7.バグと女神様
「確かにこれはひどいわね……空も森もバグに浸食されているわ……」
曇った空と枯れている森を見てドロシーはため息交じりにそう言った。廃墟と化した神殿で一晩を過ごした俺たちは神殿の周囲を探索していた。唯一の青空は神殿の上だけである。
「まあ、ドロシーがバグに侵されて相当年数がたっていたみたいだしな……でも、こういう場合って、部下が何とかしてくれるんじゃないのか?」
元の世界で五大司祭がいたように、女神は信者の中から信用できる部下を選んで管理を手伝わさせるものなのだが……
いや、でも、この女神さまは信者ゼロなんだよな……もとから誰にも信仰されてなかったんじゃ……
「ごめん、つらいことを言ったな……忘れてくれ」
「あなた今すっごい失礼なことを考えたでしょ!! 私にだって信頼できる信者はいたわよ!! まあ、人間じゃなくて精霊だけどね」
「ほー、それはすごい、すごい」
「うう、絶対信じていないでしょ……そもそも信者がいなかったら神殿だって作れないじゃないの」
「だって、精霊だぜ……自然界と共に生きるすごい力を持った存在なんだぞ……」
「それだけ、私がすごい女神なのよ!!」
豊かな胸を張ってどや顔するドロシー。どこかポンコツ臭がする彼女だが、善良な女神だということはわかる。
精霊たちもそこに惹かれた可能性はなくもないか……
「でもさ、この自然の状態からして精霊たちにも何かあったんじゃないか……」
「そうね……身動きが取れない状態か、最悪、バグに浸食されている可能性もあるわ……」
ドロシーは悲痛な表情でうめき声をあげる。精霊は魔物よりも強力な存在だ。それが身動きが動けなくなるほどのバグなのだ……相当強力なものなのだろう。
「じゃあ、その精霊たちを探さないとな」
「いいの……? 危険な旅になるわよ」
「もちろんだ。俺はドロシーの信者だからな。それに……」
俺は申し訳なさそうにしているドロシーにほほ笑んだ。
「精霊を侵食するほどのバグだ!! どんなものがあるか楽しみでしょうがないぜ!! AランクかもしかしたらSランクかもしれない!! やっべえ、すごい楽しみになってきたぞ!!」
「あんたね……でも、ありがとう」
はしゃいでいる俺にドロシーもつられて笑うのだった。
とりあえず情報収集のために村へ向かおうという話になったのだが、少し歩くとドロシーが険しい顔をした。
「クリアーには悪いんだけど、村に行く前にやっておきたいことがあるの……」
ドロシーが俺の服の裾をつかんで、もじもじと言いにくそうにしている。その顔を見てピーンときた。ヘイズも一緒に出掛けたときにこんな顔をしていたことがあったからな!!
「トイレか!? 俺は耳ふさいでいるから遠慮なく……」
「違うわよ!! 女神はトイレなんていかないの!! いや、行くけど……」
「あ、行くんだ……」
「そうじゃなくて、手間がかかるのはわかるけど、村に行く前に周囲のバグを浄化してからいきたいんだけどいいかしら?」
顔を真っ赤にして怒っていたドロシーだが、言葉をつづけていくうちに申し訳なさそうにする。なんでだ……?
