その2~未知の生物との邂逅~
大好きな彼氏とお付き合いを始めて早3か月---
私、真城綾菜は未だかつてない生物と邂逅した気分でいた。
私の彼氏、水口優人は優しくて頼れてカッコイイ。
そして自覚できるくらい、確実に私を愛してくれている。
……なのに。
どうしても腑に落ちないことがある!!
デートがいつも道場の後なのだ!!
(マジでキレるで!しかし!!)
今日も私はデート前に彼氏の道場に付き合わされているーーー
まあ……不満は不満なんだけど、真剣に刀を振る彼の横顔は……悔しいけど、悪くない。
道場という地獄編---
優人君は夢想神伝流という居合道を毎週日曜日の午前中に学んでいる。
この前2段試験に合格し、念願の真剣を持たせてもらえるようになった。
(……ていうか、真剣振り回す彼氏を横で見守る彼女って、どんなシチュエーションだよ!?)
私は付き合ってから毎回付き合わされているので最近は居合についての知識も増えてきた。
(稽古中ずっと館長先生とおしゃべりしてるからな! いい加減にしろや、優人!!)
夢想神伝流は茶道の小笠原流から礼法を取り入れているらしい。
――と言われても、正直どうでもいい。
(ならお茶にしてくれ… それなら私も和菓子を楽しめるから…)
道場の手前を神前とし、入退場時に礼をする。
(知らんがな…)
刀は右手で振るので礼をする時は、右手に持って行う。
抜刀が出来ないので攻撃が出来ないという意思表示らしい。
(平和な日本で刀を持って人に会う時点で、ただの狂人だけどな。)
……要するに、デートの日の午前中は「地獄」以外の何ものでもない!
(優人君の真剣な顔は天使だけど… こいつが地獄の元凶だと思うとちょっと腹立たしい…)
ファミレスという戦場編---
稽古が終わると道場仲間が「昼飯行こう」と誘うのを、優人君は「彼女と出かけるから」と断ってくれる。
(この矛盾が良く分からない…
大抵こういう彼氏は彼女をほったらかしにして行くのに、なぜか絶対断るんだよなぁ~…。)
「綾菜、ごめんね。 お昼行こっか。」
「うん!」
……この瞬間は嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。
でも。
この男、稽古着のままファミレスに入るのだ……。
周りの視線? もちろんお構いなし。
(まぁ、汗の臭いは車に乗る前に私が消臭スプレーかけまくるから心配ないのだけど…)
そして始まるのは居合のうんちく。
「この中伝の10本1本ってさ、10個の技を1個にまとめて剣舞っぽく見えて良いけど、目が回るんだよね!」
(知らんがな!!!)
こういう事を言われても興味の無い私は「へぇ…」としか言えない。
だけど目をキラキラさせながら一生懸命語る彼の眼差しについ負けて彼が納得するまで聞くフリをしてしまう。
そして、一通り話が終わると…やっとーーー
「この後、どこ行く? ゲーセン? それともカラオケがいいかな? ビリアードも最近行ってないよね?」
って私の事を気遣い始めてくれる。
(こいつの悪い所パート2。 このどれを選んでもこいつはこの恰好のまま行くという事。)
「ううん。 ちょっとお話がしたいから優人君のお家が良いかな。」
私は今日はどこへも行かず、優人君の自宅と答えた。
そう… 私は今日こそこの男に真意を聞くつもりなのだ。
どういう思考回路をしているのかーーー
もっとも悪気を一切感じていない優人君は顔を赤らめている。
きっと別の事を期待してるな…こいつ…
未知の生物の生態---
「優人君、正座して。」
優人君のアパートに上がるとまずは私は優人君を正座させる。
言うと素直に正座をする優人君---この素直さは本当に可愛いのだが…。
「どうしたの? なんか機嫌悪そうだけど…?」
さすがの鈍男の優人君も今回は気づいたようで一安心だ。
「ずっと聞きたかったんだけど… 私の事をどう思ってるの?」
「好きだよ。」
まさかの即答---
そう、この男… 最初の告白こそ8時間も掛けた記録保持者だが、一度付き合い出すと聞くたびにこれを即答する。
まさかの不意打ちに私も一瞬許しかけるが、ここで許すと私のもやもやはずっと消えない!
