1.神殿に尽くしていたバグコレクターは追放される。
「大司祭クリアー。あなたのような汚らわしいギフトを持つものは私の神殿にはもういらないの。クビよ。この世界から追放させてもらうわ」
「は……?」
俺がいつものように神殿にある作業場で仕事をしていると、ノックもせずにやってきた十三歳くらいの少女がいきなりそんなことをいってきた。
彼女はこの世界を管理している女神であり、俺が大司祭として仕えている上司でもある。そんな少女の言葉に思わず間の抜けた声をあげてしまった。
三日間寝ずに仕事をしていたからか、幻聴が聞こえてしまったのだろうか? 確認してみよう。
「えーと……ヘラ様……俺をクビってマジで言ってます?」
「だからそう言っているでしょう。あなた、女神である私の言葉に逆らうの?」
俺の問いかけに、女神ヘラはツンとしながら不快そうに眉を顰める。このメスガキ女神さまは俺が口答えをしたのが気に食わないらしい。
俺が自分の仕事を説明しようとした時だった。横から余計なことを言うやつがいた。
「クリアー!! ヘラ様の命令に逆らうつもりか!! 大体貴様はここに引きこもっていたり、どこかにふらっと出ていっては遊んでいるだけではないか!! 前線で頑張っている我らに申し訳ないと思わないのか!!」
ヘラの横にいる青年が許せないとばかりに怒鳴るがその瞳は人を貶めることに喜びを感じる色があった。
そして、彼の言葉でピンときた。
こいつ、ヘラ様に取りいってそそのかしやがったな……
彼の名はノイズと言い俺と同じ大司祭である。ただ、彼はいつも前線に出て戦っているからだろう。研究ばかりしている俺が同僚というのが気に食わないのか、しょっちゅう絡んできてはいちゃもんをつけてくるのだ。
俺は大きくため息をついて、ヘラ様に俺の仕事を説明する。
「ヘラ様、俺がギフトで『バグ』という世界の歪みを解析して、浄化しているからこの世界は平和なんですよ。『バグ』が蔓延すれば魔物は凶暴化して、精霊は狂い。魔法も想定外なことがおきます。それだけじゃない湖が毒沼になったりと地形すら変わってしまう可能性もあります。この完璧で美しい世界が汚れてしまうんですよ」
「え……そうなの……?」
俺の言葉にヘラ様はきょとんとした表情で首をかしげる。いや、何度も説明したんだけどな!! お菓子を食ってたし聞いていなかったんだろう。
「ヘラ様、だまされてはなりません。こいつは自分の保身のためにそう言っているのです。お前のいうバグなんぞここ数年は外では現れていないではないか!! 私がバグを見たのはこの部屋でだけだぞ!!」
「一部のバグは研究用に取ってあるんだよ。前も説明したろ!!」
「第一……貴様より私の方が強いではないか! バグなんぞ現れても私が倒して見せるわ!!」
ノイズは剣に手をかけながら大声で叫ぶ。くっそ、うるせえな!! 寝不足の頭に無茶苦茶響く。
「そりゃあ、研究職の俺とお前だったらお前のが強いけど、バグが現れたらそういうのは関係ないんだよ……」
「ふん、そらみろ。やはりお前なんて不要だろうが!! だいたいヘラ様をだまして大司祭の地位にしがみつくとは恥を知れ!! それに、お前の追放には俺だけではない。ほかの大司祭も賛成しているのだ!! お前はもう不要なんだよ」
どうやら、ノイズは何がなんでも俺を追放したいらしい。そして、それはほかの大司祭も同じようだ。あれ、俺って無茶苦茶嫌われていた? いや、うすうす感づいていたよ。
戦闘や外交、女神の補助を仕事とする大司祭たちの中で俺の立ち位置は少し特殊だ。俺はノイズのいう通り表に舞台には出ることはなかった。だが、遊んでいたわけではない。睡眠もろくに取らず、休みもせずにギフトを使ってずっと『バグ』を研究をしていたのだ。
だけど、それはこの世界のためだった。この世界を歪んだ形にしてしまう『バグ』。それを何とかするために、俺はろくに寝ずに研究をして、いろいろと対策を練って大事になる前に浄化していたのだ。
ヘラ様にだけではない、俺は何度もこいつや他の大司祭にも説明をした。だけど、その頑張りは誰にも伝わっていなかったのか……?
