ドラゴンラーメン 〜転生したラーメン屋のおっさん店主、極厚ドラゴンチャーシュー麺で国を救う〜
「もうダメだ。小麦を中心に食材の値段が上がりすぎ……」
十年前、努めていた会社を辞め、俺は夢だったラーメン屋をオープンさせた。
味は悪くないものの、特徴もないとダメ出しばかり。
徐々に客足は遠のき、オープンから半年後には閑古鳥が鳴く日々。
自暴自棄になった俺は、昔憧れたファンタジーの世界をヒントに『ドラゴンラーメン』というメニューを作った。
ドラゴンの肉と称したチャーシューを骨に巻きつけ、極太骨つき肉にしてラーメンに乗せるというヤケクソなメニューだ。
店の名前もドラゴンラーメンに変更。
これがまさかの大ヒット。
連日超満員の人気店となった。
だが、昨今の物価高で材料費が高騰。
一杯千五百円と元々値段が高かったドラゴンラーメンだが、今はこの価格でも利益が出ない。
売れば売るほど赤字だ。
とはいえ、これ以上の値上げは客が離れていく。
そうなると人件費を削るしかない。
半年前にアルバイトには辞めてもらい、たった一人で何とかやってきたがもう限界だ。
「くそっ! ここまで来るのに十年かかったんだぞ!」
二ヶ月前からは、朝から晩まで毎日休みなく働いてきた。
しかし、四十歳にもなると身体が悲鳴を上げている。
「もう、無理だ……」
閉店後の店内。
カウンターの椅子に座り、うなだれる。
最近は頭痛も酷く立つのもやっとだ。
動く気力もなくなってきた。
「ん? 何だこれ?」
テーブル下の荷物置き場に、一冊の漫画が入っていた。
客が忘れていったのだろう。
タイトルは『転生したら勇者だった』。
昔は漫画好きだったが、今は漫画を読む暇すらない。
何気なくページをめくる。
「はは、死んで転生か。それもいいな」
次のページをめくろうとした瞬間、激しい頭痛に襲われた。
あれ?
床が目の前にあるぞ。
救急車の音まで聞こえる。
「しっかりしてください! 聞こえますか? 聞こえますか……」
呼びかける声が遠のいていく。
◇◇◇
「しっかりしてください! 聞こえますか? 聞こえますか……」
「ん?」
「き、気がつかれましたか!」
「え? あ、ああ」
「良かったです! 良かったです!」
若い女性がベッドの横で涙を流していた。
「そうか、俺は倒れたのか」
「倒れた? ち、違います! 自殺しようとしたのですよ!」
女性はめっちゃ怒ってる。
というか自殺?
俺、自殺なんてしてないぞ?
そもそもこの女性は誰だ?
部屋を見渡すと驚くほど豪華な部屋だった。
まるで西洋の宮殿だ。
「国王陛下が自殺したなんて、国民になんて説明すればいいんですか!」
「こ、国王陛下? 自殺? 何を言ってるんだ?」
ひとまず、この怒っている女性には謝ろう。
女性にはまず謝る、これが鉄則だ。
「す、すみません……」
「え! 陛下が謝罪!」
「あ、いや、怒ってらっしゃるので……」
「こ、言葉遣いまで変わって!」
ど、どんな言葉遣いだったのだろう。
こうなったら必殺の記憶喪失で押し通すしかない。
「あの、き、記憶がなくて……」
「え? 記憶がないのですか?」
椅子に座る女性の顔に視線を向ける。
まだ二十代前半といったところか。
白い肌に金色の長髪、大きな青い瞳、通った鼻筋、薄くてピンク色の唇。
かなりの美人さんだ。
「こ、ここはどこ……なのかな?」
「おいたわしや。何もかも覚えてないのですね。ご自身のお名前も?」
「う、うん。名前も分からなくて。はは……」
「ここはトラットリア王国。陛下のお名前はフォルマッジ様です」
聞いたことのない国名だ。
「陛下は……その……財政難なのに贅沢三昧でいらっしゃって……」
妙に歯切れの悪い女性。
「正直に言ってください」
「民の不満も頂点に達しクーデターが発生。そしたら『儂の代でこの国は終わりじゃ』って嘆いて毒を飲んだのです」
「そ、それって自分勝手で最悪なやつですね」
「あ、あなたのことですよ!」
「そ、そうでした。すみません」
もちろん俺ではない。
それにしても、あまりにも無能な国王だ。
