第53話: 事業戦略
広々とした商会の一室。フィンの父親であるゼッケンは、会議テーブルの中央に鎮座するドローン型アーティファクトを見つめていた。部屋には商会の幹部たちが集まり、その視線も同様にドローンに集中していた。
ゼッケンは静かに口を開いた。「このドローンは、我が社の未来を決定づける重要な技術だ。この技術をいかに活用し、競争相手に対抗していくか。それが今日の議題だ。」
幹部たちは真剣な表情でうなずいた。ゼッケンの言葉には重みがあり、彼ら全員がその重要性を理解していた。
「フィンが開発したこのドローンは、様々な分野で活用が期待できる。」ゼッケンは続ける。「農業における自動散布、物流における無人配送、そしてインフラ点検。これらの分野での市場シェアを取るために、我々はどう戦うべきか？」
ゼッケンの問いに応じて、幹部たちは次々とアイデアを出し始めた。
「農業分野においては、広大な農地を効率的に管理できるドローンの導入が期待できます。特に、作物の成長状況をリアルタイムでモニタリングし、必要な箇所にのみ肥料を散布することで、コスト削減が可能になります。」
「物流分野でも、都市部や僻地への無人配送にこのドローンが使えるはずです。これにより、人手不足が深刻な地域でも配送サービスを維持することができます。」
「インフラ点検の分野でも、このドローンは橋梁や高層ビルの点検に利用できます。人間ではアクセスが難しい場所でも、このドローンなら安全かつ迅速に点検作業が行えるでしょう。」
次々と出されるアイデアにゼッケンは頷きながら耳を傾けた。しかし、彼の表情はどこか厳しいものだった。
「確かに、ドローンの活用は多岐にわたる。しかし、我々が忘れてはならないのは、リーダー企業の存在だ。」ゼッケンは声を少し低めた。「リーダー企業はアーティファクト市場の半分以上を占めており、我々がどんなに優れた技術を持っていても、彼らに対抗するのは容易ではない。」
会議室内が静まり返る。ゼッケンの言葉に全員が緊張感を感じていた。
「リーダー企業は、既にインフラ分野での市場拡大を狙っている。彼らが動き出せば、我々のドローン技術も模倣され、市場シェアを奪われる危険性が高い。」ゼッケンは続ける。「そのため、我々はこの技術をどのように保護し、どの市場で最初に展開するかを慎重に考えなければならない。」
一人の幹部が提案した。「ドローンの技術をオープンにするのではなく、特定の市場に絞り込んで展開するというのはどうでしょうか？例えば、物流分野に特化して、そこでのシェアをまず獲得する。」
ゼッケンは頷いた。「確かに、その戦略は有効だ。しかし、リーダー企業が同じ市場に参入してきた場合、我々はどう対抗するか？」
「それは…」幹部たちは答えに詰まった。
ゼッケンは重々しく言った。「だからこそ、我々はリーダー企業よりも一歩先を行く必要がある。彼らが追いつく前に、新たな市場を開拓し、技術を進化させ続けるんだ。」
その言葉に、幹部たちは再び真剣な表情を見せた。ゼッケンの視線は再びドローンに向けられる。
「我々は、このドローンを使って市場を切り開く。しかし、ただ技術を売るのではなく、その技術をどのように守り、どのように広げていくかを考えなければならない。模倣されないための仕組みが必要だ。」
ゼッケンは一度言葉を切り、深呼吸をした。そして、強い決意を込めた声で言った。「我々の目指すべきは、リーダー企業の真似事ではなく、リーダーになることだ。このドローンを使って、我々は市場を変える。そして、業界全体をリードする存在となる。」
その言葉に、会議室内の全員が一つの決意を固めた。ゼッケンの指示の下、彼らは新たな戦略を練り直し、次の一手を計画し始めた。
ゼッケンの言葉により、会議室内の空気はさらに引き締まった。幹部たちはリーダー企業との競争を見据え、新たな戦略を提案し合った。
