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半魔の私は、今日も君に恋をする  作者: モチモチィ


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3/4

君の隣で私は

 お風呂から上がって、ドライヤーの音が止むと、部屋の空気が一気にしんと静かになった。澪に借りたパジャマは、さっきのハンバーグみたいにふわふわであったかい。少し大きめの袖から手だけがひょこっと出るのが、なんだか落ち着かなくて、私は指先をいじりながらローテーブルの前に座っていた。


「おまたせ~。お菓子持ってきたよ~」


 そう言ってやってきた澪の腕の中にはポテトチップスの袋、ひとくちサイズのチョコ、グミ、コンビニの小さなスナック菓子。ローテーブルの上にはまだほのかに湯気を立てるほうじ茶が注がれた二人分の湯のみ。


 照明は少しだけ落とされていて、部屋の明かりよりもテレビの画面の明かりのほうが強い。カーテンの向こうはすっかり夜で、外の世界はもうここに混ざってこない。


「じゃーん。本日のメインイベント〜。澪セレクト映画タイム♡」


 澪がリモコンを片手に、ソファ代わりのベッドの端にぽふっと腰を下ろす。私はローテーブルの向こう側、床に座ろうとして──袖を引っ張られた。


「逃がさないよ~。シオンの席は私のと、な、り♡」


「……じゃあ」


 ベッドの端にちょこんと腰を下ろすと、スプリングがきし、微妙に身体が澪のほうへ傾いた。すぐ横から、さっきまでお風呂であたためられていた澪の体温と、シャンプーの匂いがふわっと押し寄せる。


 胸が、きゅっと縮んだ。


(……近い)


 さっきからずっと澪の匂いに包まれっぱなしだけど、ベッドの上はそれが更に濃い。角の下あたりがじんわり熱くなっていくのを、ごまかすために、お菓子の袋をいじって気を紛らわせる。


「じゃ、再生するね。ジャンルはー……恋愛×SFアクションってとこかな?」


「れんあい……エスエフ……?」


「そうそう。宇宙とか未来とか出てくるやつ。でもちゃんと恋愛もあってさ。ほらこれ、前にちょっと話したじゃん、“大事な人と一緒に見たい映画ベスト3”のひとつ。アクションもすごいんだけどね、何が好きって……主人公たちがちゃんと“お互いを選び続ける”のが好きなんだよね〜。なんか、運命だから結ばれました、みたいなんじゃなくて、“それでも一緒にいたいから”って、何回も選び直して……あ、ごめんごめん……長々語りすぎだよね」


「……なんか、澪らしい」


「え、どういう意味?」


「いい意味。澪も、“自分で選ぶ”って顔、よくしてるから」


「……もー、そういうとこ急に真面目に褒めるの反則♡」


 照れくさそうに笑いながら、澪はリモコンの再生ボタンを押した。


 画面が暗転し、静かな宇宙空間の映像から映画が始まる。何か不穏さを感じさせる展開の後、オープニングの音楽が流れてタイトルロゴが浮かび上がった。


「最初はちょっと状況説明っぽくて難しいけど、ちゃんとついてきてね?あ、さっき爆破されたステーションがさ、あとでめちゃくちゃ重要になるから……」


 澪は、最初のうちは横で小声で解説してくれる。ここの技術はこういう設定なんだとか、この人実は重要キャラなんだよとか、「ここ伏線ね」って嬉しそうにささやいてくる。


 私は、澪の横顔をちらちら盗み見ながら、その声を聞いていた。本当に楽しそうに、目を輝かせて画面を見ている。お気に入りの映画を、大事な人と共有できていることが嬉しい──そんな感情が、角を通してひたひたと伝わってくる。


(……澪って、こんな顔するんだ)