クーデターも当然だろう。
「臣下は愛想を尽かして、クーデターを起こした公爵側につきました。もう残ってるのは私と騎士団だけです」
「き、君はどうして残っているんだ?」
「私は陛下専属の料理人でロゼッタと申します。陛下は私の料理だけ美味しそうに食べてくださって……。いつも無言でしたが」
料理を食べて無言なんて一番ダメだ。
感謝を忘れちゃいかん。
「ごめんよロゼッタ。いつもありがとう」
「え! 陛下が感謝! ももももったいなきお言葉」
この国王、どれだけ最低のやつだったのだろうか。
それにしても、そんな最低の男に転生してしまった俺。
確かに転生したいと思ったが、これは酷くないか?
「陛下、起きて平気なのですか?」
「身体は大丈夫だよ」
ベッドから出て、壁に立てかけてある立派な姿見の前に立つ。
「な、なんだよ! デブのおっさんじゃねーか!」
鏡を見ると太ったおっさんが立っていた。
身長は低く腹が出ている。
黒髪の短髪に、口と顎に髭を蓄えており、お世辞にも良い容姿とはいえない。
とにかく太ったおっさんだ。
「普通は若いイケメンとか、スキル盛り盛りの冒険者とか、美女とか魔王だろ! なんでおっさんなんだよ! ふざけんな!」
俺は思わず叫んでしまった。
「へ、陛下! どうされたのですか!」
「あ、いや、すまん。ちょっと悲しくて……」
おっさんがおっさんに転生なんて夢も希望もない。
しかも前世より太ってる。
「ロゼッタの料理が美味しくて、俺は太ってしまったんだな」
「そ、そんな、申し訳ございません!」
「あ、いや、違うんだ! 君の料理は悪くない。むしろ余程美味いのだろう」
この若さで国王の料理人なんて、腕が良い証拠だ。
ロゼッタの料理を食べてみたい。
というか腹減った。
「ロゼッタ。申し訳ないんだけど、何か食事を作ってくれないか?」
「か、かしこまりました。いつもと同じメニューでよろしいですか?」
「そうだな。いつも通りでお願いするよ」
ロゼッタが小走りで部屋を出た。
俺は部屋の椅子に座り、水差しの水をグラスに注ぐ。
「これは……軟水か? 美味い水だな」
ラーメン屋で水にもこだわった俺は、飲んだだけで軟水か硬水が分かるようになっていた。
「しかし、前世では店が危機。転生先は国が危機か。まったく……なんて人生だよ」
せっかく転生したのに、傾国の太ったおっさん国王なんて不運どころじゃない。
転生なんてしない方が良かった。
俺は窓の外を眺めながら、転生を願った自分を呪う。
――
「陛下! お待たせいたしました!」
ロゼッタがトレーを持って戻ってきた。
食器から湯気が立ち上る。
白い器には黄金色のスープ。
そして、柄が描かれた皿には肉の塊が一つ。
「おお、美味そうだ!」
「陛下が一番好きなメニューです! キノコのスープと干し肉の塩漬けです!」
「いただきます!」
「え? いつも無言の陛下が?」
「料理に感謝を忘れちゃいかんよ」
「うう、陛下のお言葉とは思えません」
スープを一口飲む。
そして、干し肉にかぶりつく。
「こ、これは!」
「陛下が一番好きで、毎日必ず食べていらっしゃいました! 私の得意料理です。えへへ」
「不味い! 不味すぎる!」
「え、ええ! な、何を仰って?」
「キノコのスープ? 苦みと渋みしかない! 干し肉は殺人クラスで塩っ辛い! ヤバイだろ!」
ロゼッタの飯は驚くほど不味かった。
「そ、そんな! いつも美味しいって……」
「あ、ごめん。でも、ちょっと……味が……」
「も、申し訳ございません!」
ロゼッタは平謝りだ。
「あとで俺が作るよ」
「え? 陛下が?」
「ああ、料理は得意でね」
「え? え?」
大きな瞳を見開いて驚いているロゼッタ。
それにしても、転生していきなり問題山積みだ。
どうしたものか。
まずは国の状況を確認しよう。
「ロゼッタ。色々と教えて欲しい」
「かしこまりました」
「クーデターだって?」
「はい。首謀者はプロシュート公爵です」
自殺前の国王から判断するに、プロシュート公爵こそ民思いの良い人間なのではないだろうか?