一人の幹部が手を挙げ、発言を始めた。「模倣を防ぐために、特許取得を強化するのはどうでしょうか？特に、ドローンの姿勢制御や無線通信に関する技術は、我々の強みとなる部分です。これらを特許でしっかりと保護すれば、他社が簡単に追随することは難しくなるはずです。」
ゼッケンはその提案に頷きながらも、「特許取得はもちろん重要だが、それだけではリーダー企業との競争に勝つことはできない。彼らは資金力と市場シェアを持っており、特許の壁を乗り越える手段を見つける可能性が高い。」と指摘した。
別の幹部が続けて提案を出した。「それならば、技術開発のスピードを上げることが重要です。ドローンの進化を止めず、常に新しい技術を市場に投入し続けることで、リーダー企業が追いつく前に次の一手を打つことができます。さらに、ユーザーのフィードバックを迅速に取り入れることで、常に市場のニーズに応える製品を提供できるようにするのです。」
ゼッケンはその提案に考えを巡らせた。「ユーザーのフィードバックを迅速に反映する…そのためには、我々の開発プロセスを見直す必要があるかもしれない。従来のウォーターフォールモデルでは、開発のサイクルが長くなりがちだ。アジャイル手法を取り入れ、短期間での開発とリリースを繰り返すことで、常に市場に新しい価値を提供することができるかもしれない。」
アジャイル手法の導入は、商会にとって新たな挑戦であったが、その柔軟性とスピードは、この厳しい市場競争において有効であると全員が感じていた。ゼッケンは、幹部たちの提案を聞きながら、次の戦略をまとめ上げていった。
「我々の方針は次の通りだ。」ゼッケンは立ち上がり、ホワイトボードに方針をまとめ始めた。「まず、ドローン技術に関する特許を強化し、模倣を防ぐ。次に、アジャイル手法を採用し、迅速な開発と市場投入を繰り返す。そして、ユーザーからのフィードバックを迅速に反映し、市場のニーズに即応する製品を提供する。」
ゼッケンが書き終えると、幹部たちはその内容を確認し、さらに意見を交換し始めた。会議は戦略の詳細を詰める段階へと移り、各部門が具体的なアクションプランを立てていく。
「まず、農業分野において、特許を取得した技術を使ったドローンをテスト市場に投入します。ユーザーからのフィードバックを集め、その結果を基に改良を重ねます。」農業担当の幹部がそう宣言すると、他の幹部も同意の意を示した。
「物流分野では、無人配送ドローンをテスト導入し、その運用データを集めて改善策を講じる。」物流担当の幹部も続けて提案を出した。
「インフラ点検分野では、特に危険な場所での点検にドローンを活用し、安全性の向上を目指します。この分野はリーダー企業も注目しているので、迅速に動きましょう。」インフラ担当の幹部が述べた。
ゼッケンはそれらの提案をまとめ上げ、最終的な戦略を確定させた。「皆が提案したアクションプランは素晴らしい。これを実行に移し、我々のドローンが市場に革新をもたらすようにしていこう。」
会議が終わり、幹部たちはそれぞれの部署へと戻り、具体的な実行計画の策定に取り掛かった。彼らの目指すところは、リーダー企業に追いつき追い越すことだ。そのためには、一瞬たりとも油断できない状況が続く。
ゼッケンは最後にドローンを手に取り、熱心にドローンについて語るフィンを思い出す。アーティファクトの開発には当然資金が要る。フィンが自由な発想でものづくりができるように会社を大きくしたいと考えていたゼッケンは心の中で誓った。
「我々がリーダーとなり、この市場を変える。そして、未来を切り開いていくのは、我々の技術と努力だ。アーティファクト分野のリーダー企業となった際には、後継者を育てるための専門的な学校を作っていこう。」
この企業にはものづくりが好きな人間が集まっているが、卓越した技術職はいつも後継者不足の悩みを抱えている。アーティファクトを学ぶ専門学校を開校することは社員共通の夢でもあった。
