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公式企画

サブスクのお花屋さん ~はじまる新生活。月に1回、お花のある暮らし。

作者: ゆかれっと

 この春、晴れて高校を卒業し、都内の大学に進学することになったわたしは、上京してひとり暮らしをはじめた。

 はじめてのひとり暮らし。

 不安でいっぱいだけど、どこか、わくわくしている自分もいる。


 ――ピンポーーン。


 あ、誰か来た。


 Tシャツに短パンというラフな格好のまま、玄関先に向かう。

 ドアをあけると、そこには、胸元に小ぶりの花束を持った若い男性が立っていた。頭のキャップには『フラワーショップ アイリス』の文字がある。

「お買い上げありがとうございます。こちら、今月分のお花になります。お代は……」

 お花のデリバリーサービス。

 コロナ禍のころ、イベントの開催などを控える風潮が多かったことから、花の消費が落ち込み、花農家さんを支えるための取り組みとしてはじまったサービスだ。月に何回、とか、週に何回、とか、利用料金や好きな間隔でサービスを受けることができて、生活も華やぐ。いわゆるお花の『サブスク』だ。

 やっぱり、普段の生活にちょっとお花があるのっていいよね。いまは必要最低限のものしか持たない『ミニマリスト』なんてのも流行っているけど、わたしはちょっとしたインテリアで生活を彩るほうが好きだ。

 偶然にも、新しく引っ越したアパートの近くに、そうしたサブスクのサービスを行っているお花屋さんがあった。それが『アイリス』さんだ。

 引っ越したばかりだし、まだバイト先も決まってないし、学費も払わなきゃならないし、仕送りをもらっている身だけど、月に500円だけなら、という理由で利用することにした。

 月に500円だから、間隔はひと月に1回、それも1~2種類の花が数本あるだけの小ぶりな花束だけれど、まったくないよりは良い。まだ大学生だもん。豪華じゃなくたっていい。そこに1輪の花さえあれば、それでじゅうぶんなのだ。

 初回のお花は淡いピンク系のかわいいお花だった。

「スイートピーというんです。花言葉は『門出』という意味があるんですよ。4月は新年度がはじまる時期です。今年1年のはじまりに、ふさわしい花だと思いませんか」

 お花屋さんは、そう言ってくしゃりと笑う。その笑顔がまた素敵だった。顔立ちだって結構悪くない。こんなに素敵な人が毎月配達してくれるの!?どうしよう。わたしの心臓、来月まで持つかしら?



 **


 それから、毎月、わたしの家にはサブスクのお花が届くようになった。

 4月はスイートピー。

 5月はカーネーションとカスミ草。たぶん『母の日』にちなんで、ということだろう。わたしも故郷の母に、小ぶりだけれど、カーネーションの鉢植えを送っておいた。

 6月はラベンダー。それと、庭のアンズの実が生ったということで、2,3粒おすそわけしてもらった。甘酸っぱくておいしかったな。

 7月は夾竹桃きょうちくとう

 8月はオトギリソウで、9月は藍とススキ。藍は藍染に使われるあの藍だ。染料としての藍は青を濃くしたような色だけど、お花は淡いピンク色で、この花があの藍の染め物になるのかと思うと少し不思議な気がしてしまう。

 10月はマリーゴールド。

 11月は……。


 11月は、ない。もらっていない。

 いや、わたしはもとよりもらうつもりだったのだが、急遽、受け取ることができなくなってしまった。


「お花には、花言葉というのがあるんですよ」


 はじめて会った日、そう言ってスイートピーの花言葉を教えてくれた彼の言葉を思い出す。

 お花には、花言葉がある。それは、お花が教えてくれる秘密のメッセージで。

 だけど、わたしは、その花言葉を、はっきりと覚えていなかった。

 それがいけなかった。

 あの花は、あの言葉は、彼からの『忠告』のメッセージだったのに……。



 **


 ――20XX年10月某日。

 ――都内某所の交差点にて、ひとりの若い女性が殺された。昨今お茶の間を賑わせている連続通り魔事件の、一連の犯行とみられる。

 ――犯人は現状として未だ特定に至らず。警察は捜査を引き続き行う模様。


 新聞の一面を飾るデカデカと書かれた見出しに、男は溜息をついた。

 間に合わなかった。

 もちろん忠告はしたつもりだ。

 といっても、いきなり「あなたはこれから殺人犯に襲われます」などと言われても警戒されるだけだろうと思ったので、警戒されない程度に、さりげなく、である。


 男がそれに気づいたのは6月のことだ。


 何気ない報道から、殺人犯の次のターゲットが都内に住む若い女性だと知ってしまった。過去の犯行から見る限り、おそらく犯人はこの近所にいる。自分は若い女性ではないので心配はないだろうが、あの女性……最近花のデリバリーを頼んでくれている女子大生のことが気がかりだった。

 でも、面と向かって「たぶんあなた次殺されますよ」などと言って不安にさせたくはない。

 そうだ、自分は花屋なのだから、花言葉で伝えてはどうか。

 うまく伝わればいいのだが……。


 まずは直近の配達、6月からである。

 ラベンダーの花言葉は「疑惑」だ。ちょうど庭で生っていたアンズの実、このアンズの花言葉も「疑惑」だから、一緒に差し入れしよう。果物が嫌いでなければいいが。

 7月は夾竹桃。夾竹桃には「危険」「注意」「用心」の花言葉がある。

 8月は「敵意」「恨み」の花言葉を持つオトギリソウにした。

 9月はススキで、これは「憂い」の花言葉がある。憂いとは、予測される悪い事態に対する心配、という意味だ。藍の花を添えたのは少々やりすぎだったかもしれない。「あなた次第」なんて、随分と意地悪な言い方だ。

 でも、それは、彼女に早く気付いてほしかったから。

 連日報道されている通り魔事件なのに、それも間近で起きている事件だというのに、どうして気付かない?まさか自分だけは安心だとか思っているのか?

 10月のマリーゴールドは「絶望」だ。

 そう、絶望……。


 道の真ん中で倒れる彼女を見たとき、思わず、こんな言葉が口をついて出た。


「だから言ったのに…」

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