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半魔の私は、今日も君に恋をする  作者: モチモチィ


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君に恋する私は

 電気を消すと、部屋の中は一気に静かになった。カーテンの隙間から、遠くの街灯の明かりがうっすら差し込んで、天井にぼんやりと四角い影を作っている。そのかすかな明るさのおかげで、真っ暗ではないけれど、澪の顔は輪郭しか見えない。


「じゃ、電気消したし……おいで」


 シングルベッドの片側に寝転んだ澪が、布団をぱさりと持ち上げて、手招きした。


「……うん」


 私も反対側からベッドに潜り込む。布団の中は、さっきまで澪ひとりが使っていたぬくもりがまだ残っていて、そこに私の体温が混ざっていく。狭いベッドの上で、少しだけぎゅうぎゅうと身体がぶつかる。それを面白そうに笑いながら、澪が私の肩をぐいっと引き寄せた。


「こっち向いて」


 囁かれて、私はくるりと身体をひねる。正面に、澪の顔。暗がりの中でも、目が合ったのがわかる距離。


 次の瞬間、ふわりと胸のあたりに腕が回された。


「わっ……」


「落ちないように、抱き枕にしとこ〜ってだけだから♡」


 澪の腕が背中に回り、ぐっと引き寄せられる。鼻先が触れそうなくらい近くて、互いの吐息がそのまま肌にかかる距離。胸の真ん中が、どくん、と跳ねる。昼間の嫌な記憶も、映画の映像も、この瞬間だけ全部遠ざかっていく。


(……あったかい)


 澪の体温。

 鼓動のリズム。

 私とおそろいのシャンプーとボディソープの匂い。


 全部が混ざって、頭の奥がじんわり緩んでいく。


「シオン、大丈夫? 狭くない?」


「せまいけど……きらいじゃない。むしろ、すき」


「よかった。私も、これくらいくっついてたい」


 そう言って、澪が少しだけ腕に力を込める。背中と胸の間に、澪がいるのが、ちゃんとわかるくらいの強さで。


 しばらく、そのまま静かな時間が流れた。外の車の音が遠くに聞こえる。エアコンの低い唸り声が、子守歌みたいに一定のリズムを刻んでいる。


 それら全部を、澪の鼓動が上書きしていく。


「……ねえ、シオン」


「ん……?」


「ここ」


 澪の片手が、そろりと上に伸びる。私の前髪を避けるように、そっと額のあたりを撫でた。私の、角があるところ。


「さっき映画見てるときも思ったけど……やっぱり、この辺、落ち着く」


「みおの、てのひらが、ってこと……?」


「そう。それもあるけど、“ここにシオンがいる”って感じが一番強い場所だからかな」


 指先が、慎重に、何度も同じ場所を往復した後に、澪の手のひらの中に包まれる。輪郭をなぞるくらいの、軽い力で。


「……っ」


 喉の奥から、小さく息が漏れた。嫌な感覚はひとつもない。あのときみたいに、心の奥に泥みたいなものを流し込まれることもない。むしろ、なぞられるたびに、角の奥がぽうっと明るくなっていく。澪の指が触れたところから、温かい光が広がって、胸の中を満たしていくみたいに。


「変な感じ、する?」


「……ううん。すごく、いい……♡」


 正直に答えると、澪がほっとしたように息を吐いた。


「よかった。なんかさ……角って“他の人の気持ちを読む”ための場所なんでしょ?」


「……うん。だから、昔はきらいだった。勝手に、色んなもの入ってきて……」


「でも今は?」


「今は……澪が、すきって言ってくれたから。“シオンらしくてかわいい”って、言ってくれたから……すき、になってきた」


 暗がりの中でも、澪が微笑んだ気配が伝わってくる。


「じゃあ、今日くらいは“読む”んじゃなくて、“受け取るだけ”にしよっか」


「うけとる、だけ……?」


「うん。ここから入ってくるの、今は私の気持ちだけでいいから。“シオンのこと好きで、大事だよ〜”っていうの、いっぱい流しとくね」


 そう言って、角のあたりを撫でる手に、ほんの少しだけ力が込められた。


くすぐったい、でも逃げたくない。角の奥が、澪の想いでいっぱいになる。さっきまでの緊張や不安が、ふわふわの綿菓子みたいに溶けて、どこかに消えていく。


(……あ。これが、“とろける”ってやつかも)


 頭の中がうまく働かなくなって、言葉がゆっくりになっていく。でも、それでいいと思った。


 誰かに何かを奪われるんじゃなくて。好きな人に、好きな気持ちをそっと注がれて、とろけていくなら……そのほうが、ずっといい。


「シオン、力抜いて……」


「もう、ぬけてる……♡」


「ふふ、たしかに」


 澪の笑い声が、すぐそばで震える。その響きごと、角が受け止めて、胸の奥に流し込んでいった。


 気づけば、私の尻尾が、布団の中で勝手に動き始めていた。いつもなら、外に出さないように、きつく巻き込んで隠しているのに。今は、身体が勝手に“どこかに触れていたい”と訴えている。澪の腕が、私の首の後ろあたりを抱き寄せている。


