1-13.生徒会室
翌日の昼過ぎ。
ひよりは、昨日の夕食で橘遥花に言われた通り生徒会室を探していた。
今回は迷わないように、最初から生徒手帳で地図を確認している。
それによると、生徒会室はどうやら別棟の二階らしかった。
別棟というのは学校到着時に見た今いる校舎の西側にあったコンクリートの建物のことだろう。
なので、別棟に繋がる渡り廊下を探せば良いことになる。
ひよりが今いるのは本校舎の一階で、西側へ歩いて行くと、別棟への渡り廊下はすぐに見つかった。
渡り廊下の所までは木製だが、そこから先は青みがかったコンクリート製の内装に変わる。
(やっぱり本校舎と雰囲気が別物だなぁ)
そんな風に思いながら、ひよりは別棟の階段を登っていく。
靴音もカンカンと硬質な音がした。
やがて階段を上り終えると、『生徒会室』とドアに書かれた部屋がすぐに見つかった。
(一応呼ばれたから来てみたけど……用事って……ブローチの返却?……でもそれなら新見先生が返してくれるはずだから教員室のはずだし……あー!分かんない!とりあえず入るだけ入ってみよう!)
そう決意し、コンコンとドアをノックする。
すると聞き覚えのある少年の声で返答がすぐに帰ってきた。
「はい、どなたですか?」
「あ、あの、ひょっとして千秋くん?私です。結城ひよりです」
すると声の主は落ち着いた様子で、
「あ、生徒会からの用事で来てくださったんですね。入って下さって大丈夫ですよ」
そう答えが返ってきた。
素直にドアを開く。
するとそこには、書類が山積みになったテーブルがいくつも置かれていた。
右側のテーブルを見ると、棗千秋が書類を整理している。
他の人は留守のようだ。
「あー……早く来すぎちゃったかな?」
壁にかかっている時計を見ると、12時55分くらいだった。
ひよりがどうすれば良いのか戸惑っていると、千秋が書類整理の手を止めて、ひよりに軽く頭を下げる。
「早く来ていただいたのにすみません。用事があるのは兄貴なんですけど、多分新見先生と打ち合わせしてるんだと思います。そこの椅子、空いてるんで座ってもらって良いですよ」
「あ……それじゃあ遠慮なく」
促されるまま、椅子に座る。
生徒会室という、学生にとってはちょっとした権力の場にいることが何だか場違いだ。
何となく落ち着かず、ブローチがあった胸の辺りをさすってしまう。
千秋もひよりがきたことでどう対応して良いのか困っているようで、そわそわと時計とひよりの方を見比べていた。
そして棚のある一点に目をつけたようで、ひよりの方を向いて言う。
「え、ええと、結城先輩、紅茶飲みますか!?ここ、美味しい茶葉をいくつかストックしてるんです!」
ひよりの方も何もないのも落ち着かないので、お言葉に甘えさせてもらうことにする。
「あ、そうだね。じゃあ頂こうかな」
「じゃ、じゃあ準備します!」
向こうも落ち着かないのか、なんだか千秋の動きが少しぎこちない。
顔が少し赤らんでいる気がするのは……熱でもあるのだろうか?