バグは放置すれば強力になっていく可能性があるのだ、場所がわかるのならば浄化するのが大切だろう。それに……
「この周囲ってバグがいっぱいあるのか!? やったー食べ放題じゃん!! 最高かよ!!」
「……あんたって本当に変わってるわよね。普通バグにかかわりたいなんて人はいないっているのに……」
狂喜乱舞している俺にドロシーが嬉しそうに笑う。
「あなたが、私の信者になってくれて本当によかったわ」
「……そうか、ありがとう」
俺は単にいろいろなバグに会えるから嬉しいだけなんだが……こんな風に感謝されると調子が狂うな……だけど、悪い気はしない。
そうして俺たちは周囲を探索することにしたのだった。
「クリアー!! そっちにバグの気配を感じるわ。お願いできるかしら」
「よっしゃ、任せろ!!」
ドロシーの指さす方向を見ると、やたらと鋭い牙を持つイノシシが見える。もちろん、ただのイノシシではない。
魔猪という魔物であり、すさまじい勢いで突進してきて、鋭い牙で獲物を狩る恐ろしい魔物である。そして、こいつの口元から出る涎が地面に落ちるとじゅーっという音とともに土が溶けていく。
「これがこいつのバグか……」
もちろん、普通の魔猪にこんな力はない。おそらくバグの影響なのだろう。特殊な毒をもっているようだ。
俺が剣を抜いて魔猪と対峙すると、体が光に包まれる。
「今はこれくらいしかできないけどサポートするわ。わが信徒を守りたまえ!!」
ドロシーの権能である。俺という信者を得た彼女はバグの探知と初歩的な治癒と身体能力のアップの魔法を使えるようになったそうだ。
おかげで探索も戦闘もだいぶ楽になる。
「猪さんこーちらってな!!」
「ぶもーーー!!」
軽口をたたきながら小石を投げると同時に持っていたバグを解き放つ。こちらに気づいた魔猪が突進してくるが、小石はどんどん大きくなっていき、魔猪と同じくらいのサイズとなって押しつぶす。
「ふはははは、お前のバグをもらうぞ!!」
岩となった小石に下でぴくぴくとしている魔猪に、剣を指してバグを食らう。
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Dランク 毒素
毒に対する耐性と、生物に害をなす毒をその身に宿す。
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まあ、思った通りのバグだ。だけど、毒に対する耐性っていうのは良いな。今後も使えるかもしれない。
「さすがね、クリアー。バグに侵された魔物もあなたなら敵じゃないわね」
「相性の問題だよ。俺のギフトのおかげだな」
「ふーん、私もあなたにギフトをあげれればいいんだけどね……」
女神の力は信者の数によって、その力が強力になる。俺からしたら周囲のバグを探知する力はのどから欲しいくらいなのだが、彼女はそれが不満らしい。
「まだ信者が足りないから権能が使えないんだろ? それに力なんてあんまりあっても意味ないしな。一つで十分だよ」
申し訳なさそうにしているドロシーを慰めると、彼女はなぜかほほを膨らませた。
「違うのよ。私の信者が他の女神のギフトだけを使っているのが悔しいの!!」
「お前かわいいな……」
「うっさい!! そんなことより今度はあっちの方よ!! 弱いバグだけど、ついでに浄化しておきましょう」
顔を真っ赤にしているドロシーを微笑ましく思いながら枯れ木の森を進むと、なぜかあたりが白い霧に包まれている。
霧は一般的に水分の多いところで発生するはずなんだが……これがバグか!!
「そこから十歩くらい進んで!! 多分そこにバグの原因があるわ」
「了解」
ドロシーの指示に従うとそこには枯れ木があった。しかもただの枯れ木ではない。そいつはまるで呼吸をするように全身から霧を出しているのだ。
本来だったらあり得ない現象である。
「だからこそ、バグは楽しんだよな」
俺はそんなことを思いながら霧を切り裂いた。あ、いまのは駄洒落です。
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Eランク 霧
全身から霧を発生させる。
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そこまで害が少ないからか、ランクも低い。だけど、霧があったら道に迷うし、視界が悪くなるしな……それにバグがもっと進化したら目も当てられない。
そうして、あたりのバグを浄化した俺たちは一息つく。
「どうだ信者は増えたか?」
「何を言っているのよ。こんなところでバグを浄化したって誰も見てないんだから信者なんて増えるわけないでしょ」
「じゃあなんで……」
「だって、誰かが変異種にあったら大変でしょう? さっきの猪だってあなたなら楽勝かもしれないけど、村人が襲われたら大変だし、霧も見通し悪なって迷っちゃたらたいへんじゃないの」
ドロシーは何を当たり前のことを言ってるのとばかりに真顔で答えた。この女神さまは自分も大変な状況だというのに、人のために頑張っていたらしい。しかも、信者を増やすためではなかったのだ。