今日は徹底抗戦するんだ! 頑張れ私!!
「じゃあなんで、毎回デートを道場付きにするの!?」
何とか踏みとどまって、私は追撃をする。
すると敵は「???」と言う顔で私を見つめてきた。
(え? どういう事???)
暫くして優人君が手を「ポンッ」って叩いた。
「綾菜ちゃん、どこか行きたいのか! 温泉? 旅行? だけど人込み嫌いって言ってたよね?」
(いや… それは言えば次の週に道場休んで連れて行ってくれてるじゃん…)
「違うの! なんで毎回会うたびに道場まで付き合わされるのかって聞いてるの! その後も稽古着のままだし!!」
「え?」
私の質問に優人君がまた何か良く分かっていない様子…
何かが可笑しいと思い、深く追求してみた。
未知の生物水口優人の生態記録---
中学、高校と陸上をしてきた優人君。
顔がイケメンでついでに紳士で優しく、試合でもけっこう良い成績を収めていた彼には自他校問わずおっかけの応援団があったらしい。
それを見た彼は「女の子はスポーツをする男の姿を無条件で喜ぶ」と思い込んでいたらしい。
大学はコンピューターに目覚め、社会に出てからは真面目に仕事一辺倒であった為、社会人恋愛はほぼ無いとの事。
(つまり私もそのおっかけ同様喜んでいると思っていた訳か…)
つまり、モテの次元が普通と違い過ぎたために起こった…これは事故なのだ。
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私は正座している優人君に目線を合わせて説明をする。
「良い? 優人君。 私は貴方の彼女なの。 もう既に特別なの。
時々スポーツしてる優人君を見るのは… まぁ、好きなんだけど…」
ここで一瞬稽古中の優人君の顔を思い出して「絶対に道場は行かない」と言えないのは惚れた私の弱みだな…
「時々で良いよ。
後、そのまま稽古着で出かけるのはなんで?」
「え? 陸上の試合の後---」
「ジャージで飲食して良いのは高校生の特権だ!」
私は答えを待たずにツッコミを入れた。
(って言うかジャージならまだ許せると稽古着はおかしいだろ!)
「ふむ… じゃあ、これからは道場後にシャワー入って、洋服に着替えてから綾菜と会う!
けど、そうすると夕方になっちゃうなぁ…」
言う優人君についキュンとしてしまう。
私も焼きが回ったものだ。
一緒にいる時間が短くなるのは私も少し寂しい…。
そこで2人で決めた新しい約束事!
基本的に金曜の夜からお泊りで日曜の夕方まで一緒に過ごす!
で話がまとまった。
私は最後にもう一度優人君に聞く。
「優人君… 私の事、好き?」
「好きだよ。」
「そのパターンはもう慣れた。」
答える私に優人君は少し考えーーー
突然私を抱き上げ、ソファーまで連れて行き押し倒して…
「好きだよ。 綾菜。」
私は突然の事に言葉が出ず優人君の顔をジッと見つめる。
ゴン!
私は優人君の頭を軽くグーで殴る。
「こ…怖いから!」
「え~…」
本音を言うとめちゃくちゃドキドキした!!
有りだなとは思ったが、破壊力がありすぎて照れてしまった…
今のでもうしてくれなくなるのかな… 私は自分の行動を少し反省したのであった…。
* * *
次の週の金曜日---
優人君の仕事は終わりが遅い。
私は先に自分の家に帰り、準備をする。
仕事帰りに優人君が私を迎えに来てくれる手はずになっていた。
いつもの優人君の週末は仕事が終わったら後輩の木林と晩御飯を食べに行くのだが、今日は木林とのご飯も断ってくれたとの事。
つまり、お腹を空かせたままになるので家でお弁当を作りながら待つことにした。
外食ばっかりだと良くないしね!
