喫茶店【Cafetta】
「──これが、事のあらましです。マスター、どう思います?ヒドイと思いませんか?」
放課後。
僕はバイト先である喫茶店【Cafetta】の店長もといマスターに、告げ口するように愚痴っていた。
この喫茶店は学校からほど近い場所に建っていて、高校入学を期に勤め始めた、バイト先の1つだ。
僕は中学校時代からこのお店の常連客だったので、マスターに頼み込んで雇ってもらった形になる。
オシャレな外装も然ることながら、レトロな雰囲気が漂う店内にはクラシック音楽が流れていて、僕には天国のような職場だ。
なんと言っても、マスターがとても良い人で、僕がこうして愚痴を零すのも、今に始まった事では無い。
「それは災難だったね、匠人君」
そう言いながらグラスを磨くダンディーなマスター。
「災難なんてもんじゃ無いですよ。あの後、クラスのみんなにはチラチラ見られるし、委員長には『夏に泣かされたのですか?』なんて聞かれるし……明日からどんな顔して学校に行けば良いんだ……」
なんとも情けない顔でため息を零す僕を見て、マスターがくつくつと喉を鳴らす。
「マスター、笑い事じゃ無いんですけど」
「いや、すまないね。匠人君にしてはずいぶんと子供っぽい表情をするものだから、つい」
口を尖らせて睨めつく僕を見て、マスターはまるで子供をあやすように、諭すように言葉を続けた。
「だが、事の発端は匠人君なのだろう?ほら、その子の……なんだったかな?そう、アニソンを頭ごなしに貶してしまったと、反省していたじゃないか」
「うっ……まあ、そうですけど。でも、当てつけのように僕の好きなクラシック音楽を乏すなんて、あの子、絶対性格悪いですよ」
そんな僕の言葉に、マスターは磨いていたグラスをテーブルに置くと、コーヒーカップとソーサーを手に取った。
「そうだね。その子は結果的ににクラシック音楽を乏してしまったけれど、その子が匠人君の教室に来た本来の目的は、匠人君にアニソンの良さを伝えようという、前向きな行動だったはずだよ」
その言葉にハッとして、マスターに目を向ける。
「匠人君、君はどうしたいんだい?」
「……僕は…………僕も彼女に、クラシック音楽の良さを知って欲しい」
独白のようなその言葉に、マスターは朗らかに笑う。
「自分の好きなモノを自分本位で語るのは簡単だけれど、その好きなモノを相手に受け入れてもらうのは、とてもとても大変な事なんだ。ましてやソレが、相手の嫌いなモノだったら、尚更ね」
そう言って、マスターはウォータードリッパーからコーヒーを1杯カップに注ぐと、僕の前にコトリと置いた。
「私はコーヒーが好きだけど、コーヒーが苦くて嫌いだという人の気持ちも良くわかる。ほら、昔の匠人君がそうだったようにね」
立ち上るコーヒーの香り。
コーヒーなんて、砂糖やミルクが無いと飲めたもんじゃ無いと思っていた僕が、今ではブラックでいける口になっていた。
「その子がクラシック音楽なんて退屈でつまらないと言うのなら、匠人君はまず、それを受け入れよう。それを受け入れた後で、ではどうやってその認識を覆す事が出来るのかを、色々考えてみたら良いんじゃないかな」
「……マスターは大人ですね」
「はははっ、そりゃあ卓人君より何倍も長生きしているからね」
なんて、お茶目に笑うマスター。
小ジワが素敵なダンディーおじさんだ。
今回も、マスターに相談して本当に良かった。
「では匠人君、3番テーブルの片づけ宜しくね」
「……はーい」
バイトを終え、帰路に着く道中、僕はスマホを前にして深呼吸をしていた。
5件も無い連絡先の中から、意を決して1つの連絡先をタップする。
「もしもし、夏くん?実は、頼みたい事があるんだ──」