俺が驚きのあまり言葉をうしなっているの何を勘違いしたのか、彼女は申し訳なさそうにする。
「その……私の我儘に付き合ってくれてありがとう。これはあんまり強くないバグだったから、クリアーの力にはならないしつまんなかったでしょう?」
「何を言っているんだ!! つまらないバグなんてあるはずないだろ!! 毒や霧だって使い道はたくさんあるし、何よりも生き物や植物に干渉し、様々な変化をさせるバグを見るのが好きなんだよ。無茶苦茶楽しかったぞ」
俺がつい力説すると、ドロシーが驚いて目を見開いているのに気づく。やっべえ、つい熱く語ってしまった。
この後の反応を俺は知っている。みんな引いた顔をしていたものだ。
「うふふ、本当に楽しそうに語るのね……じゃあ、今度あなたが手に入れた珍しいバグについて教えてよ。もしかして今も持っているのかしら」
予想外の反応に思わず笑みがこぼれたのは気のせいではないだろう。だって、こんな風に俺の話を聞こうとしてくれた人間なんていなかったのだ。
「それがな……ほとんどのバグは前の世界に置いてきてしまったんだよ。まあ、異世界のバグに興味はあったし……」
「そうちょっと残念ね……強かったり珍しいバグを見つけたらすぐに報告するわね」
「ありがとう。だけど、さっきのバグにも使い方はあるんだぜ」
俺はバグコレクターを使って先ほど得たばかりのバグにギフトを使用する。
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Dランク 毒素+Eランク 霧=Cランク毒霧
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そして、融合させたバグを解き放つと小規模の霧が現れる。しかも、ただの霧ではない、生命力を奪う毒を纏った毒霧である。
「は? バグを融合させた……そんなこともできるのね……あなたそんなすごいのに何で追放なんてされたのよ……その世界の女神頭おかしいんじゃない」
「頭がおかしいかは知らんが、性格はクソだったな……」
そんなことを話していると、どこからから「くぅーーー」という可愛らしい音が聞こえてきた。
「……今のはバグの泣き声かしら?」
「生き物じゃないんだからバグは鳴かないだろ……」
顔を真っ赤にしてごまかそうとするドロシーにつっこむ。
「ほら、村が見えてきたわよ!!」
じとーっと見つめる俺をごまかすようにドロシーが、遠くに見える木の杭に囲まれた村を指さした。
「何者だ? 身分証を差し出してもらおうか?」
木の杭に近づくと衛兵が俺たちをじろりと見て……一瞬ドロシーにデレっとした後にながらそう言った。
身分証だと……
もちろん異世界から追放された俺にそんなものはない。どうしようとドロシーに視線を送ると彼女は得意げな笑みを浮かべて頷いた。
なんだろう、無茶苦茶嫌な予感がする。
「身分証はないけど、私の身分ならばいえるわ。私は女神ドロシー……この世界を管理する存在よ!!」
堂々と言い切るその姿は優れた容姿と相まって、どこか説得力があった。そんな彼女に衛兵はというと……
「女神だと……そんなもんいるわけねえだろ。くっそ、あいつらの手先か!?」
扉をがっちりとしめて、鉄槍を身構えた。むっちゃ怪しんでるーーー。そりゃあそうだよな。女神が忘れられた世界で、自称女神なんて怪しすぎるもんな。
「あほかぁぁぁぁ!! 警戒されちゃったじゃねえかよ!!」
「なんでよーーーー、私の神々しさでわかってくれてもいいじゃない。クリアーはわかってくれたのにぃぃぃぃ!!」
「それは俺が女神という存在を知っていたからだろうが!!」
「不審者現れたぞーーー!! 相手は二人だ。囲めば何とかなるはずだ」
衛兵が鳴らした笛によって、どんどんと人があつまってきやがった。中には農具を構えている人間もいる。倒せなくもないが倒したら絶対まずい気がする……
信者どころか、敵が増えてしまいそうだ。
「あれ、あなたは救世主様!?」
「君はゴブリンに襲われていた……」
面倒なことになりそうな俺たちが再会したのは、異世界で最初に出会った少女だったのだ。
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ギフト『バグコレクター』
スキル
歪み喰らい(バグイート)
歪み放出
歪み分析
歪み融合
所持バグ
Dランク『巨大化』
生き物が侵されれば体だけではなく、筋肉なども肥大化し、植物が侵されれば異常なまでに成長し、自然に影響すら与える。
Cランク『毒霧』
生き物の動きを鈍られる毒の入り混じった霧をだすことができる。また、使用者には毒への耐性がつく。
Aランク『バジリスク』
あらゆるすべてのものを石化させる。その力はこの世界を管理する女神すらも逃れることはできなかった。
??ランク『?????』
クリアーが前の世界から所持していたバグ
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試験的にタイトルを変えてみました。
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