 学校では、クラスメイトとしての顔。

 生徒会の仕事をしているときは、少し背伸びした真面目な顔。

 私とふたりきりのときに見せる、悪戯っぽい笑顔。


 今はそのどれとも少し違う。子どもの頃から大好きだった宝物を、やっと誰かに見せられたときみたいな、そんな顔。


 地上でのシーンが終わり、物語は宇宙ステーションのパートへ。主人公たちが出会い、ぶつかり合い、少しずつ距離を縮めていく。


「ここの会話好きなんだよね〜。“世界が終わるなら誰と一緒にいたい?” ってやつ」


 そんなふうにときどき澪のコメントが挟まって、私はそれを聞きながらポテチを一枚、また一枚と口に運んだ。


 やがて、物語が中盤に差し掛かり、宇宙での大きな戦闘シーンに入るころ。澪の口数が、少しずつ減っていった。


 画面の中でレーザーが飛び交い、船が爆発する。BGMが一気に盛り上がり、緊迫した無線の声が飛び交う。澪は、途中でコメントをやめて、完全に映画の世界に入り込んでいた。呼吸まで少し浅くなっていて、時々、クッションをぎゅっと握りしめている。気づけば、私もほとんどお菓子に手を伸ばさなくなっていた。


 ……物語が気にならなかったわけじゃない。でも、それ以上に気になっているものが、すぐ隣にあったから

「……ん」


 いつのまにか、澪の右手が私のほうへ伸びてきていた。最初は、単にクッションの場所を直しただけかと思った。

 けれど、その手はふわりと私の頭に触れ、そのまま──角が隠れているあたりで、ぴたりと止まった。


「ここ……シオンのドキドキ、感じたい……いい?」


 小さなささやきが、耳元に落ちる。髪越しに触れる指先が、そっと撫でるように動く。

 直接角に触れられているわけじゃないのに、そのたびに、布と皮膚の向こう側で敏感な部分がぴくぴくと反応した。


(っ……♡)


 思わず、肩がびくんと跳ねる。嫌な感じではない。むしろ、気持ち悪さと真逆の──くすぐったくて、甘くて、安心する感覚。


 澪の指から伝わってくるのは、純粋な「好き」と「大事にしたい」。興味本位でも、支配欲でもない、柔らかい感情。


「ごめん、やっぱり変な感じ? やめたほうがいい?」


 澪が、小さな声でたずねる。私は慌てて首を振る。


「や……やめないで……。澪の、なら……やだじゃない……。きもちいい、ほう……だから……♡」


「そっか。……じゃあ、ちょっとだけね」


 それから澪の右手は、映画が続いている間じゅう、私の角のあたりにそっと置かれ続けた。時々、指が小さく動いて、髪を整えるみたいに撫でる。そのたびに、頭の奥でふわっ、と白いものが弾けて、意識がじんとぼやけた。


 画面の中では、主人公たちが命がけで戦っている。恋人同士がお互いを助け合って、手を伸ばしあっている。でも、私の世界の中心は、もっと狭くて、すぐ隣にあった。


(……澪の、てのひら。あったかい……♡)


 角は本来、他人の感情を読み取るための器官だ。それなのに、今は逆に、澪の手の温度に私のほうが支配されている気がする。


 ほんのり湿った体温と、そこに宿っている優しさ。「ここにいていいんだよ」とひたすら繰り返されているみたいで、胸の奥がとろとろに溶けていった。


 気づけば、私は澪の肩に少し身体を預けていた。澪もそれに気づいているのかいないのか、何も言わずに頭を受け止めてくれている。


 映画はクライマックスを迎え、恋人たちは宇宙の果てで最後の選択を迫られる。


 世界のためか、互いのためか。犠牲になるのか、生き延びる道を探すのか。


 テレビの明かりが強くなったり弱くなったりするたびに、澪の横顔の表情が変わる。真剣で、少し切なくて、でもどこか嬉しそうで──


(……すき)


 映画の主人公たちの台詞よりも先に、心の中でその言葉が浮かんでしまった。


 やがて、エンドロールが静かに流れ始める。星空を背景にした二人のシルエットが画面に残り、その上に名前の文字が流れ続ける。BGMが穏やかに響く中、澪の指もようやく動きを止めた。私の頭の上から、そっと離れていく。