機会があれば話してみたいものだが、この状況では難しいだろう。
「この国の現状は?」
「貴族や商人たちから借入金があります。すでに王の威厳は落ち、公爵はこの国の乗っ取りを狙ってます。他国との貿易は赤字で、支払いの期限は半年後です。国庫の資金はもうほとんどありません」
な、なんだそれは。
よくそんなのが国王になってたな。
世襲制の恐ろしいところだ。
無能な人間に金と権力を持たせてはいけない良い見本だぞ。
「わ、分かった。じゃあ、この国の特産は?」
「小麦です」
「こ、小麦だって!」
「はい。輸出もしていました。気候的に小麦は安定して収穫できます」
「そ、それで、その小麦は現時点でどれくらいあるんだ?」
「今年は豊作だったので、国の備蓄庫がいっぱいになるほどあります。でも、小麦なんて庶民が食べるものです」
「小麦をどうやって食べてるんだ?」
「小麦粉にしてパンに加工します」
この世界にパンはあるようだ。
「さっきの干し肉は何の肉?」
「豚です」
「他に食用の肉は?」
「豚の他は、牛や鶏です」
食材は前世とかけ離れてないようだ。
「魔法はあるかい?」
「ま、魔法ですか?」
「手から火が出たりするじゃん?」
「そ、そんな御伽話は……」
「そ、そうだよな。ははは」
魔法はないようだ。
その後もロゼッタからこの国の情勢を聞いた。
◇◇◇
ロゼッタが退室したので、俺は改めて窓の外を眺める。
ヨーロッパの古い街並みのような、美しい建物が広がっていた。
「さて、当面の課題は金か。信用も取り戻さなければならない。というか、この城もいつ攻め込まれるか分らんしな」
「陛下!」
突然部屋にすっごいイケメンが入って来た。
「えーと、君は?」
「ロゼッタから聞きましたが、本当にご記憶がないのですか?」
「そうなんだよ。すまないな」
「とと、とんでもないことでございます。私はこの国の騎士団に所属しており、陛下より団長を拝命いたしました」
「騎士団か。何人残ってる?」
「騎士団は全員残っております」
騎士団は辛うじて残っているようだ。
きっと、この超イケメン団長のおかげだろう。
「君の名前は?」
「スタジョーニと申します」
「スタジョーニ君。俺はこれまで本当に酷い国王だった。だが生まれ変わった。この国をより良い国にする」
「へ、陛下」
「騎士団長には苦労をかけるが、一緒に働いてもらえるか?」
「も、もちろんでございます!」
アルバイトから信用を得るには、自分が一番働くことだ。
その姿を見せることで、バイトたちもやる気を出してくれた。
「ではさっそくやってもらいたいことがある」
「ハッ! 何なりとお申しつけください!」
「モンスターを討伐してくれ」
「モンスターの討伐ですか?」
ロゼッタからモンスターの存在を聞いていたが、この世界のモンスターは生態系に準じており、動物の上位に当たるような存在だった。
さっき食べた豚肉は驚くほど不味い。
前世の豚とは大違いだ。
もしかしたら、モンスターの方が美味いのかもしれない。
「陛下。昨日は騎士団でドラゴンを討伐しました」
「ドドドド、ドラゴンだって?」
「ハッ! 左様でございます!」
「こ、この世界でドラゴンは珍しいのかい?」
「様々なドラゴンが生息しています。中には珍しい種族もいますが、国の全域で繁殖しています。ですので騎士団で討伐を行っております」
ドラゴンが存在している。
どんなドラゴンか分からないが、見てみる価値はあるだろう。
「騎士団長。討伐したドラゴンは残ってるか?」
