ウサギ従者は飛び跳ねる 下
「い、嫌ですわローゼル様。心臓に悪いご冗談を」
「冗談など言っているつもりはない。俺はお前を妻と認めることも、愛することも考えていない」
ハッキリした拒絶に、周囲は一気にざわめき出す。何も知らない伯爵夫婦は慌てふためき、子爵側に至っては「どういうことだ!?」と怒りを露わにしている。
「まぁまぁ皆様、お静かに。ではまず、罪を明らかにすることから始めましょう」
羊の執事が混乱する会場をなだめて、扉に目を向ける。バン!と扉を開けてやって来たのは、鷹の伝達役とウサギ従者の夫婦。獣人を嫌うルピナスは、怪訝そうな顔をする。彼らがヴァージンロードの中央に立つと、ルファークが大きく息を吸い、語り出した。
「皆様、ローゼル・シャムロック様には以前、別の婚約者がいたのをご存じでしょうか。リリィ・シード、半年前に父のシード男爵と共に馬車事故に巻き込まれました。現時点で男爵は死亡、令嬢は行方不明となっているこの事故。
道中の滑落という、不幸な事故と周知されていますが・・・この事故には、ある犯罪集団が関わっている疑いが浮上したのです」
ルファークが目をやり、ロップがとある紙を掲げた。小さい文字が多いが、悪徳魔術組織の紋章が記されている。契約者の名前は、ブロッサム子爵だ。ついでシード男爵家の所有地や財産を、ブロッサム子爵家がもらい受けた証文も示した。さらにダッチは、王都警察が出した報告書も掲げている。真っ赤な文字で【事件の可能性有り】と示されている。
「この契約書の内容は“シード男爵家を破綻させるため望む魔術を提供する代わりに、手に入った資産や土地の一部を贈与する”というもの!こちらの証文にも、魔法の実験台への協力にも、ブロッサム子爵家のサインがあります。
さらに警察の捜査の結果、僅かながらですが、現場に魔術を使った痕跡が見つかりました。魔力を培う魔力石の欠片、魔方陣を記したであろう血痕など。あの事故は、仕掛けられたモノだったのです!
本来、こういった契約書は厳重に保管されているモノ。ですが今回は王都警察との協力の下、ブロッサム子爵家を家宅捜索した末、発見に至りました」
う、嘘だ!どこで見つけた!?と、青ざめた顔で叫ぶブロッサム子爵。その様子は逆に、真実だと認めていることにも気付かずに。証拠を出されて悪くなりつつある空気にも関わらず、自己の非を認めず、子爵家側はギャアギャアと叫んでいる。
「だ、大体、獣人の言うことなんか誰が聞くと思ってるの!?あんな知能が低い獣が言うことなんか、誰も信じないわよ!!」
ピクリ、とローゼルが反応した。今までの我慢が吹っ切れたような音がした。
「彼らは、俺の従者だ」
「それは知ってます。それでも、このような場でこのような理性の無い振る舞いをするなど、言語道断でしょう!?そもそも見た目も変だし、獣は獣らしくいた方がお似合いでしょう!」
本能のまま糾弾する姿は、先程までの彼女からは考えられない凶相だった。
「獣の分際で偉そうに。私はあなた方の主人の妻に選ばれた女ですよ!」
「・・・獣人が、嫌いか」
「えぇ、大っ嫌いです。こんなにも愚かな彼らは追い出すべきでしょう、ローゼル様!いくら伯爵家が獣人の雇用に積極的であろうが、一定数の国民は獣人を嫌っているのです。もっと多数派に目を向けましょう!」
「・・・獣人と、結ばれることは?」
「あり得ないわ!獣は獣と付き合えって話です。というかローゼル様、さっきから・・・何、を」
シャムロック伯爵は慌てていた。息子の隠し事が、公に明かされることに。
グルルルルとうなり声を上げ始め、手足に急に爪を生やし始めた新郎。獣独特の尖った耳、長い尾が少しずつ伸びていく。ざわめきも遠吠えによってかき消された。やがてルピナスの前には、怒り狂った様子の狼の獣人が立ちはだかっていた。見たことない主人の姿に、ロップはギョッとする。
「いやぁあああ!ききき、気味が悪い!誰か殺して!!」
とんでもない罵倒を吐いて、ルピナスは生理的な拒絶反応を出している。参列者からは悲鳴と罵声が飛び交い、会場は大混乱だ。
「・・・ローゼル様!」
