなるものじゃないと思うんだけど、妖怪にとってはそうでもないらしい。

 最近では、使役する証として目玉を渡されることも多くなった。メダルと勘違いして目玉を渡されたときには困ったものだ。


「さて、契約か。主従関係ではなく同等な立場としてとなると、杯を交わすか、肉体の一部でも交換するか?」

「どっちも却下。お互いの承諾で良いと思うけど?」

「契約は絶対だ。お互いの承諾など無いにも等しい。そうだな、ならば、お互いに贈り物をするというのはどうであろう」

「それって契約って言えるのかな」

「言えるさ、形はどうであれ、契約と結びつけるなら、接吻でも握手でも散歩でも添い寝でも、契約として成り立つ」

「お互いの承諾も契約として結びつけられないの?」

「…………可能だ」


 ボソッと小言で呟くドクロ。


「でも、無いに等しいって言ってた気がするけど」

「契約が成り立たないとは言ってない。承諾だけでは友情とやらが無いに等しく思えるだろ。だからな。形ある証が欲しいのだ」


 なるほど、プレゼント交換がしたかったたげなのね。


「いいよ。何が欲しい?」

「それは君が決めることだろう。私だって君に渡すものは私が決める」

「了解」

「実はな、もう用意してあるのだ。なんだと思う」

「なんだろう、甘いキスとか?」

「骨とキスなんてしたいのか、変わり者め……私の灰だ」

「結局、骨じゃないか、それなら女の子の君とキスしたい」

「それは人間の女とするといい。私は幽霊のようなものだ。実体はない」

「実態があればしてくれるの?」

「ああ、してやろうとも」

「じゃあ、これがプレゼント」


 ガイコツの頭に手を添える。 

 

「僕の寿命を半分君にあげるよ」


 桜の花びらが舞い上がった。

 本来そこには存在しない見えない桜。


 周囲のどよめきが桜舞い散る光景に集まっている。

 その中心には僕が恋焦がれた、桜の化身がすわっていた。


「好きだよ、ドクロ」


 桃色の肌が熟し色づいて、愛しき君はとても甘そうだ。


「君がまた骸骨へと戻るその日まで、僕は君の傍にいよう」


 ドクロの蜜は桃のように甘く感じた。

 

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