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それから数日が過ぎ、トリシアのもとに王都にいるヒューから大量の荷物と手紙が届いた。
「トリシア様! お待ちかねの手紙が届きましたよっ。それにたくさんの荷も」
階下から聞こえてきた威勢のいい声に、トリシアは満面の笑みを浮かべけれど落ち着いた足取りでゆっくりと階段を下りていく。
「ありがとう、ハンナ。まぁ、私の大好物のお菓子に果物に……ふふっ! お気に入りの本まであるわ」
自分宛てに届いた手紙と山のように積まれた荷を目にして、トリシアは思わず笑いをこぼした。
荷をひとつひとつあらため、最後に三通の手紙を受け取った。
「お望みのものはちゃんと手に入ったんですか? トリシア様」
ハンナの問いかけに、笑顔で答えた。
「ええ、完璧だわ」
荷の中に、ヒューが見立ててくれたのであろう美しいドレスがあるのを見やり、トリシアは微笑んだ。
「これをきて、話をつけに行けってことね。武装ってとこかしら。ふふっ」
華美ではないが品があり、凛とした美しさを感じさせるドレスだった。
一体ヒューがどんな顔をしてこれを選んでくれたのかと思うと、胸がふわりと温かくなる。
「これで必要なものもすべてそろったし、あとはお屋敷に行って話をつけるだけね。それですべてが終わるわ。いえ、はじまり……かしら」
トリシアの口元に先ほどとは少し違う、鋭さのにじむ笑みが浮かんだ。
「そうかい。じゃあ、いよいよなんだねぇ……」
「そうね。明日にはお屋敷に行って、話をしてくるわ。そうすればもうこの辺境地ともあなたたちともお別れ」
「寂しくなるねぇ。トリシア様のおかげでようやく商売もうまく回り出したってのに……」
ハンナの顔になんとも残念そうな色がよぎった。
トリシアに助けられたのは、ハンナも同じだ。
辺境地にわざわざ旅にくるような物好きはまずいない。
となれば、食堂にくるのはいつもの顔ぶれだけ。ある程度の食い扶持は得られても、何か不測の事態が起こればすぐに立ち行かなくなってしまう。
そこにトリシアが現れ、商売をうまく切り回す知恵を授けてくれたのだ。おかげでハンナの店の経営も無駄な経費をかけることなくうまく切り回せるようになっていた。
それにハンナが夫を亡くしてから、もう随分になる。トリシアが店にやってきてからというもの、子宝に恵まれなかったハンナがずっとひとりきりで切り盛りしてきたこの店に笑い声が絶えることはなかった。
厨房でふたり並んで下ごしらえやら新しいレシピを考える時間の、なんと楽しかったことか。トリシアはハンナに今王都で流行っているレシピやユイール家特製のデザートの作り方を教え、ハンナはハンナでトリシアに自慢のレシピを授けるといったふうに。
「トリシア様とこうして一緒に暮らすことができて、あたしは本当に幸せでしたよ。まるであの人が生きていた頃みたいに明るくてにぎやかで……」
ハンナが切なげにつぶやいた。
「えぇ、私もよ。ハンナ」
そんなトリシアとの別れは、ハンナにとっても残念なことだった。けれどはじめからトリシアには言われていたのだ。時がきたらガイジアと離縁し、ここを出ていくつもりであること。そして少なくとも当分はこの国に戻るつもりはない。その準備をするためにしばらく世話になりたいのだ、と。
だからハンナはどんなに寂しかろうと、トリシアを引き止めるようなことは考えていなかった。
「まったくこんな賢くて気立てのいい奥方様を追い出すなんて、ガイジア様はなんにもわかっていらっしゃらないのさ。まったく残念だよ。トリシア様が辺境伯夫人のままでいてくださったら、辺境地だってきっと潤っただろうに」
ハンナの声には、トリシアへの情とともに領民のことなど微塵も気にかけてはくれないガイジアへの苛立ちがにじんでいた。
「ま、ガイジア様にはトリシア様はもったいないお人ってことなんだろうさ! トリシア様は誰かに幸せにしてもらうなんて気弱な女性じゃないんだからねっ。自分のお力で人生を切り開くことのできる素敵な方なんだからさ」
ハンナがトリシアの背中を励ますようにバン、と叩いた。
「ふふっ。ありがとう。でもきっとこの先私がいなくなったらこの領地は大変なことになると思うわ。でも私が皆に教えた通りにすれば、どうにか乗り越えられるはずよ」
トリシアの計画は、自領とこの辺境地両方に大きな影響を与えるものだった。もちろんそれは皆にとって不幸な現状を変えるために必要な痛みではある。けれどどうしたって領民たちの暮らしには大きな影響があるだろう。少なくとも、事態が落ち着くまでの当面は。
けれどこれまでトリシアが領民たちの相談に乗ってきたあれやこれやは、きっとこれから訪れるであろう混乱に役立つはずだ。辺境地を取り巻く状況が一変しても、一年かそこらは乗り切れるに違いない。
「それに、この辺境領だっていつまでもこんな状況のままってことはないはずよ。遅くとも一年か、もしかしたらもっと早いうちに大きな動きがあるはずだから」
「それはどういうことだい?」
けげんそうな顔のハンナに、トリシアは首を横に振った。
「ふふっ。今は内緒。でも結果的には今よりはましな状況に変わると思うから、それまでの辛抱よ。頑張ってね、ハンナ」
「?」
どこか意味深な物言いに、ハンナはぱちくりと目を瞬いた。
けれどすぐに気を取り直し、荷を部屋に運ぶのを手伝ってくれたのだった。