「なあ、本当にほかの五大司祭全員が賛成していたのか?」
俺は最悪の答えを予想しつつも最後の確認をする。声は震えていたかもしれない。
「ああ、そうだ。お前にはいろいろと苦情もあったしな。『バグを集めていて怪しい』とか『ご飯をおごってくれなかった』などいろいろな!! 特にヘイズなんてひどかったぞ。『あのバカ私が声をかけてもずっとバグを見てにやにやしているのよ。信じらんない』と激怒していたぞ」
「うへぇ……」
仕方ないじゃん。バグを集めていたの趣味もちょっと含まれているが、研究に必要だったんだよ!! ……だけど、ヘイズには嫌われてのはショックだったな……
あいつとは幼馴染であり、昔は俺と結婚するとか言っていたのに……
「ふぅん、他の大神官も賛成しているの。だったらやっぱり追放でいいじゃない。だいたい、あんたのこの部屋って穢れを感じていやだったのよね」
俺たちの話を聞いていたヘラ様だったが、ようやく考えがまとまってしまったらしい。どうやら、神の本能なのか、この世界の歪みであるバグに本能的な嫌悪をいだいていたのだろう。
だから、俺にあたりが強かったのか? バグの研究は必要なことだっていうのに……
そして……俺も皆に嫌われているというのに今の立場にしがみつくつもりはなかった。
「わかりました。俺はこの神殿を去りますよ。それでいいんでしょう? 荷物をまとめるんで出て行ってくださいな」
無職になってしまったが、どうしよう。山奥にでもこもってバグの研究でもするかな……。まあ、こんなんでもこの世界に愛着はある。困ったときは助けてやろう。家に保管してある研究用のバグさえ持っていれば神殿じゃなくても研究は続けられるしな。
そう思っていた俺だったが二人は部屋の外に出て……なぜか扉を開けっぱなしにしているかと思いきやノイズがにやっと笑った。
むっちゃいやな予感がするんだけど……
相変わらず生意気そうな顔をしているヘラ様が一歩出て行った。
「言ったでしょう? あなたを異世界に追放するって……あなたのような、バグを集めている人間は私の完璧な世界にはいらないの。私の完璧な神殿にバグを持ち込んでいた罰よ。さようなら……異界へ堕ちろ!!」
「な、ヘラ様……俺をどこに……?」
俺の言葉に彼女はにやりと笑った。
「決まっているでしょう。あなたにふさわしい汚らわしバグだらけの世界よ。よかったわね。大好きな『バグ』とずっと一緒にいれて……あ、ついでにうちの馬鹿なおねえちゃんにもよろしくね」
「にぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
地面が漆黒の闇と化して俺をひきずりこんでいく。女神の権能なのだろう。このメスガキがぁぁぁぁ!!
抵抗むなしく俺の体は異次元にと引きずり込まれていく。
ああ、こんなことなら、もっと好き勝手生きればよかったなぁ……。
意識を取り戻すと、そこは平地だった。といっても俺の知っている外の世界とはだいぶ違う。空はどんよりとしており、草木は枯れ、地面は干ばつしているのだ。
「なんだここ……」
遠くに見えるのはかつては森だったのだろう。かろうじで枯れ木が立っているのが見える。豊かな緑も澄んだ空も見えず、純白の見目鮮やかな神殿もここからは見ることができない。
「マジで異世界に追放されたっていうのか……あのメスガキ女神め……どんだけ俺のことが嫌いだったんだ……?」
あの女神が自分の世界にこんなにも汚い場所を残すはずがない。どうやらここは本当に異世界のようだ。
何はともあれ、まずは食料と水だろう。着の身着のまま追放されてしまったので、持ち物と言えば護身用の剣とギフトくらいである。
「ーーー!!」
とりあえずギフトを確認しようとしていると、何かの声が聞こえた気がする。俺が慌てて声の方に走り出すと、そこで見たのは一人の少女が巨大なゴブリンの様な魔物に襲われているところだった。
「魔物か……しかも、あのゴブリン!! バグに侵されてやがる!!」
ゴブリン……それは本来ならば子供と同じくらいのサイズの魔物で、多少頭はまわるが一匹ならば大人ならばなんとかできる魔物だ。
だが目の前のゴブリンの体は成人男性の倍くらいの体躯を持ち巨大な棍棒を掲げて少女に振り下ろそうとしている。バグに侵された魔物は凶暴化し、本来とは違う力をもつ。これがバグの恐ろしさである。
「まじでバグだらけじゃねえかよ、この世界!!」
俺は急いで駆け寄るのだった。
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