ウサギ従者は飛び跳ねる 中-1
「確かに、それは気になるな」
その夜、ロップはダッチに、ルピナスが付けていた髪飾りのことを話していた。
「あの店、職人による一点物しか作らないしな。全く同じモノを手に入れた、とは考えにくい」
「それに見た感じだと、かなり使い込まれていた髪飾りだったの。少し塗装も剥げてたし」
「拾ったのか?・・・それでも、何も言わず付けてるのも変だな」
「それにルピナス様、リリィ様がローゼル様に買ってもらった髪飾りのこと、知ってるはずなのよ」
ロップとダッチの疑問は尽きない。その集中は、ドアをノックする音にも気付かないほど。しびれを切らしたのか、勝手にガチャリと開く。
「気になる話をしてるじゃない、しかもリリィ様関連の!」
「あ、アンタ達!盗み聞きしてたでしょ」
羊の執事に猫のメイド、熊の料理人に鷹の伝達役など、伯爵家の獣人が揃って集合した。ロップは仕方なく、今日の出来事を彼らにも共有する。
「それは変ですね、リリィ様のモノをルピナス様が持っているなんて」
「まさかリリィ様から奪った!?酷い、この爪で乱れ引っ掻きしてやる!」
「待て待て。流石にこれだけで言うのは、ちょっと早いぞ」
「ロップが見たことから、推測してるだけだからね」
「そうだ、ついでに気になるコトがもう1つ」と、ダッチがスッと手紙を出す。あれはルピナスが、ローゼルに読んでほしいといっていた手紙だ。既に当人も読んだらしく、見せて良いかの許可も得ているという。
「この手紙の内容。長い挨拶文に遠回しな表現、謙譲語の羅列で分かりにくいが、要約すれば“リリィ様の代わりに、私と婚約しろ”ってことだ」
・・・・・・長い沈黙の後「はぁああ!?」と、一斉に大声が上がるのだった。
○
ロップ達があの髪飾りに勘づいてから、ルピナスの動きがやたら加速した。
花束と共に、婚約の懇願を含んだ手紙を贈ってくる。やたらと対面で話をしたがる。最初はありがとうと言っていたローゼルも、段々と疲れが見えるようになった。とはいえ、弱っている自分を気にかけていることには変わらないので、ハッキリ嫌だということも出来ていない。
シャムロック伯爵も、息子を早く立ち直させたいのか、ブロッサム子爵家とよく交流するようになっていた。次第に彼らの間には「ローゼルとルピナスの婚約」の話が上がっているという。
「ローゼル様、少しずつ前を向きましょう。リリィはもう戻らないのです」
「貴方は伯爵家の次期当主として、立派になってくださらないと。子爵家令嬢として、最善の手を尽くすことを約束します」
「私なら、ローゼル様をしっかり支えられます。リリィと同じくらい、いえ、リリィよりずっと幸せにしてみせますわ!」
彼を思いやる言葉だが・・・病み上がりの彼に何度も言い寄るルピナスの姿は、配慮も思いやりもない行動だ。ローゼルの嫌がっている様子を察して、獣人たちはやんわりと彼女を離すようにはしている。彼女は不満そうな顔で、睨みながら出て行くばかり。
それでも周囲は次第に、2人の婚約を期待するような空気に包まれていた。外交能力がある伯爵家と壮大な土地を持つ子爵家、両者で足りないモノを補い合うことが出来る。そもそも貴族同士、家の繋がりとしての政略結婚は当たり前。「父上も年だし、跡継ぎもほしいはず。受けた方が、皆のためだ」と、悲しそうな顔で呟いたローゼル。
(確かに前を向くのも大切だけれど・・・よりによって、相手があのルピナス様なのよねぇ)
あれからまた数ヶ月が経っても、相変わらずモヤモヤしているロップ。今日も買い出しで、ダッチと共に街に来ていた。仕事の話と共に、ローゼルとルピナスの婚約のことで話題は持ちきりだ。
「ローゼル様、完全に折れつつあるな。学生時代の知り合いだから大丈夫だと、自身では言っていたが」
「でもあの様子だと、まだ完全に立ち直れてないわ。このままじゃ、結婚しても長続きしないわよ」
とにかく不安でいっぱいな夫婦。そんな風に歩いていると、前方にフラフラと歩く少年の姿を捉えた。
この辺りでは珍しい黒髪、見たことある衣服・・・ロップはふと、ブロッサム子爵家の屋敷でハンカチを渡した使用人を思い出した。
彼も買い出しかな?と深く考えず見ていると・・・彼は段差に躓き、倒れ込んだ!
