逃亡
オープンしたての時は大反響だった。
行列のできるラーメン屋として雑誌にも乗ったことがあった。
しかし今はどうだ?
ラーメン屋“陣”と聞いてピンとくる奴なんているのだろうか。
そんなことを自虐的にも考えてしまう。
今日ももう夕方だが、客は今目の前でラーメン餃子セットを食べている男一人だけ。
この後もどうせ来ないのだろう。
赤字がかさむばかりだ。
七月半ばに差し掛かるが、エアコンも節電と称して使わずに扇風機のみでケチっている。
妻と子供には逃げられたが、俺にはラーメンを作るしか能がないのだから続けるほか道はない。
油にまみれたリモコンでチャンネルを変える。
夕方のニュースだ。
そう言えば、夕方のニュースの特集に出たこともあったっけ。
なんて過去の栄光を思い出しながらテレビを眺める。
この間捕まった、寿々喜節句が逃亡したらしい。
本名は忘れた。
インターネット上で“寿々喜節句”として活動していた彼は、名前に“節句”と使っていたことから、節句の日になると、それに応じた殺人を繰り返していた。
めでたいはずの節句が恐怖の日に変わった。
さらにそれがエスカレートして、記念日だったら何でもよくなって快楽殺人へと変わっていった。
ワイドショーをにぎわせていたから世間に疎い俺でも知っている。
怖いことを考える奴もいるもんだ。
まったく、そんな奴を逃がすなんて警察もなにをしているんだか。
寿々喜節句に比べたらラーメン作りしかできない俺の方が、ずっとましだな。
まあ殺人鬼なんていう人間の底辺と比べているようじゃ、大差ないか。
「ごちそうさま」
男が食べ終わった器をカウンターの台に置きながら言った。
「まいど。八百九十円です」