モンシロチョウ
明日の天気みたいに将来の自分が分かればいいのに。
そんなことを思うのも僕は将来の自分が描けないからだ。
何をして何を好み、何に苦労して、何と幸せを作るのかまったく見通せなかった。
不安だけが渦巻いていた。
この気持ちは日に日に大きくなっていた。
ある時は学校から帰るときに、ある時は風呂に入っている時にふとよぎる。
まだ若いからと考えてみても自分は若いのかと考えてしまう。
周りは今何を考えているのだろうかと想像してみても何も浮かばない。
置いてかれているのではないかという不安が頭を覆う。
不安に駆られてスマホをいじる。
そこには変わらない世界が広がっていた。
漠然と不安を抱えながら日々を過ごすのはしんどかった。
何とかこの状態を打開しようと考えた。
どうすればいいのだろうか。
やはり目標を見つけることだった。
何だろう。
芸能人になるとか動画サイトの配信者になること、スポーツ選手になることなどを考えた。
しかし、それをやるには遅すぎる。
それに向けて努力している自分をイメージできなかった。
何より目立つのが恐ろしかった。
特別な仕事と蔑視される仕事というのは表裏一体なのである。
成功すればこの上ない称賛を浴び、失敗したり行き詰れば嘲笑される。
リスクを考えるとどうにもやろうとは思えなかった。
人に認められて、リスクが少なく、稼げる仕事。
そんなものはないかと考えてみた。
何も思いつかなかった。
ニートになるしかないかとも思ったけど、それでは世間体が悪い。
やっぱり、サラリーマンになるか。
その日はそれで決着ついた。
ある日の授業で将来について考えようという授業が行われた。
将来を今のうちからイメージするというものである。
僕は困った。
何になりたいかと言えば、サラリーマンということだが、しかし、行きたい業界があるわけではない。
以前にそういうことにしただけである。
周りを見回してみる。
みんな喋りながらすらすらと書いていく。
何故そんなことが出来るのか不思議であった。
また、自分だけ置いてかれている気がして恐怖した。
僕は焦った。
この世界で自分一人だけな気がして絶望もした。
一人であることを恐れた。
あの派手な羽で飛んでいる彼には分らないだろう。
彼はいつも一人でも優雅に飛んでいる。
誰にも縛られることなく。
誰かに飛び込むことなく。
自由であった。
彼のそんなところを僕は羨望を持ち、蔑んでいた。
今は彼が羨ましかった。
誰かと共にいないと不安定になる自分にはない確かな強さがあった。
自分がそうだったらどんなによいか、心からそうなりたいと思った。
不安に駆られた自分は崇志の方を見た。
崇志も自分と同じ気持ちではないかと思ったから。
ここでも仲間が欲しいという愚かさが顔を出した。
崇志の様子を見ると考え事しながら書いているようだった。
きっと崇志も将来なんて考えられなくて苦労しているに違いない。
安心していたら崇志が立ち上がり提出に行った。
崇志は悩んでいなかった。
将来のイメージ図がなくて恐怖していなかった。
順調に自分の将来を考えられていたのだ。
裏切られた気持ちになった。
腹立たしさもあった。
しかし、そんなこと思っても意味のないことである。
とにかく今は自分のこの悪夢の用紙を埋めることが優先である。
結果的にサラリーマンになるとか無難なつまらないことを書いて乗り切った。
その日は家に帰ってからも悩んだ。
自分には何が出来るのだろう。
人より秀でたことってなんだろう。
尊敬される人間になれるだろうか。
そんなことを堂々巡りに考えていた。
不安と焦りで眠れぬ夜になった。
次の日になっても考えていた。
どういう道を進めばいいのだろう。
誰かに答えを教えてもらいたかった。
明日になってもこの悩みは解決しないだろう。
いっそ崇志にでも話したくなった。
そうしようと決意を固めるにはそう時間はかからなかった。
自分の愚痴を聞いてくれる崇志なら話せると思ったのだ。
そうと決まれば放課後の帰りに話そう。
僕は少し気持ちが軽くなって学校へと向かった。
学校では相変わらず朝から決まった動きをするだけでよかった。
虫かごの中は居心地がいい。
放課後、帰ろうとする崇志を呼び止めた。
「崇志、ちょっと話さないか。」
僕の言い方に何か引っかかり、心配してくれたようで崇志は真面目な顔でわかったと言った。
僕と崇志は放課後の校舎を出て帰り道の途中にある公園に来た。
「話すのここで良いか?」
「いいよ、崇志呼び止めて悪い。」
「いやいいよ。で、何の話?」
僕は何から話そうかと思った。
考えてみればこの話をするのは恥ずかしいことではないかと思えた。
でも、思い切って言ってみた。
「実は最近俺って何にもなれないのかなと思うんだよね。」
「どういうこと?」
「いや、今の俺って何者でもないというか、出来ることがないというか。」
俺の告白に崇志は笑った。
そして、何でもないように言った。
「当たり前だろう。俺たちまだ学生だぞ。何かになるのに学生のうちに決まってないといけないわけないじゃないか。普通は大人になってからだぞ。」
「そうなのか?」
「ああ、学生のうちに何かになるのが決まっているのは、言ってみれば虫かごの中や標本になっている連中だよ。大多数は学生時代なんて野原を飛び回っているよ。年月かけて自分の住みたい場所に行くんだよ。お前はまだいいじゃないか、自由に飛び回っていれば。何年かかるか分からないけどそのうち住みよい場所、美味い餌を見つけるよ。」
その話を聞いて僕は安心した。
そうか僕はまだ自由にひらりひらりと飛んでいればいいのか。
何かになるのは大人になってからでいいんだ。
無理に生きる道を決めなくていいのか。
そうだ、僕は今はのんびりとひらりひらりと飛び回っていよう。
そう決心した。




