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王族の牢獄

作者: みち

 辺り一面が真っ黒。 

 黒色の壁がずっとずっと続いている。しかもその壁は高さが5メートルもあって日差しを遮る。壁と壁の間隔も狭く間は3メートルくらいしかなくて、空が見える範囲もものすごく狭い。

 

 今はまだオレンジの夕焼け空だけど、あと二時間もすれば真っ暗になるだろう。

 今日はまだ晴れていてマシだけど星も月も見えない日なんて壁と空の境界もわからないくらいだ。


 ここでの生活はもう何年になるだろう。最初の方こそ毎日数えていたけれど今はやめてしまった。

 推定で二年くらいだろうか。

 ずっと一人きりで毎日黒い壁に囲まれて、少しおかしくなりそうだった。


 そんな今日の今さっき、少し離れた場所から物音がした。

 ドシン、という何かが落ちたような音。

 退屈すぎるぼくはこんな僅かな日常の出来事にも異常にわくわくした。


 空から何かが降ってきてはいないかな。


 ぼくはその何かが消えてしまう前にと急いで音のした場所に向かった。

 音のした場所が遠くの方に見えてきた。

 黒い壁の下で黒い何かが動いているように見える。


「え、生き物」


 鳥か何かだろうか。

 しかし動く黒い物体は1メートル以上あるように見える。

 ようやく近くまできたところで赤い二つの目と目があった。


「に、人間だ……」


 どうして……


 ぼくは黒い物体が全身黒い服を着た人間だと認識できた距離で足を止めた。

 長い黒髪に浅黒い肌。目だけが赤く光っている。

 その謎の人物は黒い壁にもたれかかってもぞもぞと動いている。

 どうやら怪我をしているようだ。


「うっ」


 低いうめき声が聞こえて、ぼくは思わず声をかける。


「だ、大丈夫?」


「あ、ああ、なんとか」


 歳はぼくと同じくらいの十七、八歳くらいか。

 話す声の調子から悪い人ではないと安易に判断したぼくは近づいて怪我の具合をみた。

 軽く服を剥がして身体をみる。


「全身に打撲があるけど血はそこまで出てはいないね。一応洗った方が良さそうかな」


「あんたは?」


「ぼくはノース。君は?」


「俺は…… 俺は? い、いたっ」


 急に頭を押さえて苦しむ。


「大丈夫?」


「頭がいたくて。なんでだろう、うっ自分か誰か…… わからない」


 記憶喪失だろうか。


「きっと壁から落ちた一時的なショックだよ。今は無理に思い出そうとしなくていいよ。立てる?」


 ぼくは肩を貸し、彼を起き上がらせた。


「水浴び場に行こう。すぐ近くだよ」


「すまない…… よくしてもらって」


「いいよ。気にする事ないよ」


 ぼくは久々の人間との交流がただただ嬉しかった。


「そうだ。記憶がもどるまでの呼び名を決めよう。何がいい?」


「なんでも」


「じゃあサウス。南の方角にいたからサウスだ」


「いいよ、それで」




 水浴び場で傷を洗って包帯を巻いた。痛みも和らいだようだ。

 陽は沈みかけている。


「暗いな」


 サウスが呟いた。


「これからもっと暗くなるよ」


「そうなのか? 少し怖い」


「大丈夫。その前にご飯を食べに行こう」


「え?」


「その先にあるよ。真っ暗になる前に向かおう」


「ああ、わかった」


 ぼくとサウスは迷路のような壁に沿って歩く。


「ねぇ、君も王族なのかな」


「王族?」


「そうだよ。だってここは王族の牢獄だから」


「え」


 サウスは少しだけ驚いて、間を置いてからまた口を開いた。


「じゃああんたは王族なんだな。一体何をしてこんなところに入れられたんだよ」


「なにも」


「は? そんなわけ」


「強いて言えばあいつより何番目も後に産まれたことかな」


 そうだ。重要とされるのはいつだって順番。


「あいつって?」


「継承権があるからってやりたい放題のあいつ」


「ああ、ひょっとして。そいつの罪を被せられたとかか」


「正解。察しがいいね」


「あんた人が良さそうだからな」


「君もたぶん。同じような感じなんじゃないかな。だって君も、悪い人にはみえないから」


 ぼくがそう言うとサウスは苦そうに笑った。


「どうかな」


 しばらく歩いたらぼんやりとした明かりが見えてきた。


