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ショートショート集  作者: 湯船ゆうさく
6/9

柔らかい雨/青春

 暗い部屋で布団に籠って一日を終えればいい気がしていた。

 そんな何も考えたくない日だった。

 家の電話が鳴った。今日は父も母もいない。

 ……仕方ない。

 布団を身にまといながら、受話器をとった。

「もしもし、雨後あめあとです。坂月さかつきさんのご自宅で間違いありませんか? 」

「雨後か」

「坂月さんでしたか! 」

「あぁ」

 雨後は同級生だ。同じ部活に所属しているが、昨日の一件

 は知らない。

「寝起きですか?」

「いや」

「そうでしたか……。いつもと調子が違う気がして。……疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか?」

「あぁ」

「……そうですか」

 雨後の声には重たい息が混じっていた。

「それでですね、えっと、その。コーヒーを飲んでみたいと思ってまして……」

 恥ずかしがりやな雨後は話が長い。適当に相槌を打ちながら、俺は窓から空を見た。

 空は暗く、重たい。いつ晴れるか知れない雲に覆われている。どうしようもない閉塞感が空をいっぱいにしていた。

 受話器から雷の音が聞こえた。

「きゃっっっ」

「大丈夫か」

「えっ? 」

「大丈夫か、って聞いたんだ」

「えっ、あっ、そ、その……。はい……」

 雨後は黙り込んでしまった。

 雷に当たった、ということは無いだろうが。

 雨後の家の方を見る。雷が落ちたからか分からないが、青空が雲間から見えていた。

「雨後」

「は、はい。なんでしょう」

「何か話してくれ」

「そ、そうですね。……えっと、そうだ。グッピーに餌をあげました! 」

「グッピー?」

「はい。グッピーです」

 ……。

「いま笑いました?」

「あぁ。間抜けな響きだなって」

「グッピーが、ですか」

「あぁ」

「酷いですよ! 」

「そんな名前をつけたやつに言ってやれ」

 受話器から雨後の抗議の声が聞こえた。適当に受け流して、時計を見る。まだ12時か。

「雨後」

「何ですか?」

「今から空いてるか」

「空いてますよ」

「コーヒー飲まないか」

「えっ……! いいんですか!」

 雨後は大きな声で言った。

 駅前でコーヒー飲むだけなのに、そんなに喜ぶのか。全く。意味もなく壁を見た。

「駅前13時な」

「はい!」

 受話器を置いた。

 そうとなれば準備しなければならない。

 駅前まで布団をズルズル引っ張っていけない。リビングに投げ捨てる。パジャマのまま会う訳にはいかない。寝癖もついたままだ。どれもこれも直して、外行の服に着替えた。

 ポケットに適当な文庫本と財布を詰める。携帯を持たないいつものスタイル。

 よし、行くか。

 玄関の扉を開ける。

 いくらか雨は降っているものの、雲間から青空が覗いている。通り雨だったのかもしれない。この調子なら、駅前に着く頃にはすっかり晴れているだろう。

 飾りげのないコウモリ傘を差す。晴れるかもしれないのに重たすぎるか? まぁ、どうでもいいか。

 家の軒先から垂れ落ちる水の音がよく聞こえる雨の中、俺は駅に向かった。

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