その時、バン!と再び開いた扉。そこには、緋色の嫁入りドレスに身を包んだ、黒髪の少年の姿が。彼はメイドの支え無しに、ローゼルへと駆け寄っていく。慌てて後ろから、着付けを手伝った猫のメイドと熊の料理人が追いかけていく。
「なっ、り、リリィ!?」
ルピナスが叫んだのは、使用人の名前ではない。自身が陥れた、男爵令嬢の名だった。
「ローゼル様、お待たせしました。着付けに時間を要しまして」
「ですが、綺麗でしょう~!ムークが商売人通じて、売り払われたリリィ様のドレスやアクセサリーを取り戻せたんですよ!それでアタシがメイクもちゃちゃっと」
リリィはルピナスのいた新婦の立つ場所にやって来ると、じっと目の前の狼の獣人を見つめる。お互い、知らない姿での対面。それでも、何も違和感など無かった。
「・・・リリィだ。この懐かしい匂いは、どんなに変わろうが覚えてる」
いなくなったと言われ続けた思い人と再会し、狼の瞳は柔らかに細まった。
「・・・ローゼル、様。で、すか?」
リリィも、ローゼルの獣人姿を見るのは初めてのようだ。それでもルピナスと違い、しっかり彼の目を見ている。一瞬申し訳なさそうな顔をしたローゼルは、身の上を語り出した。
「・・・俺の祖父譲りは、金髪だけじゃない。人間と獣人、両方の姿になれるっていう、特異体質もだ」
曰く、母方の祖父は人間と狼の獣人のハーフだった(母はクォーターで獣人にはなれないが、狼特有の鋭い嗅覚は持っている)。隔世遺伝が起こった末、ローゼルは祖父と同じ、人間と狼の獣人のハーフとして産まれた。周囲からの異端扱いを恐れた彼は、人間として生きると決意。以来、ずっと獣人にもなれることを、家族以外には隠し続けていたのだ。
「決して獣人を否定しているわけじゃない。その証明で伯爵家は、獣人の雇用に積極的だったんだ」
ロップは目を丸くしていた。確かにローゼルは細身の割には力が強いし、奥様と同じく嗅覚が良い。だがそれが、獣人の血によるモノだったとは。ダッチが「やっぱりか」と納得してた様子だったので、自分だけ気付いてなかったのかと不安になる。幸いキャティやルファークも驚いた表情なので、ホッとした。
「俺は獣人であることを、墓まで持って行くつもりだった。だが・・・この女の隠し事と悪事を暴いている内に、俺も隠し事していたことに耐えられなくて。それに、リリィはこの女にずっと隠し事を強要されていた。自らの意志でもなく、不合理な理由で。
自分の弱さで隠していたことは、ここで明らかにしようと決心したんだ」
「ちょ、ま、今・・・リリィを迎えると!?お目覚めになって、リリィ・シードはもう死んで」
「死んでないことは、お前が1番知っているだろうが」
怒りに包まれた狼の眼光で睨みつけられ、ルピナスはビクリと震え上がった。コホン、とシャープが咳払いをして、何事も無いように誓約を問い始める。
「では、ローゼル様。貴方はこの方を妻として認め、どんな苦労や不幸、さらには逆境にも立ち向かい、永遠に愛することを誓いますか?」
すぅと息を吸い、再び人間に戻ったローゼル・シャムロック。荒れた服を整え、リリィの手を握り「誓う」と一言だけ言った。
「・・・リリィ様」と、シャープが目配せをした。久しぶりに何度も本名を呼ばれ、なかなか掴めない空気感になっているようだ。それでも、自分を助けてくれる彼らが、ちゃんと目の前にいる。幸せを願ってくれる彼らが、そこにいる。
「貴女はこの者を夫として認め、様々な苦悩や悩み、辛いことも共に乗り越え、永遠に愛することを誓いますか?」
震えるリリィの唇。ぎゅっと握られた手。彼女はローゼルに向き直り、涙を零しながら精一杯笑った。
「・・・良いのですか?私は今、貴方の知っている私では」
「関係ない、俺はリリィと共にいたい」
強く言い切ったローゼル。その顔は、とても晴れやかなものだった。
そんな時、ロップの目はキッとどこかを睨むルピナスを捉えた。何を見ているの?とその方向を向いてみると・・・裏口に隠れている、悪徳魔術組織の一員らしき者を捉えた。杖を剥ける先は、今まさに誓約を受けている2人!この状況さえもぶち壊そうとしているのか!