「なんだ? あれ」


サウスが不思議そうに言った。


「あの明かりがある場所から食事が出てくるんだよ」


 近くに行って小さな四角い穴に手を伸ばした。

 食事の乗ったトレーを引っ張り出す。食事はもう冷めていた。


「ここに3食、時間ごとに置いてあるんだ」


「へぇ」


「腐っても王族さ。餓死させるわけにはいかないようだからね」


 ぼくはニカッと笑いながらサウスを見たけどサウスは目を逸らした。

 サウスはずっと浮かない顔をしている。

 元気を出してもらいたいけど、こんな状況だと難しい。


「そういえばサウスの分がないね。忘れたのかな? 明日連絡してみようか」


「連絡? 連絡なんてできるのか?」


「ああ、連絡って言っても紙に書いてこの穴に入れておくのさ。例えば、食事が冷めないようにしてほしいとかね。まぁ、聞き入れられた事はないけどさ」


 また一層暗い表情を浮かべたサウスを元気づけようとぼくはわざと明るい調子で話す。


「けど大丈夫。明日からは君の分もちゃんと用意されるはずだよ。だから今晩はこれを二人で分けよう」


「いや、俺は、いい」


「どうして」


「気分じゃないんだ。それはあんたが一人で食べろよ」


「いや、でも。君さっきから、顔色が悪いよ。気分が落ち込んでるかもしれないけどちゃんと食べないと」


「いいって言ってるだろ!」


 突然サウスが大声を出したからぼくはびくりとしてしまった。

 驚いてサウスを見ると両腕で体を抱き抱えるようにして少し震えているように見える。


「だ、大丈夫?」


「なんでお前、俺に優しくするんだよ」


「なんでって…ぼくは、久しぶりに人に会えて嬉しかったし。それに、君も困っていたようだったから」


 サウスは赤い目をじっとこちらに向けている。


「ぼくもここに入れられたばかりの時は、一人で心細かったし。だから……」


「もういい。俺には関わるな」


「え?」


「なぜ俺を疑わない。そんなお人好しだから、いいようにされるんだよ……」


「……」


 サウスはそう言うと走り出した。

 すっかり陽は落ちていた。


「あ、待って、どこいくの危ないよ!」


「付いてくるな!!!」


 暗闇からサウスの声だけが響いた。


 


 辺りは真っ暗だ。

 黒い壁が昼間よりもずっと黒くて恐ろしい。今夜は月が出ているのがまだ幸いだった。

 オレンジ色の満月だ。


 壁に手を添えて走りながら暗闇にじっと目を凝らした。

 ぼくはまだ道を覚えているけれどサウスは道なんてわかるわけないんだ。どこかで迷っているに違いない。何に気を立てたのかは知らないけれど、きっと混乱しているんだ。陽が昇れば少しは落ち着くはずだよ。ここの暮らしも悪くはないって。

 一人では苦しくても、二人ならきっとそう思えるはずさ。


 ぼくはせっかくできた話し相手を失いたくないんだと思う。

 優しさとかではなくて。

 ぼくは自分自身の為に必死でサウスを探した。


 しばらく走って息が切れた時に冷たい風を裂くように叫ぶ声が聞こえた。


「グオオオアァッ」


「サウス!」


 ぼくはすぐさま声のする方に向かって再び走り出した。

 なんだろうあの声は。

 確かにサウスの声なんだけれど、人間のようではなくあまりにも獣に近い咆哮だった。

 何故だか足が震えている。


 その足でなんとかよろよろと走った。


 声のした場所にたどり着くとその暗闇には赤い目が二つ浮かんでいた。


「サ、サウス? どうしたんだ。戻ろう」


「くるな」


「どうして?」


「かかわるなといっただろう!」


「な、なぁ、サウス…… どうしてそんなことを言うんだよ。ぼく達仲良くやれないのか? どうして」


 じりじりと近づいていくと満月のオレンジ色の明かりに照らされたサウスの身体が少しずつ見えてきた。

 黒い服の隙間中から真っ黒い毛がはみでている。

大きな爪の生えた手で隠している顔も髪との区別がつかないほど黒い毛で覆われていた。


「その格好……」


 足の震えがとまると同時にぼくは全てを察した。


 一瞬の間があった後サウスが大きな牙を剥き出しにしながら叫んだ。


「にげろ!!!」


 ぼくは頭が真っ白になりながらも走った。

 逃げ出したかった。

 

 いいや今逃げているんだ。

 

 何から?


