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道なりに……

作者: 武内 修司

 大学二年に進級した男子が、新しくバイトを始めました。その飲食店には、六つほど年上の男性がおり、音楽の趣味などが合い意気投合しました。その男性はバンドでギターをしており、メジャーデビューめざし頑張っているとの事でした。親しく話すうちに、男性が夏休みに実家に来ないか、と誘ってくれました。山がちで海も近いし、夏にはいい所だから、という事でした。大学生は快諾しました。

 その日は外が明るくなり始める頃に起床し、三時間余り電車に揺られ先輩の実家の最寄り駅に到着しました。携帯で到着した旨を連絡し、車で迎えに来てもらいます。電話を掛けてから二十分と経たないうちに、先輩は駅にやって来ました。駅前のロータリーを抜けると間もなく一回左折し、後は道なりに坂路を上がって行きます。軽ワゴンの中で、二人は最近の話などをしていました。大学生は明日、また別のバイトがあるので日帰り、という事になっていました。話しながらちらちら外を見ていると、田舎ですが道路もきちんと舗装され整地されているのが判りました。なんでも、五、六年前まで結構な別荘建設ラッシュがあったそうです。車は十分余りで実家に着きました。平屋の、広そうな建物が目につきました。

 男性の実家には、母親と祖父母が暮らしていました。以前は結構な大規模農家だったそうですが、今では自給自足を旨とする、長閑な暮らしをしているそうです。自前の野菜を使った料理はどれも絶品で、昼食、夕食と、大学生はまるで実の家族の様に暖かく食卓を囲む事が出来ました。誰も飲酒はしませんでしたが、夕食後先輩はうつらうつらし始めました。母親によれば、学生の頃からこんな感じだったそうです。余程リラックスしているのだろう、と、大学生を送るんだろう、と男性を起こそうとする母親を制止し、帰りは歩いて帰りますから、と大学生は言いました。どうせほぼ一本道なのです、迷う可能性はほぼ皆無でした。歩いて一時間余り、帰りの電車には十分間に合います。生まれて初めての土地を一人、心地よい風に吹かれて歩いてみるのも悪くない気がしました。別れの挨拶をして建物を出ると、今度は下り坂をゆるゆる歩いて行きます。

 道は街灯の明かりも頼りなく、それでも心地よい風が吹き抜けてゆくのに気分も良く、左の側溝に沿って道なりに歩き続けました。二十分ほどして、ん?と思い始めました。こんな道だったか、と。左側に、二、三メートルほどの高さのコンクリートの土台が続いています。しかも上りになっている様です。来た時はずっと上りだったのですから、帰りはずっと下りになっている筈です。道を間違えた、としか思えません。しかし、一本道なのです。他の道と交わるのは、もっと先の筈でした。判らず辺りをキョロキョロと、訊ねられる人でもありはしないかと探します。と、数メートル先の街灯の下、左側の土台の切れ目に階段の覗くあたりに、誰かが蹲っているのが目に留まりました。涼しげな白いワンピースを着た、小学三、四年ほどの少女の様です。こんな時間にあんな所で一人、何をしているのかが気になりました。しかし、少女に自分が声を掛けて何か、面倒な事にならないか、とも考えます。しかし、とりあえず親がいないか訊ねるだけなら、と思い直し近付いて行きました。

 少女は、道路に何か書いている様でした。白いチョークか何かで、文字を書いている様です。

「あの、御免なさいね、ちょっと訊ねたい事があるだけなんだけど」

かなり言葉を選び、そう声を掛けました。少女の動きが止まりました。

「その、お父さんかお母さんは、どこにいるのかな?」

暫し、沈黙の時が流れ。

「何、遊んでくれる?」

少女は、顔を上げ大学生を見ました。その顔は、血塗れでした。その血はワンピースの胸辺りまで濡らしていました。大学生は、情けない声を上げかけ、思わず後じさりました。これは明らかに、生ある者ではありません。数歩後じさり、後は振り返ると一目散で来た道をとって返しました。最初からそうすれば良かったのだ、という考えは、この際起こりませんでした。

 先輩の実家に戻ると、彼は先輩の母親に今体験した事をしどろもどろで話しました。母親は痛ましげな表情をし、自分が送る、と言ってくれました。軽ワゴンの中で、母親は話してくれました。車が出発して数分のところで、道はY字路になっていました。来た時は、木立に紛れて判らなかったのでした。そのY字路を曲がった、つまり先程の大学生の様に道なりに行ったところが別荘地として開発されていたそうです。何棟も別荘が建ち、そのうちの一棟の所有者一家が、五、六年前の夏休みにやって来たそうです。両親と、一人娘の白いワンピースを着た小学生が。やってきて数日後、その小学生が行方不明になりました。警察はもちろん、付近の住民も協力して捜索が行われた結果、数日後にもっと上の、雑木林の中で遺体が発見されました。どうやら轢き逃げの様です。犯人は、処分に困って雑木林に捨てたのでしょう。そんな話が終わる頃、車は駅に到着し、大学生は無事目的の電車に乗れました。

 それから数か月後、先輩はバイトを辞めました。いよいよ本格的にメジャーデビューの準備を始める、との事でした。やがて三年生に進級した大学生は、海外留学に一年間行く事になっていました。その為にバイトを多めにしていたのでした。結局、大学生は先輩がメジャーデビューしたのか、それすら判りませんでした。


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