表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ショートショート集  作者: 湯船ゆうさく
3/9

懐かしく思うこと/青春

 手を伸ばしたくなる月は一年ぶりだった。

 満月の夜。下戸な僕が月に一度、酒を飲む日だ。

 ベランダで、切子のグラスにまあるい氷をがらんと入れた。

 氷はまるで元々そこにはまっていたみたいに収まる。

 そこにウイスキーをちょびっと、ソーダ水を並々に注いだ。

 カランコロン――

 ドアチャイムを優しく叩いたような音を鳴らしながら、氷は空中ブランコみたいに一回転して浮かび上がった。

「ふぅ……」

 ほっと、一息。

 酒をかき混ぜる。

 カラカラ――

 ドロップの入りの缶を振ったみたいな音がする。

 まだ鳴り止まないうちに、僕は酒をぐっと飲んだ。

「うぇ……。やっぱキツいよ」

(馬鹿だな。そんなの飲んだって仕方ないじゃないか)

「そうでも無いんだぜ」

(いいや。君は馬鹿なんだ)

「お前の方が馬鹿だった」

(……)

 1年前、満月の夜。

 僕の親友は独りで逝った。

 遺書には「ばーか」って一言。

 元々その気はあった奴だ。

 どこか厭世的で、勝手に悟ったような顔して、いつも僕と反対のことをする。

「ばーか」って、誰が馬鹿だよ。

 あの日の晩からしばらく、あの満月は過ぎた夜じゃなかったんだぞ。月が満ちる度、ついさっきお前がいなくなったみたいな、そんな気分だったんだ。

 あっちでもニヒルに笑ってるんだろうなって、お前を懐かしく思えるようになったのはつい三ヶ月前なんだ。

 思う度、チビチビと酒を飲んだ。

 グラスの酒が尽きたので、僕はまた、ウイスキーを注ぐ。

 カラン――

(もうやめとけって)

「月に一度なんだよ」

(なら来月もあるだろ)

「うるさいぞ寂しがり屋」

(それはお前のことだろう!)

「怒るなんて珍しいな」

 しんと冷たい夜に、僕の体はまだ暖かい。

(……風邪ひくぞって言ったんだよ)

「構わない」

(構わなくない。熱でも出たらどうするんだ)

「そりゃそんとき考えるさ」

(それじゃ……!)

「怒るな。人のために怒るな。さっきみたいに自分のために怒れよ」

(……)

「不器用な奴だな。素直に言えよ」

(……お前はまだ、こっちに来るべきじゃないし、近づくこともしちゃいけない)

「もうちょっとだぞ」

(……元気にしてて欲しい)

「……分かったよ」

 僕はまた、ウイスキーを注いだ。

「なんてな。誰がお前の言いなりになるか!」

(お前……!)

 グイッと酒を一気に飲んだ。

「また来月な」

(もう飲むな)

「また来月な」

(もういいから)

「また来月な」

(……ありがとう)

「……はじめからそう言えって」

 やっと素直になりやがって。

 星の数が増えて見えた。

 ほとんどソーダ水のウイスキー。たった三杯の間しか会えない。

 やっぱりもう一杯飲もうかな。

『やっぱりお前は馬鹿なんだ』

 懐かしい声が聞こえた気がして振り向くと一陣吹いて、さ、寒い。

「は、ぶわぁっ、ハクション!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