 サウスから。

 

 友達になれると思った相手からぼくはふらふらになりながら逃げている。


 おそらくあれは人狼だ。


 ぼくを殺しにきた。


 ぼくは王族だから、いやそうじゃなくて。

 王族だからじゃなくて、家族だから。

 そこまではされないとそう思っていた。


 真実を口にしないように外部との接触は絶たれていても、命までは奪われないと、思っていたんだ。


 そしていつか迎えにきてくれる。

 なんて夢を見ていた。


 だけど今日牢獄に人狼が放たれた。


 今日までか。

 今日までなんだ。

 ぼくを生かすのは今日までだと、決まったんだ。

 

 不幸な事故だった。

 どういうわけか入り込んだ人狼による犯行。

 そういう算段なわけ。


 もう足も息も限界で、ぼくはその場にへたり込んだ。


 後ろからずっと聞こえていた足音が追いついた。

 静かな暗闇の中獣の息が聞こえた。

 とても振り返る勇気はなかった。



「君さ、記憶がないなんて嘘だったんだ」


「うぅ」


「なんで逃げろなんて言ったんだ。最初からぼくを食うつもりだったんだろ」


「うゔぁ」


 ああもう人間の言葉で返事もできないのか。

 朝までもてば真相を聞けるかもしれない。

 だけどもう無理そうだ。

 サウスの考えなど知らぬまま、終わりだ。


「記憶を失うっていいよな。自分の身に起きたことを何もかも全部忘れて新しく生きることができたらいいよなって、君を見た時に思った」


「ぐるる」


「嘘だったわけだけど…… まぁ別にもういいんだ」


 ひたひたと後ろから足音が近づいてくる。


 もう逃げる気力もない。

 例え今夜を乗り切ったとしても、家族が自分にしようとした仕打ちを抱えたまま、またこの黒い壁の中生きられる気がもうしなかった。


「頭からいってくれよ。記憶もろとも」


 そう言った後、背後から生ぬるい息がかかった。

黒いそれはぼくを飛び越しフサフサの毛と赤い目が正面に現れた瞬間、あたりは漆黒の闇に包まれた。


 お望み通り頭からがぶりだ。

 容赦がない。


 もう満月も見えない本物の暗闇の中で、サウスの鼓動だけが聞こえた。

 軽く触れていた牙に徐々に力が入るのがわかる。


 頭への圧に痛みを感じた瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。

 そしてぼくは情けなく呟いた。


「しにたくないよ、サウス」


 こんな状況でそう思うのか。

 人狼の口の中で。

 覚悟なんて決まらないまま何も考えられなくなった。


 涙でぼやけた視界に次に映ったのは鮮やかなオレンジ色の月だった。

 冷たい空気が頬に触れる。


 サウスの口から吐きだされたぼくは訳もわからず地面に叩きつけられた。

 一瞬の出来事に声も出せない。

 どうして?

 ゲホッゲホッとサウスは咽せている。


 ぼくは涙と唾液でどろどろになった顔を拭い、サウスの背中に触れた。


「大丈夫? 不味かった?」


 それを聞いた人狼の肩が震えた。

 なんだか笑っているようにも見える。


 サウスは気を取り直すように頭を激しく振り、ぼくに近づいてきて凄い力でぼくを掴んだ。


 そして逃げる気力もないぼくをぐいっと引っ張り背に乗せて四つん這いになって走り出した。


「うわっ」


 冷たい風を切りながら黒い壁と壁の間を凄いスピードで走る。

 目がいいのか鼻が効くのか壁にぶつかることはない。

 ぼくは必死に背中にしがみついていた。

 そしてサウスに最初に出会った場所にくると人狼は足を思いっきり踏ん張って空高く飛び跳ねた。


 5メートルもある壁をぎりぎりで飛び越した瞬間目の前に大きな大きな空が広がった。

 満月に照らされた眼下には美しい草原と川と森が広がっていた。

 黒い闇に慣れていたぼくの目にはあまりにも眩しくてぼくは瞬きを繰り返した。

 瞬きをしている間にすぐに川辺にたどり着いた。

 サウスはぼくをそっと降ろしてくれた。

 目の前で川がキラキラと光っている。

 しばらくぼんやり見つめていた。

 ふと我に帰ってサウスを見たら丸まって眠っていた。


「あれだけ走ったもんな」


 ぼくも疲れてサウスの近くで眠った。




 朝の太陽の光で目が覚めるとすぐ側で座っていたサウスと目があった。もう人間の姿に戻っている。

 明るい場所で見るサウスの目は綺麗だ。


 ぼくはまだぼんやりした頭で質問をした。


「どうして。助けてくれたの?」


「あんたが望んだんだろ?」


「そうだけど」


「どうせあのままあんたを食い殺してもその後俺も処分されるだけだったしな」


「え、そうなの?」


「ああ。だったらあんたと逃げてもいいかなって。どうせもう追ってもこないだろ」


「え?」


 ようやくはっきりと目が覚めた。


「じゃあもう自由ってこと?」


「ああ。そうだよ。まぁ行くあてもないし、ある意味不自由だけどな」


「いや、素晴らしいよ、、」


 潤んだ視界に映る景色は何もかもが美しく輝いて見えた。


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