「千秋くん、体調悪い?それだったら無理に用意してもらわなくても」
「い、いえ、元気、普通に元気です!」
千秋はブンブンと首を振る。
本人がそう言うならそうなのだろう。
ひよりはそれ以上触れないことにした。
とは言っても、紅茶を入れ終わるまで全部人任せなのも気が引ける。
「あ、何か手伝えることあったら手伝うよ」
「あ、いえ、お客さんに手伝ってもらうのも」
遠慮する言葉があったが、ひよりは笑って、
「前も言ったでしょ。私雑用好きだから大丈夫。それにただ待ってるだけだとくたびれちゃうよ」
そこまで押されてしまうと千秋は折れたようで、
「それなら……そっちの棚にあるティーカップを二つ出してもらえますか。何でも大丈夫なので」
「分かった。……よっと」
そうしてひよりがティーカップを出すと、千秋が紅茶のティーバッグをティーカップの中に入れ、その上からお湯を注ぐ。
二つ目のカップにお湯を注ぎながら、千秋がひとりごちる。
「本当はこの淹れ方、貴族では御法度なんですけどね……平民には浸透していますけど」
「あ、それ、新見先生も言ってた気がする」
「あの人は趣味みたいですけど……でもやっぱり僕ら、移民だからですかね?日本人の魔法師は抵抗ない人が多いです」
「へええ……そうなんだ。私まだ貴族社会とかあんまり知らないからそういうの教えてもらえると助かるかな」
そうして紅茶が出来たので、一つは千秋の机に、もう一つをひよりが座っている机に置く。
「それじゃあ……いただきます」
そう言ってひよりがカップに口をつけると、ふわっとしたリンゴの香りとフルーティーな味わいがした。
「あ、美味しい。アップルティーかな?」
「あ、そうです。ウェール地方で取れた茶葉にリンゴのフレーバーをつけているんです。この学校でも人気なんですよ」
「へええ……」
そう言うと、会話が止まってしまった。
黙っているのも緊張するので、ひよりから話題を振ってみた。
「それにしても千秋くん、生徒会員だったんだね。この間も沢山の書類を運んでたし、春休みも仕事してるの?」
「そ、そうですね。この時期は新入生や編入生が入ってくる時期ですし、ほとんどがノヴァルの貴族ですから粗相がないよう名前を覚えたり、まあ色々やってます」
そう言って苦笑し、空気が少し柔らいだ。
そこでさっきから気になっていたことを聞いてみる。
「千秋くん、どうして私が呼び出されたか分かる?」
そう聞くと棗千秋は頭を掻いて、
「あー……少しは知ってますけど、多分兄貴の方が色々知ってるんで、兄貴から全部説明してもらった方がスムーズに頭に入ると思います。だから俺が先に話してもそんなに意味ないかも」
千秋がそう言った所で、生徒会室の扉がガラリと開いた。
ひよりが振り向くと、千秋と似た顔つきの金髪碧眼の少年と、昨日食堂で会った黒髪の少女が立っていた。
それを見た千秋がピンと背筋を伸ばす。
「あ、兄貴、それに橘先輩」
金髪碧眼の少年はひよりと千秋の机に乗っている紅茶を見て、次に千秋の方を向いて微笑を浮かべた。
「お疲れ様、千秋。僕がいない間結城さんの相手をしてくれたようでありがとう」
「ま、まあこれくらいなら」
と言いながら顔を逸らす千秋は何だか照れ臭そうだ。
それは良いとして、この金髪碧眼の少年とは初対面だ。
ここは自己紹介をした方が良いだろう。
と考えたところで昨日のリサの言葉が頭に浮かんだ。
ーー自己紹介は基本的に、爵位の高い人からするのがマナーになるわーー
「あ、えっと……」
ひよりが自己紹介をすべきか迷ったところで、相手は察してくれたらしい。
右手を口に当て、クスクス笑っている。
「ふふっ、ああ、そうだね、僕から挨拶させてもらおうか」
「よ、よろしくお願いします」
「僕は棗朝陽。見ての通り、千秋の兄でこの学校の生徒会長です。よろしく」
完璧な王子スマイルだった。
あまりのイケメンぷりにひよりは目を逸らしそうになる。
(ひええ……すごい……なんでも出来そう……)
ひよりがぼーっとしていると、黒髪の少女が朝陽の前に出る。
「会長の完璧スマイルにポーッとしている所申し訳ないが、私も自己紹介をさせてもらっても良いか?」
その声で、ひよりは現実へ戻ってきた。