「……はー、やっぱり好きだなあ、この映画」


 澪が、満足そうに息を吐く。


「シオン、起きてる?」


「っ……!お、起きてる……!」


 ハッとして顔を上げると、澪がくすりと笑った。


「なんか途中から、ちょっととろ〜んってしてたからさ。でもちゃんと見てた? どうだった?」


「えっと……」


 質問されて、言葉に詰まる。頭の中に残っているのは、ストーリーの細かい部分じゃなくて──澪の指先の感触と、横顔と、近くで聞こえた心臓の音だった。


(や、やばい……どきどきし過ぎて、ぜんぜん整理できてない……)


 誤魔化すように、私は一度大きく瞬きをした。

「お、面白かった……。アクション、すごくて……どきどきしたし。主人公たちも、最後まで“いっしょにいたい”って、えらんでて……かっこよかった」


 とりあえず、頭に残っている断片を繋ぎ合わせて、それっぽい感想を口にする。


「一番、すきだったのは……その、さいごのとこ。せかい、すくえるかどうか分からないのに、それでも手、はなさないで……“君と一緒にいたい”って言ったところ。なんか、胸、きゅってなった」


 それは嘘じゃない。ちゃんと見ていたし、あの台詞には本当に心を動かされた。

 ただ、胸を締め付けたのは、映画の言葉だけじゃなくて。「シオンはサキュバスの前に、私の彼女だから」って言ってくれたことも、重なっていた。


「おお〜、ちゃんと本質押さえてるじゃん。さすが私の彼女♡」


 澪が嬉しそうに笑う。その言葉にまた心臓が跳ねて、私は慌てて湯のみを手に取った。冷めかけのほうじ茶を一口飲む。少し渋い味が、さっきまでとろとろだった頭をほんの少しだけしゃっきりさせてくれる。


「でもさ」


「……?」


「途中からちょっと……“映画よりシオンのリアクション見てるほうが楽しいかも”ってなってた」


「な、なんで」


「だって、アクションシーンでポテチ持つ手固まってるし、キスシーンで耳まで真っ赤だったし、角のあたり触ったら、すぐふにゃってなるの顔にでちゃってるし♡」


「み、見ないで……」


「見るよ〜。シオンがかわいいんだもん~」


 澪が、今度はわざとらしく私の髪をわしゃわしゃかき回してくる。


 私は「やめて〜」と弱く抗議しながらも、心のどこかでその手を拒めないでいた。


(……澪の優しい手、やっぱりすき)


 さっきまで頭の上にあった温もりを思い出して、胸の奥がまたあったかくなる。


 ふと、テレビのエンドロールが終わり、画面が暗転した。部屋の中には、エアコンの小さな音と、私たちの息づかいだけが残る。


「……さて、と」


 澪がリモコンを置いて、伸びをした。


「そろそろいい時間だし、寝る準備しよっか」


「じゅんび……?」


「うん。歯磨いて、アラームセットして……ってやつ。シオン、明日朝何時に起こせばいい? いつもの登校時間で大丈夫?」


「……うん。澪といっしょに、いきたい」


「了解〜♡ じゃあ、ベッドどうするか問題なんだけどさ」


 澪が、自分が座っているベッドをぽんぽんと叩く。


「ここ、シングルだから、ちょっとぎゅうぎゅうになるかも。別々に寝るなら、私こっちで、シオンは布団敷いて……ってやり方もあるけど」


 一瞬だけ間をおいて、澪は私をまっすぐ見た。


「……一緒に寝る?」


 その問いかけに、胸の奥で映画のラストシーンがフラッシュバックする。世界がどうなるか分からないとき、それでも手を伸ばす二人。不安や怖さの先に、それでも選びたい人がいること。


 私は、ぎゅっと両手を握りしめた。


「いっしょが、いい。澪の、となりで……ねたい」


「うん。私もそう言ってくれると思ってた♡」


 澪が嬉しそうに笑い、するりとベッドから立ち上がる。


 さっきまで映画で見ていた“遠い宇宙の恋”よりも、ずっと近くて、手を伸ばせば届く距離にある温かさ。


 角の奥まで染み込んだそのぬくもりを抱えたまま、私はゆっくりと立ち上がった。


 澪と一緒のベッドで朝まで。


 そのことを考えるだけで、幸せになっていくのを感じながら──。


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