かくれんぼが御上手ですこと
「どうしようかなぁ……」
翌日の、昼休み。
僕は何も塗っていない食パンをモソモソと食みながら、頭を悩ませていた。
原因は、机の上の置いてある無記載の入部希望届け。
あの後、鬼の形相で追い掛けて来た女の子から逃げるように下校したため、結局【帰宅RTA部】以外の部活動見学には行けなかったのだから、無記載なのは当然と言えば当然だろう。
(とは言え……)
チラリと委員長に目を向けてみると、担任の手伝いで教室から出て行く姿が目についた。
「ちょっとぉ、根暗くぅんウチの事すっごい見てくるんだけどぉ。ウチって罪な女ぁ」
「きっと見蕩れてたんでしょ〜?ほら、泡姫ってば、ちょ〜可愛いも〜ん」
「ガン見で草www」
(勘違いしてんじゃねぇよ、クソビッチ共がッ!お前らを見るくらいなら24時間砂嵐のテレビを観てた方がマシだわッ!!)
……なんて声に出して言える訳もなく、こっちに向かって「ごめぇん、無理ぃ」なんて宣うビッチ達をチベットスナギツネのような目で一瞥し、頭を振る。
(先生は別にいいとして、委員長には迷惑かけたく無いよなぁ。みんなのためにいつも頑張ってくれてるし……この学校って部活動に入らなかったらペナルティとかあるのかな?)
「はぁ……」
と、何度目かわからないため息をついた、そのときだった。
「失礼致しますわ!」
──代わり映えのしない日常をぶっ壊す、声が響いた。
彼女の姿を視界に収めた瞬間、僕は反射的に、顔を隠すように机に伏せていた。
見覚えのありすぎる女の子が、そこに佇んでいたからだ。
肩ほどで揃えた、絹糸のような艶のある黒髪。
黒水晶のような大きな瞳。
白磁器のような美しい肌。
チェリーのような潤いのある小さな唇。
スラリとした、スレンダーな体躯。
誰もが目を奪われるほど美しい。
そんな女子生徒の登場に、たちまちザワつくクラスメイト達。
「ちょっ……めっちゃ美人ちゃんなんだけどぉ」
「あの子って〜、噂のお嬢様じゃな〜い?ほら、頭の良い人達が集まる特進クラスの〜」
「私達と月とスッポンで草www」
そんなクラスメイト達の注目を一身に浴びながら、彼女は不敵な笑みを湛えたままグルリと教室を見渡すと、歌うように言葉を紡いだ。
「こちらに、古倉匠人という男子生徒はいらっしゃいまして?私、その方に用がありますの」
「ひぇっ」
慌て口を塞ぎ、目を伏せる。
死刑執行人が、罪人《僕》を捕らえに来たんだ。
……罪状は皆目見当もつかないけど。
彼女のその問い掛けに、クラスメイト達にザワめきが更に大きくなった。
「コクラタクト……って誰だ?」
「そんな奴、ウチのクラスにいたっけ?」
「いたような、いないような……」
「委員長なら……あ、お手伝い中でいないのか」
……悲しいかな、僕はクラスメイト達に認知されていなかったらしい。
しかし、今は悲観せず、ポジティブに捉えよう。
誰も僕の事を認知していないなら、このまま黙っていればやり過ごせるはずだ。
だって、僕の名前を唯一知っていそうな委員長は今、教室にいないのだから。
「あら、古倉匠人はいらっしゃらないの?……仕方ありませんわね、今日のところは出直しますわ」
(駄目だ、まだ笑うな……こらえるんだ……だが)
クルリと踵を返した彼女を見て、耐えきれずにニタァと笑う
そんな油断がいけなかったのだろう。
ザワめきが収まらない教室の中で、彼の声は、とても良く通った。
「なははははっ!タクトくん見て見て!売店のおばちゃんからこんなに菓子パン貰っちゃったんだけど!タクトくんにもおすそわけしてあげるねぇ!」
──ギュルンと、みんなの視線が僕に集まった。
僕の机のそばには、今しがた売店から帰還したであろう、両手いっぱいに菓子パンを抱えた夏君が立っていて。
そう言えば夏君も僕の名前を知っていたなぁ、なんて苦笑い。
半ば諦めの面持ちで、彼女へと視線を移すと。
「そんなところにいらしたのですね。ずいぶんとかくれんぼが御上手ですこと」
彼女はその美しい顔を、ニヤリと歪めた。