「……はっ!?すみません、お願いします!」
ひよりがわたわたしているところを黒髪の少女は楽しそうに眺めながらすらすらと必要事項を言っていく。
「昨日聞いたかもしれないが、私は橘遥花。副会長をさせてもらっている」
「よ、よろしくお願いします」
(それじゃあ……私の番だよね)
正気に戻ると、ひよりは椅子から立ち一礼する。
「あの、結城ひよりです。今度高等部に入学します」
すると生徒会長が返答した。
「うん、よろしく。橘さんから聞いていたと思うけど、ちょっと君にお願いしたいことがあって生徒会室に来てもらったんだ」
「お願い、したいこと……?」
「そう」
そこで橘遥花が口を挟んだ。
「棗君、雰囲気が何か怪しい勧誘みたいになっているぞ」
「まあ、勧誘っていうのも嘘じゃないからこれは正解じゃないかな?」
そうして棗朝陽はひよりの横を通り過ぎ、朝陽は一番奥の席、そして遥花はひよりの隣の席に座った。
そうして朝陽は千秋の方を向いた。
「千秋、例の話をするだけだから、お前は仕事に戻ってて良いよ」
「この状況じゃ集中出来ないっての。俺も聞く」
「そうか。じゃあそれで構わないよ」
返答を予想していたのか、棗朝陽は特に異論を唱えず居住まいを正した。
「さて、それじゃあ結城さん、話をしようか」
朝陽がそう言うと、生徒会室の中の空気が若干張り詰めた気がした。
千秋もその空気に当てられて背筋をピンと伸ばしている。
橘遥花は元から凛とした空気を崩さない。
「本題に入る前に一つ聞きたいことがあるんだけど、結城さんは魔道具って知ってるかい?」
「あ、はい。この間友人に教わりました。魔石に魔法陣を刻んで、魔力変換器にしてあるものだって」
朝陽が指を顎に当ててわずかに首を傾げる。
「うーん……その解釈だと少し大雑把かな。魔法陣といっても、平面魔法陣と立体魔法陣があるんだ。それで君のブローチなんだけど、魔石の部分に立体魔法陣が施されているのが分かった」
真面目な声色に、ひよりは胸のあたりをぎゅ……と握る。
「ええと……それに何か問題がある、ということでしょうか」
「まあね。立体魔法陣がどういうものかは一旦説明は省くけど、この魔法陣を使った魔道具は流通が制限されている。それにそもそも高価なんだ。だからほとんどが王族や高位貴族の所持品となっている」
「つまり」
「君の想像通り。孤児院育ちの君が何故持っているんだろうという疑問が沸く」
「なら……」
その言葉に、ひよりは俯く。
長年両親の形見かもしれないと一緒にいたブローチが何か特別な経緯で作られたとなると、しばらくの間流通元を探るため手元に帰ってこないかもしれない。
それどころか、違法所持品として取り上げられてしまうかもしれない。
そんな不安で、ひよりはスカートをぎゅ……と握る。
しかし、そんな不安を吹き飛ばすように棗朝陽は明るい声で話を続ける。
「そう心配しなくても大丈夫。実は、君があのブローチを持っていた理由は大体想像はついているんだ」
「え?」
その言葉にひよりは顔を上げた。
それは入手元が判明しているということだろうか。
ひよりの顔色から何かを察したのだろうか、朝陽は首を軽く振って、
「いや、入手元までは調べていないんだ。ただ、あのブローチで君の出自が大体想像ついたんだ」
「え?え?」
自分の出自。
孤児院で過ごしていた時には明らかになることを夢にも見なかった話が続いていく。
朝陽は優しい笑顔を崩さないまま、新見先生から白い箱を受け取った。
そしてひよりの席に近づき、その箱を開ける。
そこには見慣れたブローチがあった。
「このブローチなんだけど」
と、そこで朝陽はブローチをひっくり返す。
そこには、何かの植物を模したような装飾が施してあった。
「この装飾、信頼できるとある人に調べてもらったんだけど、星村家っていう家の家紋をアレンジした装飾だろうと突き止めてもらったんだ」
さっきから想像もつかない話ばかりで考えが上手く言葉にならない。
それでも話を続けるため、なんとか聞きたいことを言葉にしていく。
動悸がさっきから止まらない。
「じゃあ……私の出自って……」
「大きなどんでん返しでもなければ、星村家の縁者か、深い関係にあった家の出身だろうね」
