残業からの転移・・・ 今流行の異世界です。
目を通して下さった皆さま、本当にありがとうございます。
薄暗い店の中キーボードを叩く音だけが静かに響く。
「傷・使用汚れ有ります、定価¥4.800- 大人気商品!この商品のお問い合わせは・・・」
暗い店舗の中、一人PCに商品情報を入力する。
完了アイコンをクリックして、ふぅ~とため息を吐き、
「あと、40品かぁ…」
「……………」
「……………」
ふと、時計を見るともう午前2時を過ぎている。
財布を掴み、力なく立ち上がると店を出て入口のカギを閉めた。
別にこの仕事が好きな訳でもない、資格も技術も無い俺には、
ただ近いだけで選んだだけの仕事に過ぎない。
そんな仕事がホワイトな訳がない。
サービス残業、休日出勤なんて当たり前、
「でも他に何も出来ない。」
誇れる趣味も無い、秀でた能力も無い、
ただ、ただ毎日を生きているだけ。
朝起きて、ダルいけど仕事行って、帰って寝る。
これの繰り返し。
仕事はそれなりなので、店長なんて役職にはなった。
ただそれだけ。
他に社員も居ないのでバイトが帰れば一人で残業。
コンビニで夜食を買い店に戻りまた、残業。
毎日がこの繰り返し、ただ、今日はホビープレスの発売日!
新発売のプラモ!フィギュア!トイガン!
給料の1/3は趣味に浪費している。
「休憩中に新作を予約しなくては!」
この時だけはキモイ本来の自分に戻れる癒しの時間。
しかし、そんな至福の時間は一瞬で過ぎ、残務の現実が重く圧し掛かる。
「………」
「………」
カタカタとキーボードの打音が暗い店内に響く…
カタカタカタ…
カタカタ…カタ…カタカタ…
カ……タ……
眠い…
単純作業が眠さを倍増させる。
「使用感多め…」
「汚れ……有ります……お問い合わ……」
ガタン。
何時ぶりだろう?
足を大きく伸ばし、暖かい日差しの中眠っている。
近所の河原だ…優しい土と草の匂い、心地よい日の暖かさ。
そうだ。
今日は休日で散歩に来て昼寝をしてたんだ……
「そろそろ帰って明日の仕事の支度を…」
「!!」
「!!!…」
「??…」
「はっ!!」
「朝っ!」
「開店準備っ!」
「入力…作…業…??」
目の前に広がっていたのは、川辺。
しかしいつも見るような景色とは違い、田舎の河原のような景色。
近代的な建物は無く、山の中の河原。
「?????」
「店で寝てたよな?」
「えっ?どこ?」
「あっ!スマホ!」
服の中を探したが、(財布)(店のカギ)しかなかった。
「はぁ~…」
時間、場所さえ解らず途方に暮れる。
「仕方ない、帰ってから事情は説明しよう。」
「とりあえず駅を探さないと。」
腰を上げ少し砂を払うとゆっくりと川下へと歩き出す。
熟睡したせいか足取りは軽い。
透き通る水、森林の香りに少し遠足の様な楽しさを感じ始めた頃水辺に動物の様な影を発見した。
「うわっw、ウサギだ!」
初めて見る野生のウサギに少し興奮を覚え、脅かさないようにゆっくりと距離を詰める。
気配を察知したウサギはこちらを振り返る。
「????」
「角?」
振り返ったウサギらしき動物は、明らかに今まで見たウサギと違い額に角らしき物が生えている。
ウサギらしき動物は勢いよく森の中に消えていった。
「まさかね…」
「やっぱ俺疲れてるわ…」
現実にはあり得ない角が生えたウサギに疲労を確信したが、とりあえず先に進まなければ、
と帰路を目指しまた歩き出す。
「スマホ、店に置きっぱなしかなぁ?」
「早く予約しなきゃ!」
「くそぅ…どこまで俺は来たんだぁ?」
30分近くは川を下ったが、橋や道路など人工物が一切見当たらない。
「本当にここは都内かぁ?」
終電も無い時間で、無意識に出かけたとしても、所持金から見てもそう遠くまで来ていないと
思っていた。
やがて開けた場所にたどり着き、人影を見つける。
「すみませーん!」
やっと助かると安堵し手を上げながら駆け寄る。
「!?っ!!」
声にならない声が出て、体が一瞬にして強張る。
少し砂利に足を取られながら一気に足を踏ん張り、急停止。
反対方向に一気に走った。
「やばい!やばい!マジやばい!!」
「なんだアレ!マジなんなんだ!」
必死に走りながら、今目の前にあった恐怖から全力で逃げる。
森の中に入り道なき道をただひたすら逃げ回る。
息が続かなくなり岩陰に隠れる。
「なんなんだアレ!」
息も絶え絶えになりながら身を隠し、先ほどの光景を思い返す。
人とは明らかに違う緑色の肌、刃物に付いた鮮血何かを解体していた。
「本当に何処だよ此処はっ!」
身を小さく強張らせ少し時を置き、辺りの気配を探った。
どうやら先ほど見た者は追って来てはいない様だ。
不安に駆られながらも人間、町、を探し動き始める。
安心さえしていない物の、落ち着きを取り戻し、町の探索に森をさまよう。
ガサッ!