「ハッ! これから解体するところです」
「ドラゴンの肉は食べる?」
「え? ド、ドラゴンの肉ですか? 鱗や骨は様々な用途に使用できますが、肉は破棄します」
「分かった。解体の様子を見たい」
「かしこまりました!」
俺たちは騎士団の駐屯地へ移動。
騎士たちが敬礼して出迎えてくれた。
広場に向かうと、一頭のドラゴンが倒れている。
「で、でかい!」
「これはまだ小型のドラゴンになります」
「これで小型? 嘘だろ?」
体長はゆうに十メートルを超える。
前世で言うところのティラノサウルスのようだ。
これが小型というのなら、大型は一体どれほどの大きさになるのだろうか。
「スタジョーニ君。これはなんというドラゴンなんだ?」
「この国で最も繁殖しているディノドラゴンです」
「ディノドラゴンか。討伐は難しいのかい?」
「ハッ! 私と騎士団にかかれば、ウサギ狩りと等しいです!」
この巨大なドラゴンとウサギが同じなんて凄い自信だ。
本当に凄腕なんだろう。
「スタジョーニ君、ナイフを貸してくれ」
俺は小型ナイフでディノドラゴンの肉を削ぎ落とし、鼻に近づける。
「臭いはない。だが、生で食うのはやめておこう」
スタジョーニ君にお願いして、火を起こしてもらった。
ナイフに刺した肉を焼く。
パチパチと音を立て、表面に焼色がつく。
滴り落ちる脂。
見るからに美味そうだ。
そのまま口に入れた。
「「陛下!」」
スタジョーニ君と騎士たちが叫ぶ。
「こ、これは! うぐうううう」
「どうされましたか! 大丈夫ですか! お薬をお持ちします!」
「う、美味い! めっちゃ美味いぞ!」
ジョーシーで濃厚な味の肉。
驚くほど柔らかい肉は、噛んだ瞬間口の中で溶けるように消えていく。
脂はコクがあり、それでいてしつこくない。
前世の最高級和牛よりも遥かに美味いと感じた。
「味付けしなくても美味い。この肉はマジで凄いぞ」
「う、美味いのですか?」
「ああ、驚いたよ。食べてみるかい?」
「い、いえ。その……」
「あはは、そうだな。無理強いはしないよ」
食に関しては国民性や宗教の問題もある。
無理強いは良くない。
スタジョーニ君にお願いして、このディノドラゴンの肉を解体してもらった。
◇◇◇
クーデターの首謀者プロシュート公爵の邸宅。
「自殺か。最後の最後まで迷惑をかける王だった。この国は私が変える。民のために尽力しよう」
「ハッ! 公爵閣下がこの国をより良い方向へ導いてくださると信じております! 民も皆同じ意見です!」
「うむ。あの国王は無能すぎた。先代は素晴らしいお方だったがな」
プロシュート公爵と側近の会話中に、息を切らした衛兵が入ってきた。
「ご報告です! 国王陛下の意識が戻ったとのことです!」
「なんだと! 毒を飲んだのではないのか!」
「ハッ! その通りなのですが……」
「しぶとい豚め。こうなったら、直接城へ乗り込むしかない」
側近が慌てて両手を振る。
「閣下! あの騎士団は厄介ですぞ! それにスタジョーニ団長は歴代最強の団長です」
「分かっておる。私が騎士団長と交渉する。彼もこの国の未来を担う優秀な人物だ。分かってくれるはず」
プロシュート公爵は邸宅を出る準備を開始した。
◇◇◇
王城の厨房で、スタジョーニ君に解体してもらったディノドラゴンの肉を並べる。
部位ごとに特色が違う。
「それにしても見事な肉質だ。きめ細かい霜降りも特徴だな」
部位の中でも、特に肉質の良い部分を発見。