こんなところで阻止されるモノか!!ロップは再び、心から動いた。
「こんのぉ、不届き者ぉおおお!!」
天井のシャンデリアまで届く高飛びをした後、反動を付けて、ロップはかかと落としをその魔術師にお見舞いする。バキッ!!という鈍い音が、人物の脳天に響いた。
すぐさまダッチとルファークが取り押さえ、捕縛。ふと、ムークが裏口へと飛び込んでいく!
「コイツら・・・何人も潜んでやがるのか!良い度胸だな、みみっちいことをする輩には、重てぇ拳をお見舞いしてやろうか!!」
「助太刀するわぁ!乱れ引っ掻きの餌食になりなさぁい!」
熊と猫の持つ力で、豪快に魔術師を成敗・・・というより、裏口を破壊していく獣人達。悪徳魔術組織がいるということは、完全にブロッサム子爵家との繋がりがあった証拠だ。ルピナスなど子爵家側の者は青ざめた顔で、フラフラとその場に座り込む。しばらくして荒れた教会に王都の警察が到着、彼らは生気のない顔で連行されたのだった。
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ブロッサム子爵家はその後の調査で、悪徳魔術組織との繋がりなど犯罪行為が明らかになった。一族は爵位剥奪と国外追放、子爵家が持っていた資産や土地は全て国有化する結果になった。
リリィにかけられた魔術は、悪徳魔術組織から取り調べ(という名の獣人たちによる恐怖の尋問)をしたところ、無事に浄化方法を知ることが出来た。警察の監視の下、伯爵家総出で浄化に取りかかる。
そして、あの騒動から半年。ほぼ1年越しに、シャムロック伯爵家のローゼルとシード男爵家のリリィの結婚式が、伯爵家敷地内で小さく執り行われた。参列者は当主夫妻と獣人の従者だけの、本当に小さな式。それでも、あの豪勢な式よりずっと幸せだった。彼が準備した指輪も、ようやく2人の薬指で日の目に当たる。
「すまない、リリィ。1年もの間に、沢山辛い目に遭わせてしまって」
「構いませんよ。ずっと“どんな苦労や不幸、逆境にも立ち向かう”と決めていましたから。こうして貴方とまた出会えたなら、あの日々を乗り越えられて良かった。貴方と共に歩めて、私は幸せです」
そんなリリィの言葉に照れたのか、うっかり獣耳が飛び出るローゼル。そんな様子を見て、周囲も笑顔を浮かべていた。
「ローゼル様、これからはもう隠し事せずいられるわね。私たちもあんな夫婦になれたらねぇ、ダッチ」
「ノーコメントで」
「もう、そうやって素っ気なく終わらせて!」
こんなおめでたい場所で口喧嘩もあれか、それにこれが彼らしいし。ロップはそれ以上は言及しないでおいた。でも絶対に答えてもらうわよと、ニコニコしながら。
その後、シャムロック伯爵家は数年にしてトロゲア王国内で最も繁栄した貴族となったのだが・・・その近くには、ウサギ従者の夫婦をはじめ、数多の獣人の姿があったという。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
次回は久々のボーイズラブもの、相変わらずジャンルが定まらない。