明らかに獣では無い物音に先ほどの恐怖が蘇る。
木の物陰に隠れながら、なぜか手には店のカギを構えている。
幸運にもまだ相手はこちらに気づいていない。
物音を立てないよう、慎重に様子を伺いに顔を出す。
「人だ!」
普段は見慣れた普通の人影に崩れ落ちるように歩み寄る。
「すみません!〇〇町から来たんですが、道に迷ってしまって、お店に連絡したくて…」
支離滅裂な内容を泣きそうな顔をしながら話しかけた。
目の前の老人は明らかに奇異の目でこちらに顔を向けた。
「?」
老人は何を言っているのかサッパリと言うような顔で首を傾げた。
更に落ち着きを取り戻し、再度かしこまって話す。
「すみません、道に迷ってしまって…」
「近くの町はどちらの方向ですか?」
老人は口も開かず、けげんな顔で町があるらしい方向を指さした。
「ありがとうございます!」
笑顔で軽く会釈をして続けざまに質問をする。
「近くの駅は何線ですか?」
「ここは東京都近県ですか?」
老人は明らかに嫌な顔をして何も言わず、一回首を傾げ立ち去ろうとしていた。
「何か気に障る事を言ってしまっただろうか?」
そんな事を思いながら、去り行く老人に一言礼を言うと、老人が指をさした方向に歩いた。
少し歩くと獣道に出た。
舗装はされておらず踏み固めただけの道、電柱すら無い。
「しかし田舎だなぁ…」
「腹減ったしコンビニあるといいな…」
頭の中で色々な事を整理しつつ、とりあえず家に帰って落ち着きたいと願っていた。
歩きの最中、ふと財布の中身の金額で帰れるかと気づき財布を確認した。
「あれ?一銭も使っていない?」
コンビニでお金を下ろし、夜食を買って…
「歩きで来たのか?」
未だにこの見知らぬ場所までどうやって来たのか?
解らないままであった。
答えの出ない疑問が頭の中を過ぎっては消えながら歩いた。
1時間ほど見栄えの変わらない景色の中道を歩き、塀らしきものが薄っすらと視界に入り、やっと帰れる!
と思い少し駆け足になった。
塀らしき物が異様に大きな塀である事が確認でき歩く速度が落ちる。
「嘘だろ…」
明らかに何かの攻撃から守るために建築されたであろう巨大な壁だ…
現代の建築では無い事は素人目から見ても明らかだった。
道は門の方へと続いており、漫画やアニメで見た荷馬車や荷車を押した人々で賑わっていた。
大きな門は普段解放されているようで、すんなりと入れたが明らかに場違いな服装に違和感を
感じる。
「訳わかんねぇ…」
コンビニはおろか駅さえ無い…確実に無い。
それだけは痛いほど理解できた。
文明レベルは中世ぐらい、電気など無いだろう…
「遭難だ…」
「これは確実に遭難レベルにヤバイ。」
辺りを気にしている余裕も無く崩れ落ちる。
「無理ゲーだろ…アニメの異世界だよ…」
「確実に…駅も無ねぇ…コンビニ無ねぇ…」
受け入れがたい現実だが、確実に自分がその世界に存在している事を自覚する。
きょろきょろとビビりながら見回すと謎の文字。
恐らく地球ではない文体の世界…
「何語デスカ…」
「詰んだ…絶対詰んだぁ…」
「英語ですらダメな俺がこんな字読めるわけがないぃぃ…」
これから強制的に始まるサバイバルが地獄の難易度である事が判明し白目になる…
「はっ!!」
ある事に気づき顔を上げる。
「さっきのジジイ俺の話通じてたよなぁ?」
「日本語が通じる?」
「まさかのテーマパーク落ちか?」
「ワンチャン有るんじゃね?」
「さっきのウサギ的ヤツもゴブリン的ななにかも全てアトラクションの何かじゃ?」
「なーんだ…じゃあさっさとキャストの人に話して、電車乗って帰ろう。多分そうだ。」
一気に気が抜け、一番近くの屋台に居た男に話しかける。
「すみませ~ん。なんか迷っちゃってこのテーマパークに入っちゃったんですよ~」
男はこちらを向いて
「?」
聞いていなかったかな?思いもう一言。
「ちゃんと入場料とかはお支払いしますんで出口とか受付はどこですか?」
男はさらに不思議そうな顔をして
「?」
新人キャストか?道案内ぐらい出来るだろうにと思いながら更に会話を試みる。
「ここ広いですよねぇ~場所は何県に有るんですか?」
呆れた顔をして男は少しため息をついた後話し出した。
「さっきから何言ってんだ?おめえは?」
「ここはクサラの首都サラグだ!」
「どこの田舎者だ?」
呆然となり、黙り、下を向く、頭の中で一気に独り言が暴れだす。
「はいはい、ですよね~」
(も~遺憾なくファンタジーですよ…)
(異世界ですよ…流行りですもんね…)
(なんだよサラダってwww)
(どんなヘルシーな街だよwww)
(こんな地獄の夢の国、何県にもねーよ…)
話しかけた男は更に話を続けている。
「変な恰好でどこから来たんだ?」
「民族衣装か?」
ふと男に顔を向け
「うっさい!おっさん!」
「えぇぇぇ…」
男の声が聞こえるか聞こえないかの間にフラフラと歩き出した。
近くの路地にへたり込み天を仰いだ…
「はぁ…」
「なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁ!」
「帰りTeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!」
よくわからないけど最近流行の異世界に来てしまいました。