「牛肉でいうところのサーロインやヒレの部分かな」
肉をカットし、ステーキにしてみた。
味付けは塩とコショウのみ。
塩もコショウも普通に前世と同じ味だった。
一口大に切った肉を口に運ぶ。
「う、うおおおお! うおおおお!」
あまりの美味さに叫ぶことしかできない。
「転生して良かったああああ!」
俺はすぐにロゼッタを呼び出した。
「ロゼッタ。もし嫌じゃなかったら食べてみて欲しい。この肉はこの国を救うかもしれないんだ」
「へ、陛下が焼いたんですか?」
「そうだよ。ディノドラゴンの肉だ」
「ド、ドラゴンの肉ですか……。は、初めて食べます」
「無理はしないように」
ナイフで肉を切り、フォークで口に運ぶロゼッタ。
大きな瞳をぎゅっと閉じ、口を動かす。
「え? え? ええええええ!」
「ど、どうしたロゼッタ!」
「おおおおおお美味しい!」
ロゼッタが声を張り上げた。
一口、また一口と肉を運ぶロゼッタ。
背後に控えていたスタジョーニ君が、ロゼッタの動きを凝視している。
ディノドラゴンの肉を拒否していたが、興味を持ったようだ。
「へ、陛下。私もいただいてよろしいですか?」
「もちろんだ」
スタジョーニ君がロゼッタの肩に手を置く。
「ロゼッタ、私も一口食べる」
「スタジョーニも驚くよ」
なんか良い雰囲気の二人。
付き合ってるのだろうか。
ロゼッタがフォークに刺した肉をスタジョーニ君へ手渡す。
慎重に口へ運ぶスタジョーニ君。
まだ少し抵抗があるようだ。
「う、うおおおお! なんということだ! 世の中にこれほど美味い肉があったとは!」
二人とも大げさすぎる反応だった。
だが、それほどこの肉は美味い。
「二人とも聞いてくれ。俺はこの肉と、小麦を使ってラーメンを作る」
「「ラーメン……ですか?」」
同時に答える二人。
「そうだ。異国の食べ物でね。この国の特産である小麦、繁殖しているディノドラゴン、そしていくつもの野菜を使ってラーメンを作る。協力して欲しい」
俺はラーメンを作ることしかできない。
それに、せっかく本物のドラゴンがいるんだ。
この世界でドラゴンラーメンを作り、この国を救う。
「だ、団長!」
「どうした?」
一人の騎士が慌てて厨房へ入ってきた。
「公爵が! 公爵が来ております!」
「公爵が? 分かった、すぐに行く」
スタジョーニ君が外へ出ようとしたので、肩に手を置き呼び止めた。
「待ってスタジョーニ君。公爵ってクーデターの?」
「左様でございます。陛下、実は……私は公爵から引き抜きを打診されておりまして……」
「まあそうだろうな。スタジョーニ君の実力なら普通はそうする」
「ですが、愛する妻を残すわけにはいきません」
「妻? 結婚してるの?」
「ハッ! ロゼッタは私の妻です!」
「ええええ! 二人は結婚してるの?」
「左様でございます」
納得の美男美女カップルだ。
こんなダメな国王を慕ってくれているのだから、この二人を幸せにしなければならない。
「公爵は俺が対応する」
「陛下が? か、かしこまりました。それではお供いたします」
俺はスタジョーニ君とロゼッタを引き連れ、応接の間へ向かった。
――
応接の間に入ると、待ち構えていた身なりの良い中年男性。
何人かの配下を引き連れている。
身長は俺よりも高く、引き締まった体、清潔な短髪に整った口ひげ。
まるでハリウッド俳優のようなイケオジだ。
「足長っ!」
思わず叫んでしまったほど。
風体だけでいうと、俺は悪役、このプロシュート公爵こそが正義に思える。
