1-1.別れ、そして王都への道で
「君、ちょっと生徒会に入ってほしいんだ」
「……はい?」
生徒会室で全身からキラキラを出しそうな金髪碧眼の生徒会長にニコニコしながらそう言われ、結城ひよりは顔を引きつらせながらこうなった経緯を思い返す。
話は一週間ほど前まで遡る。
◇◇◇
3月の終わり。
冬の名残を含んだ空気の中、ようやく春を思わせる暖かな風が吹き始めた日のことだった。
その風には、かすかな花の香りが混じっている。
小さな通りに面し、草木に囲まれた孤児院。
隣には教会が建ち、幽霊屋敷とまではいかないものの、どちらも年代物を思わせる古びた外観をしている。
教会の反対側には小さな畑があり、子供達はそこで畑仕事をし、採れた作物を日々の食事の材料にしていた。
そんな中、アッシュグレーの髪を肩口で緩やかに波立たせ、空色の瞳をした少女が、孤児院の玄関先で黒いシスター服に身を包んだ女性に深々と頭を下げる。
そこには、シスターの他にこれまで共に日々を過ごした子ども達が集まっていた。
「テイラー先生、短い間でしたが、今まで私の面倒を見てくださって本当にありがとうございました」
「やだ、短い間だなんて。5年もいたら立派な私達の仲間よ。それにひよりちゃん、小さい子達の面倒を見るのが上手だったから私たちも助かったわ。学校が辛くなったらいつでも戻ってきて良いんだからね」
四十代くらいのシスターは、少し寂しそうに微笑む。
心配そうにシスターに言われ、ひよりと呼ばれた少女はカラカラと笑う。
「大丈夫ですって先生。私、今度の学校でも上手くやってみせますから」
その時、子ども達の一人が感極まったように泣き出してしまった。
「うう、うわーーん!ひよりお姉ちゃんがいなくなるのやだぁ!」
と叫びながら、ひよりに猛突進し抱きついてきた。
ひよりはその勢いのまま、後ろにひっくり返ってしまう。
その拍子に胸元のブローチが飛び出し、アメジスト色の光を反射させる。
ひよりはチラリと胸元のブローチに目をやった後、
「こらこらアシュリー。私達はいずれここからお別れしなきゃいけない立場なんだから。それに一生会えないってわけじゃないし、これからも時々顔を見せにくるよ」
「うっうっ……けどひよりお姉ちゃん、王都の魔法学校に行くんでしょ。魔法学校って忙しそうだからなかなか帰ってこれないよ」
「うーん……夏休みとかは帰ってこれるよ、きっと」
まだ泣いている少女の言葉を受けて胸がきゅっと締め付けられたが、いつまでもここに留まる訳にはいかない。
ふと周りを見ると、他の子達も泣き出しそうな顔をしている。
ひよりは苦笑しながら少女の頭を撫でて慰め、乱れたブラウスのシワを直し姿勢を立て直しながら起き上がった。
「足腰の弱さは相変わらずね。この辺りではあまり出なかったけど、王都に行ったら魔物に気をつけなさいね」
「うん、分かってます」
笑いながらも少し心配そうにシスターは言う。中学の頃、かけっこは速かったが、体育が嫌いでサボリがちだったので、転んで動けなくなったところを魔物に襲われるかもしれない。
(……やっぱり前途多難かもしれない……でも、出来る限り気をつけなきゃ)
と微妙に不安を抱きながら、チェーンを繋げて首から下げた、金色の装飾がついたアメジスト色のブローチをそっと胸元にしまった。
その様子を見て、シスターが言葉を続けた。
「そのブローチは大切にしなさいね。ご両親の形見かもしれないんだから。」
何度も言われた言葉だ。ひよりは頷き、もう一度胸元にブローチがかかっているのを確認した。
最後に孤児院をもう一度眺める。
そろそろ建て替えをお願いしないとねえとテイラー先生が言っていたが、ひよりは少し寂れた感じのこの孤児院も趣があって好きだった。
「それじゃあ先生、みんな、お世話になりました」
再度一礼をし、トランクを引きひよりは孤児院へ別れを告げた。
その後ろ姿を見て、シスターはポツリと呟いた。
「これからよ、ひよりちゃん……」
◇◇◇
孤児院を離れ、ひよりはしばらく道なりに歩く。
小さな丘を登り、やがて四つ角に差し掛かったところでいったん立ち止まり、
「ええと、王都に向かうバス停はっと……」
と学園から届いた地図を開いた。
王国の移動手段といえば昔は馬車を想像する者が多かったが、現在、ノヴァル王国ではそういった乗り物に乗る機会があるのは上流階級のみで、下流階級の人々達は主にバスや電車を利用していた。
ひよりはしばらく地図と睨めっこした後、はぁぁ、
と大きく息を吐いてしゃがみ込んだ。
「うう、孤児院と学校しか行き来したことないから自分がどこにいるのか分からないぃぃ……」
学校には通っていたものの、幸運にも小学校と中学校はいずれも孤児院から百メートルほど歩いたところにあり、毎日の生活はその往復だけで事足りていた。
比較的高い年齢で孤児院に入ったうえ、小さな子達の世話を任され続けていたひよりは王都に出かけたことがないのだ。
何度か子供たちと一緒に遠出をさせてもらったことはあったが、その際の道案内はすべてテイラー先生任せだった。
そのため、地図を見て自分で行き先を探すことには、どうにも慣れていなかった。
しかしそこへ、救世主とばかりに左側の道から馬車が走ってくるのが見えた。
(あ、あの馬車の人に道を聞けば分かるかな?でもこの辺りで馬車って珍しいような…中にいるのはお偉いさんなのかなぁ……)
と少し気は引けたものの、背に腹は変えられず勇気を出して、遠慮がちに手を振りながら馬車を呼び止める。
「あのー、お忙しいところすみません」
「おっと、どうなさいましたか?」
意外にも御者の人は律儀に馬車を止め、ひよりに向かって答える。
「ええと、王都に行きたいんですけど、バス停への道が分からなくて。どちらに行けば良いですか?」
御者が答えようとしたところ、馬車の窓がガラガラと開き、マシュマロのようにふわふわとした金髪を胸のあたりまで伸ばし、ヒラヒラとしたピンクのワンピースを着た少女が上半身を出して答えた。
「それならここを右に曲がって二百メートルほど歩けば着きますわ。本当はわたくし達も王都に向かうので一緒に乗せて差し上げたいのですが、見ず知らずの方をお乗せする訳にはいかないので……申し訳ありません……」
「い、いやいや、そこまでして頂かなくて大丈夫です!ていうか窓から身を乗り出したら危ないです!」
急に窓から出てきたお偉いさんと思われる少女に申し訳なさそうにされてどう対応すれば良いのか分からず、ひよりはわたわたしてしまう。
「大丈夫、これでもバランス感覚は良い方なので。それでは」
と金髪少女がニコリと笑い、窓から引っ込むと、馬車はまっすぐ走り去って行った。
ひよりはほっと息を吐き、
「はぁぁ……びっくりした。でも、とりあえず右に曲がって道なりに行けばバス停に着く……のかな?」
と、金髪少女の言う通り道を進んでみた。
するとバス停が見えてきて、ひよりは無事王都へ向かうバスに乗ることが出来たのであった。