その言葉に、全身の力が抜ける。
今まで全く掴めなかった出自の片鱗が、ようやく掴めた。
孤児院にいた時間は決して辛くなかったけど、それでもどこかで寂しさはあった。
瞼の奥が少し熱くなる。
しかし、ここは泣いちゃいけない場面だ、と涙は堪えた。
朝陽は自分の席に戻り、顔の前で手を組んで話を変える。
「けど、ここから先が問題なんだ」
その言葉で一気に現実に引き戻された。
「問題、とは……」
そこで遥花が腕を組み、椅子にもたれて口を挟んだ。
「星村家は、二十年前にバール地方を中心にノヴァル王国全域での魔獣、魔物発生事件に関わっていたとされる家でな。君がその縁者とバレたら少々厄介かもしれないんだ」
一気に驚きの新情報が出過ぎて、ついていけなくなりそうになりながらも、ひよりはなんとか頭を回す。
「ええと、つまり、私が星村家の縁者とバレたら捕まるかもしれないってことですか……?」
その言葉に朝陽は真面目な顔で頷く。
「そういうこと。君の年齢からいって当事者じゃないのは自明だし、ただ捕まって事情聴取を受けるだけならまだマシなんだけどね……魔法監査局っていう、僕らが懸念している所に捕まるとどんな目に遭わされるか分からない」
出自の手がかりを掴んだ安堵感は全て消え去っていた。
「捕まる」という単語が自分に関係してくるとは思わず、ひよりは思わず身震いする。
「……それじゃあ、私、どうしたら……」
そこで朝陽が何か秘密を企む子供のような笑顔でこう告げた。
「だからね、結城さん。僕たちの生徒会に入って欲しいんだ」
「……はい?」
突拍子もない提案に、ひよりは思わず顔が引きつった。
もう思考が停止しそうだったが、それでも口が動いた。
「あの、何がどうなってそうなるのでしょうか……」
朝陽は笑顔を崩さないまま、背もたれに背中を預けた。
「僕らの生徒会、実は王太子に貸しがあって後ろ盾を得られる状況なんだ。僕らの傘下に入ればある程度は牽制になる。それに生徒会の人間は実戦経験豊富だ。何かあった時に君を守れる」
ひよりは少し考え、そして質問した。
「でも、何の見返りもなしに生徒会に守ってもらえる、って話じゃないですよね……?」
朝陽は背もたれから体を離して指を一本立てる。
「そうだね。正直に言うと、僕らは星村家に連なる人間を守ったという実績が欲しいのは欲しいかな。家の箔がつくからね。それと」
「それと?」
聞き返すと、朝陽は指をもう一本立てた。
「もう一つの理由としては、今生徒会の人手が足りないからそれを手伝って欲しい、かな。どうだい?何か気になることはあるかい?」
気になること。
ひよりはまた少し考え、
「手伝えることがあるなら、手伝います。でも……」
「でも?」
「私が生徒会に入るメリットより、デメリットの方が多くないですか?私を匿ったら、先輩達が襲われるかもしれないんですよね?」
その言葉を聞くと、棗朝陽と橘遥花がくすりと笑った。
「それは心配しなくても大丈夫だよ。僕ら、一般的な魔法師より強いから」
「ああ。特に私と棗君は弱いものいじめになるから手加減してくれと魔法実戦の教師から懇願される始末だ」
すると今まで黙っていた千秋が何でもないことのようにさらりと言った。
「そうそう。この二人、実戦が専門のはずの教師をボコボコにしてるんすよ」
「へ、へえ……」
教師が生徒に負けるなんていう失態を知ってしまって良かったのだろうか。
それは置いておいて、今までの話を聞いて、今の時点では自分一人で状況をなんとかすることは難しいとなんとなく分かった。
なら、生徒会の手を借りよう。
でも魔獣に襲われた時や昨日エレノアに嫌味を言われた件で感じたはずだ。
自分のせいで誰かが傷つくのを見るのは辛い。
魔法なんて超常が飛び交う世界でも、孤児院の時と同じように立ち向かっていきたい。
だから。
ひよりは朝陽の顔をまっすぐ見て宣言する。
「私、生徒会に入ります。けど、守られてばかりじゃなくて、誰かを守っていけるような私になっていきます」
朝陽は少し驚いたような顔をしたが、すぐに期待のこもった目で返答した。
「その言葉が聞けて嬉しいよ。結城ひよりさん、これから僕らの生徒会に歓迎する」