いや、これまでの状況から、本当にプロシュート公爵は正義の存在だ。
「これはこれは、国王陛下。毒をお飲みになったと伺いましたが?」
「迷惑をかけたね。もう大丈夫だ」
「ん? まるでお人が変わったようですな」
「ああ、そうだ。今まで本当に申し訳なかった。プロシュート公爵」
「え? 今なんと?」
「いや、だから、申し訳なかったと……」
「へ、陛下が謝罪? あの傲慢で人を人とも思わない陛下が?」
「そ、そんなに酷い奴だったんだ……」
プロシュート公爵どころか、その配下の者も非常に驚いている様子だ。
「とにかく話を聞いて欲しい。こちらに敵意はない。公爵が起こしたクーデターを処罰するつもりもない」
この国を崩壊させたのは俺ではないが、その国王に転生してしまった。
後始末をする必要がある。
俺はこれまでのことを真摯に謝罪した。
「プロシュート公爵。力を貸して欲しい」
「これまで散々民を苦しめたあなたに協力?」
「それはそうなんだが……」
過去をなかったことにはできないが、未来を作ることはできる。
「百聞は一見にしかずだ。プロシュート公爵。食べて欲しい物がある」
俺は全員を厨房へ連れていき、ディノドラゴンの肉を焼いた。
「肉? これを食べろと? 毒入りの肉なんて食べるわけはないでしょう」
毒を疑うプロシュート公爵。
当たり前だ。
それほど過去の国王は人としてクズだったのだろう。
なんだか本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「公爵閣下! 恐れながら、決して毒など入っておりませぬ! 我が剣に誓います!」
困惑していた俺に気を使ってくれたのか、スタジョーニ君が公爵へ進言してくれた。
「お主がそこまで言うなら信じよう」
この公爵、マジで良い人だな。
覚悟を決めた公爵は、一口大に切った肉を恐る恐る口に入れた。
「こ、これは!」
「どうかな? プロシュート公爵」
瞳を閉じ、味を堪能している様子。
「こ、これほどとは。美味い。確かに美味い」
公爵が俺に視線を向ける。
「ですが陛下。この肉が何か? これで何かできるのですか?」
疑いの目を持っている公爵。
そりゃそうだろう。
「プロシュート公爵にお願いがあるんだ」
「な、何でしょうか?」
「この国の財政は終わっている。国庫は尽きそうだ。俺はまず、この王都にラーメン屋を作る。その資金を提供してもらいたい」
「ラーメン屋?」
俺はラーメンがどういうものか、全員に説明した。
「小麦なぞ庶民の食べる物ですぞ?」
「この国の特産を生かすんだ。我々王侯貴族が食べる。そうすれば国民にも広がる。そして、他国へアピールするんだ。店舗数を増やし他国へ進出する。ラーメンが広まれば小麦の輸出も増える」
「そんなに上手くいくものですか?」
「やるんだ! もしダメだったら俺の首を差し出す! 俺はその覚悟を持っている!」
「それほどまで……。かしこまりました。一度だけ信じましょう」
理解してくれた公爵。
本当に良い人だ。
――
俺はさっそくその日から行動を開始。
ロゼッタに小麦粉を用意してもらい試作を重ねる。
この国の水は軟水だ。
美味い麺を作るのに適している。
そしてスープを作るための野菜を大量に用意。
野菜の種類は前世とほとんど同じだった。
さらに大豆から醤油を作る。
スタジョーニ君と騎士団には、ディノドラゴン討伐を依頼。
肉を解体してもらい、ラーメン用に極厚なチャーシューを作った。
