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【改稿版】家出したとある辺境夫人の話  作者: あゆみノワ@書籍『完全別居〜』アイリスNEO
元辺境伯夫人の旅立ち

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 トリシアが辺境地から去って半年が過ぎた頃、ガイジアは王宮に呼び出された。


「辺境伯ガイジアよ。そなたが伴侶として迎えたトリシアは、一体今どこにいるのだ? 行方不明と聞いたが、よもやそなたが何かしたのではあるまいな」


 王宮の謁見室に呼び出されたガイジアは、国王陛下からの問いかけに顔を伏せたまま恥辱に耐えた。


「いえ……。それが私にもどうにもわからず。必死に行方を探してはおりますが、一向に……」


 トリシアの生家からは、すでに慰謝料という名目で大金を受け取り済みだ。受け取った旨の連絡をすぐさま当主宛てにしてはみたものの、返事は特にない。そして離縁については、トリシアと交わした約束通りに妻が慣れない辺境暮らしに心を病んで行方不明になった、という筋書きで触れ回った。


 正直に言えば、不本意ではあった。それではまるでガイジアが迎えた伴侶ひとり満足に幸せにもできない無能だと、国中に言いまわるようなものだったから。とは言え、それがトリシアとのこの離縁にまつわる契約事項だったのだから致し方ない。


(が、まさかこんな呼び出しまで受けるとは……。これでは我が領に問題が持ち上がっていると国中に知らしめるようなものじゃないか。おまけに大金を投じても、領地はいまだ問題山積みだ。どうなっているんだ、まったく)


 ガイジアの心の内に苦いものが広がった。


「せっかく王命によって迎えた妻は、たったの数か月で屋敷を飛び出し行方知れず。まぁあれの生家も今は色々と騒がしいようだが」

「……」

「国の守りの要である兵たちは、そなたへの信もなく色々と問題を起こしているというではないか。どうなっているのだ。ガイジアよ」

「はっ。誠に不徳の致すところ。急ぎ対処はしているのですが……。もう少しお時間をいただければ、必ずや」

 

 もはや辺境領領主としての立場は風前の灯火だった。もちろん自分は先代領主の正当な後継者なのだし、領主としての座を失うなんてことは絶対にあり得ないが――。


 ガイジアとて、何もしていなかったわけではなかった。トリシアの生家から受け取った金で、ガイジアはすぐに領地に持ち上がっていた数々の問題の解決に取りかかった。トリシアが残していったあの概算書を片手に、言われた通りに。


 まずは古くなった兵舎の補修だ。とは言っても他に色々と金が入用なのだ。とりあえずは、長らく雨漏りしていた屋根の補修を命じた。また、兵たちの待遇をある程度改善し、食事の量を増やした。

 食事の内容については急によくし過ぎるとかえって兵たちがつけ上がると考え、特に変更はしなかった。


 加えて武器や防具などの最低限の装備品に関しては、古く多少ガタはきているがまだ使えそうなものは新入りの兵に回し、中堅より上の兵たちにいいものを与えた。こうすればきっと、いずれはもっといいものを与えられるよう励むに違いない。そう考えてのことだった。


 ある時、兵に思わぬ話を聞かされた。トリシアが屋敷から姿を消してしばらくして、兵舎を訪ねたことがあったらしい。


『その際、トリシア様手ずから手作りの菓子と茶を振る舞ってくださいました。こんな汚くむさ苦しいところにも関わらず、兵たちの日々の務めのおかげでこの国の安全は守られている。その感謝をどうしても伝えたかったのだとおっしゃって』


 トリシアは兵たちをあたたかくねぎらっただけでなく、汚れたシーツの洗濯や泥だらけのブーツの手入れまでしてくれたらしい。それがどれほど嬉しく励みになったか、こんなに報われた思いがしたことはここ数年来なかった。 そのトリシアがいなくなって、どれほど落胆しているかわからないと。


 ガイジアは、複雑な心境だった。

 裏を返せばそれはガイジアの代になってから、国を守る兵としてのやりがいなどついぞ感じることがなくなっていたという意味にもとれる。もちろんそれはきっと気のせいに違いない。自分だってこれまでしっかりと領主としての仕事をこなしてきたのだから、兵たちにそう大きな不満があるはずもない。


『そ、そうか。だがトリシアはこの辺境地での暮らしが向かず心を病んでしまったのだ。トリシアのことはもういないものとして忘れていい』

『……』


 兵たちからの返事はなかった。けれど兵たちだってすぐにトリシアのことなど忘れるだろう。ほんの短い間、辺境地にやってきたただの貴族令嬢なのだから。

 

 嵐で壊れたままずっと放置していた領内のあちこちの補修工事にも、とりあえずは取りかかった。だがある程度は領民がすでに手を入れていることだし、まぁ領主が工事をはじめたというポーズを見せるだけでも領民は納得するだろう。

 ガイジアは自分の領主としての仕事に、満足していた。これだけやればきっと、兵たちも領民たちも皆納得し自分を信頼するだろうと。


 国王の低く威圧感のにじむ声が、謁見室に響き渡った。


「もしもこの先状況に改善が見られなければ、そなたの責を問うことになる。それはわかっているな。ガイジア」

「責……」


 ガイジアの肩がびくりと跳ね上がった。


 もしや国から与えられる国境を守るための資金が大幅に減らされるのかもしれない。もしもそんなことになったら、さらに辺境領の経済事情は厳しくなる。


 国王の言葉をそうとらえたガイジアは、慌てて頭を床にすりつけた。


「すでにでき得る限りの対処は済んでおりますゆえ、きっとすぐにでも状況は改善するはずですっ。ですから何卒今しばらく時間をいただければと存じます」

「そうか。ではもしもそれが叶わなかった時には、覚悟しておくがよい。ガイジアよ」

「ははっ!」


 ガイジアのその言葉に、国王はほくそ笑んだ。その意味に気づかないまま、ガイジアはその場を辞したのだった。



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