時間になると優人君が迎えに来てくれる。
一緒に優人君のアパートに入り、お弁当を渡すと優人君は喜んでお弁当を食べ始めた。
私はTVを流しながら、優人君の洗濯物をチェックして愕然とする。
「ゆ… 優人君? お洗濯ものがぱりぱりなんだけど…?」
「ん? そうなんだよ。 何故か俺が洗濯すると毎回そうなるの。 田舎の水と違うからかな?」
(えと… 優人君、一人暮らしけっこう長いよね…)
「柔軟剤って知ってる?」
「何それ? この弁当に入ってるの? 美味しいよ!!」
(ちげぇよ!!)
「この後、スーパー行かない?」
「お? おう。 ちょっと食べ終わるまで待っててね。」
私は台所の多分昨日から放置しているであろう食器を洗い、お風呂の用意しながら優人君の食事の終わりを待つことにした。
* * *
「わぁ~…」
優人君の食事を待ち、私たちは2人で深夜のスーパーに入った。
私がいつも行く時間は夕方、お客さんも店員も多く雑多となっているが、今回は深夜23時過ぎーーー
人が極端に少なく、いつも狭く感じていたスーパーがだだっ広く、天井も高く感じた。
店内は異様な程キラキラして見え、いつもと違う感じがする。
(これは優人君と一緒だからかな?)
優人君はカートを持って来ながら私の後を付いてきた。
(はたから見たら私たちは新婚夫婦に見えるかな?)
そう思うと尚更ドキドキする。
優人君は生鮮売り場で何かを探し始める。
「何食べたいの?」
私はご機嫌なのを隠す事が出来ず、ルンルン気分で優人君に聞く。
「柔軟剤って調味料?」
(ねぇよ!)
私は思わず心の中でツッコミを入れる。
「こっちこっち!」
優人君を洗剤売り場へ案内してあげる。
「あ~! 柔軟剤って石鹸かぁ~!!」
ドヤ顔で納得したつもりになる優人君。
本気で知らないのね…
「優人君は好きな香りとかある?」
「綾菜ちゃんの匂いが好きだなぁ~…」
(照れるわ!! そういう質問じゃない!!)
「私は桃の香りの柔軟剤使ってるからーーー」
私が柔軟剤を探す横で優人君がいぶかしげな顔をしている。
「どうしたの?」
「つまりさ、洗濯洗剤って言ってるのに、洗濯洗剤だけだと衣服がパリパリになるって事だろ?
こんなの1つにまとめちゃえば良くない? 作ったら売れる気がするんだけど…」
「柔軟剤入りの洗剤ね。 あるよ!」
「あるんかい!」
いや… それ、ツッコミにならないからな?
普通は知ってるからな?
「優人君は、朝はパン派?ご飯派?」
私は明日のご飯を作ってあげようと思って尋ねる。
「食べないよ?」
いや、食えよ…
「それだと体に良くないから、朝ご飯を作ります。 じゃあパンにしよっか?」
「パン… ぱさぱさしてるんだよな…」
「おかずと紅茶も用意するから、食べて。」
「はい…。」
こうして、私と優人君の週末ライフが決まりつつあった。
* * *
家に戻り、優人君がお風呂に入っている間に私はTVを見ながら洗濯をし直す。
お風呂から出た優人君が真剣な面持ちで私に話を切り出してきた。
「ねぇ… すっごく自己中なお願いなんだけど…」
何だろう?
そう思いながら私は優人君の言葉を待つーーー
「合鍵渡すから、洗濯とかご飯とかお願い出来ないかな…?」
真面目な顔をしながら頼んで来る優人君。
彼女としては嬉しいんだけども…。
言われてみれば、優人君は朝5時に起きて6時には仕事を開始---
仕事が終わって家に着くのは翌0時頃と聞いている。
そもそも仕事の仕方が異常なのだ。
…って言うかお人よしな優人君にみんなが仕事を押し付けるからそうなっているのだ。
毎週金曜日は20時には仕事を切り上げるのだがーーー
そもそもそんな人が普通の人レベルの生活をしてると考える方が無理がある事をこの時知った。
「自己中でも何でも無いよ。 やってあげる。 毎晩、翌日すぐに食べられる朝ご飯も用意してあげるね。」
答えると優人君の表情が明るくなる。
こうして私は――彼女から“通い妻”へと昇格したのだった。
(未知の生物との邂逅は、私の人生を大きく変えていく予感しかしない……)