骨はスープに使用し、極上の濃厚ドラゴンスープが完成。
豚骨ならぬ、竜骨スープとでも呼ぼう。
プロシュート公爵が王都の一等地に建物を用意。
俺は店舗の図面を書き、内装工事を依頼。
それも全て公爵が資金を提供してくれた。
俺は王城のキッチンで試作を繰り返す日々。
そして俺が転生して一ヶ月が経過した。
「か、完成した! これぞ本物のドラゴンラーメンだ!」
ついに納得いくラーメンが完成した。
醤油ベースの透き通った竜骨スープ。
丁寧に折り畳まれた黄金色に輝くストレートな細麺。
その美しさを破壊するかのような、極厚のドラゴンチャーシュー。
竜の鱗のように鮮やかな緑を添える青ネギ。
「俺の理想を全て叶えた究極のラーメンだ!」
俺は割り箸を取る。
この割り箸も、スタジョーニ君に頼んで騎士団総出で作ってもらっていた。
レンゲでスープを口に運ぶ。
「うおおおおお」
竜骨スープは濃厚でいてサッパリ。
臭みは一切なく、凝縮された旨味とコク。
細麺は程よく歯ごたえがあり、濃厚な竜骨スープと絶妙に絡んでいる。
そして、とろけるような柔らかさの極厚ドラゴンチャーシュー。
「ヤバいぞ。二杯でも三杯でも食べられる。なんというラーメンを作ってしまったんだ」
前世で作ったドラゴンラーメンは美味かった。
俺の自信作だ。
しかし、この本物のドラゴンラーメンは格が違う。
前世でも食べたことがない究極のラーメンだった。
翌日、王城に三人を呼び出す。
ロゼッタ、スタジョーニ君、プロシュート公爵に試食してもらった。
「す、凄い! こんな食べ物は初めてです!」
「このスープ。体中に力がみなぎるようだ」
「これがラーメン……。信じられん美味さだな」
三人とも感動してくれた。
この瞬間が料理人として最も嬉しい。
「皆ありがとう。だけどこれからだ。国を立て直す。協力してくれ」
俺は三人に対し、深々と頭を下げた。
――
全ての準備が完了し、王都でドラゴンラーメン一号店のオープン日を迎えた。
俺が厨房に立ち、ロゼッタがホール係だ。
話題が話題を呼び、店外には行列ができている。
それをスタジョーニ君と騎士団が整理していた。
「よし、オープンするぞ!」
「「はい!」」
元気良く応えてくれたロゼッタとスタジョーニ君。
暖簾をかけ、開店の看板を吊るす。
一人目の客が入ってきた。
緊張の一瞬だ。
「陛下! 来てしまいましたよ!」
「こ、公爵……」
一人目の客は、わざわざ並んでいた公爵だった。
満面の笑みを浮かべながらカウンター席に座る。
本当に良い人すぎるだろう。
「公爵閣下! ようこそいらっしゃいました!」
ロゼッタが注文を取る。
「陛下! ドラゴンチャーシュー麺いっちょう!」
「はいよ!」
この国はまだ問題だらけだ。
だが俺はラーメンしか作ることができないし、ドラゴンラーメンならこの国を救うと信じている。
◇◇◇
王都に突如として誕生したラーメン屋『ドラゴンラーメン』。
国王が働く店として瞬く間に話題となる。
そして、その味に誰もが魅了され、連日大行列となった。
ロゼッタは元気良く店に立つ。
スタジョーニは次々とドラゴンを討伐。
プロシュート公爵は国内に店舗を展開し、さらには国外へ進出。
そして国王フォルマッジはこの三人と協力して、新たなメニューを開発してくのだった。
◇◇◇
異世界転生の短編となります。
いつかドラゴンの肉を食べてみたいです。
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