 その、角を撫でているほうの腕に──


「……あれ」


 澪の指が一瞬止まる。


「ふふ……シオン、無意識?」


「な、にが……?」


「尻尾。私の腕に、くるくる巻きついてる♡」


「……っ!」


 自分でも気づいていなかったことを指摘されて、顔が一気に熱くなる。


 拒まれないことを確認するみたいに、一瞬だけためらってから、ゆっくり、くるりと巻きついていた。手首から肘にかけてのラインに沿って藻が絡まるみたいに、ぎゅうっと、苦しくない程度の力で、二周、三周。自分でも意識していなかったのに、それが妙に落ち着く場所だとわかってしまった。


 だって、そこにはさっきから、澪の“好き”が流れ込んでいるから。


「や、やだったら、ほどく……」


布団の中で暴れたくなる衝動を、なんとか堪えて、私は小さな声で言った。


「やじゃないよ?」


 間髪入れずに返ってきた答えに、胸の奥がじん、と甘くしびれる。


「むしろ、すごいかわいい。……あ、ていうかさ……尻尾の先、見て。これ、完全にハートマークになってるよ?」


「──えっ」


 言われて慌てて自分の尻尾の動きを意識すると、たしかに、先端だけがくいっと曲がっているのがわかった。澪の腕にくるくると巻きついたあと、その尻尾の余りの部分がきれいに内側に丸まって──


 ちょうど、ハートの片方の形になっていた。


「み、見ないで……っ」


「見ちゃうよ〜。だってこんなに可愛いのに♡」


 澪がくすくす笑いながら、尻尾の先をそっと指でつつく。そのたびに、尻尾の付け根から背中まで、ぞくぞくと甘い電気が走る。


「でも、無意識にハート作ってくれるとかさ……反則じゃない?」


「は、反則ってなに……」


「こっちの心臓にめっちゃ効くってこと♡」


 そう言って、澪の胸のあたりから、どくんと高鳴りが伝わってくる。


 角を通しても、身体の距離を通しても。私の“好き”が尻尾で形になってしまっているなら。

現に、澪の“好き”は、今、こうやって鼓動で伝わってきていた。


「……澪」


「ん?」


「しあわせ、だなって。今、すごく思ってる」


「……私も」


 即答だった。暗闇の中で、見えないはずなのに、きっと同じ顔をしている気がした。安心して、照れて、でも嬉しくて、どうしようもなくなっている顔。


 ほんの数秒、沈黙が落ちる。外の世界は、明日のことを勝手に進めている。でも、この狭いベッドの中だけは、今この瞬間だけに閉じ込められているみたいだった。


「……ねえ、シオン」


「なに……?」


「キス、してもいい?」


 いつもなら、澪は冗談めかして近づいてくる。でも、今の声は真面目で、少しだけ震えていた。私は、胸の奥の鼓動ごと息を飲みこんで、こくりと頷く。


「……うん」


 それだけ言うと、澪がそっと距離を詰めてきた。


 布団の中で腕の位置を少し直し、私の頭を包み込むように手を添える。角のあたりを撫でていた指が、今度は頬のラインをなぞり、顎をそっと持ち上げた。


 次の瞬間、温かいものが、静かに触れる。


 軽く、柔らかく。深く求め合うんじゃなくて、「ここにいるよ」と確かめ合うみたいな、優しいキス。


 唇が触れた場所から、胸の奥へと、甘い熱が流れ込んでいく。角と尻尾で受け取った澪の想いが、一気にひとつの場所に集まったみたいだった。長くはない。けれど短すぎもしない、ちょうどいい時間。


 離れたとき、ふたりの間に、ほわっとした息が混ざり合った。


「……シオン」


「……なに?」


「さっき映画の感想で“世界がどうなるか分からなくても、手を離さないのが好き”って言ってたじゃん」


「うん……」


「あれ聞いて、“あ、同じとこ見てるんだ”って思った」


 澪が、私の額に軽く額をくっつける。角のすぐ下あたり。そこでもう一度、ちいさなキスが落ちた。


「世界がどうとか、明日がどうとか、正直、私には分かんないけどさ。でも今日くらいは、“シオンの手、絶対離さない日”にしてもいい?」


「……今日、“くらい”じゃなくて。これからも……って、思ってもいい?」


 自分でも驚くくらい素直に、言葉がこぼれた。澪の腕に巻きついた尻尾のハートが、きゅ、と少しだけ締まるのが分かる。


「もちろん」


 柔らかい声が、まるごと角の奥に沈んでいく。


 この先、何があるのか、私たちは知らない。明日、自分がどんな目に遭うのかも、まだ知らなかった。


 でも今だけは。


 狭いベッドの上で、澪の腕に尻尾を絡めて。角と唇で、何度も同じ想いを確かめ合って。


「おやすみ、シオン」


「……おやすみ、澪」


 世界がどうなっても、この瞬間が嘘じゃないと信じたまま、私はそっと目を閉じた。



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