「あっ・・・!」
ロップはすぐに走り出した。ウサギお得意の脚力で一気に飛び出し、彼にあっという間に追いつく。相変わらず行動力が良さ過ぎるな、とダッチは呆れつつ後を追った。
「貴方、確か・・・ブロッサム子爵家の使用人だったわよね。ユート君だっけ?大丈夫、怪我してない?」
「あ、い、いえ・・・すみません、お手数をおかけして」
散らばった荷物を集めていくが・・・それより夫婦は、ユートの状態に酷く驚いた。
水仕事ばかりやらされたのか、酷く荒れた手。寝不足なのか栄養不足なのか、目のクマが濃い。衣服で隠すように、何かぶつかったような跡がちらほら見える。
荷物を拾い終え「ありがとうございます」と去ろうとする彼に、ロップは待ったをかけた。
「ちょっと時間ある?近くに美味しいアイスクリーム屋があるの!せっかくだし、一緒に食べましょう」
「あ・・・でしたら、お礼に奢ります」
イヤイヤイヤイヤ、そういうつもりじゃ!!と夫婦は心で突っ込みつつ、とりあえず彼を捕まえることに成功。流石に奢られては申し訳ないため、3人分のお金を用意した。それでも「悪いです」と言う彼が不安がるので、混んでいるから彼に3人分のアイスを選ばせることで折衷した。大丈夫、何でも良いさとダッチが笑って言えば、ようやく彼は店へと向かっていく。
(ブロッサム子爵家では、使用人の扱いが厳しいのかしら?そういえばルピナス様、彼に結構厳しく当たってたわよね。いくら主従関係とはいえ、ここまでするなんて・・・)
ますます、ローゼルとルピナスの結婚が不安になっていくロップ。気を紛らわせようと商品を見れば、期間限定の人参入りフレーバーが目に入った。店主も「ウサギなら皆好きな味だ」と言っているので、間違いなく2人のはそれになるだろう。
ダッチは不満そうな顔をしていたが、「アンタがチョコ好きって、初対面じゃ分からないでしょ。タイミング悪かったわね」と笑ってしまうロップ。
「そういうお前も、別のヤツが好きだろうが」
「チョコミントが大好物ってだけ!アンタと違って、人参もそれなりに食べるし」
そんな小話をして10分ほど。戻ってきた彼の手には・・・1番安いシャーベット、高級なチョコレート、人気のチョコミントの3種類。しかも迷い無くウサギ夫婦に、チョコレートとチョコミントを渡した。
「・・・え?」
え?と一瞬戸惑う彼だったが・・・自分の行動に気付いたのか、慌てて手を引いてしまう。
「あ、え、コレは・・・!すみません、ウサギさんにチョコレートなんて渡して」
「いや、逆に好物だからそれくれ。っつーか、追加のナッツクランチまで・・・完全に俺の好物だ」
「ぐ、偶然ですね!」なんて引きつった笑みで、ユートは誤魔化そうと必死だ。ダッチはその様子に何か引っかかったようで・・・ふと、彼に言葉をかける。
「初対面のお前が、ウサギの獣人である俺達の好物を・・・。知ってたのか?」
「え、あ、その・・・さ、先程、ロップさんが話してましたよね?“チョコ好き”とか“チョコミントが大好物”とか」
確かに言っていた、確かに辻褄が合う。だが・・・それは、新たな疑問を生む。
「ねぇ、ユート君。私・・・貴方に名前、教えてないわよ?初対面の時も、ウサギの従者としか言ってないのに」
「そ、それは・・・ルピナス様から、教えてもらって」
「ルピナス様とは何度も会ってたけど、彼女にも名前は言ってないわ。彼女はずっとウサギさん呼びだったし」
「・・・!!」
ユートの体が、小刻みに震えている。次第に、夫婦から後ずさりを始めていた。視線も合わせようとしない。
「おい、落ち着けよ。何があったんだ?事情があるなら聞く」
「・・・だ、ダメです。何かしたら・・・ルピナスは・・・」
「ルピナス様・・・ううん、ルピナスと何かあったの?何がそこまで、貴方を追い詰めているの?」
ブンブンと、彼は首を振ってばかり。逃げだそうとしたところを、夫婦でやんわり挟み撃ちにする。
「私、気になったことは解決しないと気が済まないの。それに、困ってる貴方を放っておけないわ!絶対に貴方を苦しめないから・・・お願い、協力させて」
ロップがそっと、ユートの傷だらけの手を。握りしめる。強く握れば痛むから、そっと包むように。
「・・・・・・相変わらず、優しすぎですよ。ロップさん」
ユートは観念したように、それでいて安心した様子で、ウサギ従者の夫婦を見つめたのだった。
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「中-2」は明日夜に投稿する予定です。