表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
反日パヨク、異世界転生する  作者: ああああああ
[第一章]もう終わりだよこの国
4/7

003

目が覚めたのは真夜中だった。同じ病室の入院患者は寝静まり微かに吐息が聞こえるのみ。病院の夜というのはどこか不気味でよくわからない謎の緑の光があちこちに散見される。何らかの機器が稼働しているのだろう。僕はゆっくりと起き上がり先程の変な夢を回想した。

「君に一つ武器をあげる。どのように使うかは君が決めるんだ」

 彼は一番最初に言った。僕が、最後に今後の行動を選択すると。それはこういう意味だったのだ。だが僕は夢を見ていたわけじゃないのか?

 僕の醜く太った腹に違和感があった。そして右手の中にも何やら硬いものが握られているようだった。恐る恐る僕は右手を開いた。何らかのスイッチのようだ。カバーがしてあってそれを開けなければスイッチは押せない仕組みになっていた。そして腹――

「こいつは……」

 中に何かが埋め込まれている。四角い、少し硬いなにかだ。状況から察するに……

「爆弾と起爆スイッチか」

 腹の中に埋め込まれた爆弾。悪趣味だ。どうせ死ぬのだから一発花火をぶちかませ、か。文字通り爆発して花火となるのが僕の最期というわけか。

 状況が飲み込めない。何もかも意味がわからない。考えられるとしたら僕は眠っていたわけじゃなく、麻酔か何かで意識を失い、その間に腹に爆弾を埋め込まれる手術をされた。そういうことだろう。だがこの病院の医者が、そんな非人道的なことをするだろうか。それとも僕はまだ夢を見ているのか。

普通ならパニックに陥ってもおかしくない。でも僕はどこか冷静で、まるで自分が自分じゃないような、自分を俯瞰しているもうひとりの自分がいるような奇妙な感覚だった。そしてちらりと横に目をやると小さな棚の上に薬の容器のようなものが散らばっているのが見えた。そして合点がいく。

「なるほど、これを飲んだのか」

 精神安定剤とか、多分そういうもので感情の変化を鈍化させているのだろう。

なんにせよ僕はこの爆弾を抱えたまま死ぬまで過ごすしかない。これを誰が埋め込んだかはわからないけれど、この病院は信用できない。もし摘出を考えるなら別の病院が良い。だが爆弾を所持していたとなると後々面倒だ。それに僕はもう長くない。今更何をどうやっても無駄というものだ。だからこの爆弾は僕の宝物のように、赤子のように大切に守っていくしかない。

「……復讐……ねえ……」

 ふと棚にもう一度目をやる。薬のことはわからないけれど、英語でブーストとかそういった単語が書かれているものが一つあった。

「あー……」

 怒りを、パワーにか。興奮剤……精神刺激薬とかそんなところだろうか。

 もしかしたら順序が逆かもしれない。僕は薬の過剰摂取で変な夢を見ていて、そして意識が戻ったと思ったがこれもまた夢や幻覚といったものなのかも。

なんてな。ほっぺたをつねってみたが痛覚はあった。これは紛れもない現実で、いつの間にか僕には爆弾が埋め込まれていて、そして死ななければならない。

 僕はベッドから立ち上がり、棚の薬をバッグに詰め込み病室を後にした。僕はこれから事件を起こす。強い決意があったわけじゃないけれど、僕の、この風前の灯とも言える命の使いみちはこれしかないのだと悟った。それが僕に与えられた役目なのだと。


 家路につくまでの間、様々なことを夢想した。

 どうしてこんな事になってしまったのかとか他にできたことがあったんじゃないかとか。何よりも夢の中で半生を振り返って僕は思った。僕は恵まれない人生を送ったのだと。何もかも社会や政治、タイミングや運が悪い。そうなのだ、そうに違いないのだ。僕にできたことは果たしてあったか? 僕には何もできなかったはずだ。

 駅から数分歩いたところに僕の住むアパートはある。住宅街は真夜中だから静かだった。六畳一間のうさぎ小屋、こんなに狭い上設備の老朽化もひどい、にもかかわらず高い家賃を払わされるのだから東京は好きになれない。蒸し暑く窓を開けると、道路を挟んだ向かいのマンションが見える。このマンションにはどうやら金持ちが住んでいるようで駐車場に見える白のポルシェが月明かりを反射して輝いていた。

「はあ」

 このポルシェに乗っているのは何も医者や経営者ではない。金髪のちょっと爽やかな感じの青年なのだ。二〇代前半くらいの男で服装はいつも高級ブランド品ばかり、きっと親が金持ちなのだろう。

「しかし……今日は暑いな」

 季節は六月、まだ梅雨時期だってのにあまりにも暑い。いくらなんでも暑すぎるとスマホで気温を調べてみると一九度とあった。別に、それほど暑くはない。しかし僕の体からはいつも以上に汗が湧き出ている。

「……」

 薬の影響だろうか。いや……この腹の中の爆弾か?

 僕はおもむろに体重計に乗ってみた。少なくともそうすることができるくらいにはクールだったし、何より僕はこれから先の未来の行動をある程度計画していたのかもしれない。だから体重計に乗って、すぐに表示されたデジタルメーターの数値にはそれほど驚きはしなかった。

「プラス四キロ」

 この数字は多いのか少ないのか、わからなかった。爆弾の質量なんて僕にはわからない。ただもともとついていた肉厚の脂肪がなくなり、皮と筋肉の隙間か何かに爆弾は埋め込まれている。脂肪が本来あったところだ。

 少し気になりちゃぶ台の上にあるノートパソコンでそれらしき情報を探ってみた。どうやら爆弾には多くの種類がありそれによって爆発の威力は異なるようだった。僕の腹に抱えるそれが何爆弾なのか検討もつかなかった。だが一般的によく使われるものはプラスチック爆弾で衝撃が加わっても爆発しないらしい。人体に埋め込むならこれかもしれないと、僕は思った。

 プラスチック爆弾はそれほど広範囲に爆発するわけじゃないらしい。となればターゲットにかなり近づく必要がある。

 僕の目標は当然、永田町。


 時間がなかった。

 僕に残された時間のことじゃない。僕が復讐を果たすための最高のタイミング、それを逃すわけにはいかなかった。だからといって準備を怠ることはできない。僕はホームセンターでいくつかの武器を用意した。ナイフ、包丁、バール、バット……

 どれも攻撃力が乏しい。ナイフは小さいからどこかに忍ばせておくこともできる。が、長物は……。バールを振り回してみたが重く扱いづらい。木製バットは軽かったがこれで人を倒せるのか甚だ疑問である。そこで僕はこいつを用意した。有刺鉄線。

 それをバットにぐるぐる巻きにし、完成。ニーガンも愛用する釘バットだ。まあ釘じゃないのだが。だがこれで敵陣に乗り込むほど僕はバカじゃない。結局のところ必要なのはパワー、つまりは銃だ。


 警察は嫌いだった。中学生の時だ。僕は不良に絡まれエロ本を万引するように指示された。断ったら殴られるので仕方なく、本当に嫌々ながら僕はエロ本を盗もうとした。しかし失敗に終わり僕は店員に捕まった。すぐに警察と学校に連絡が入り僕はひどく怒られたのだ。僕が不良に脅されてと話してもそんな言葉が通じる相手ではない。警察官は本当に救いを求めている人間を助けたりはしない。偽善者の最たるものだ。だから警察官は嫌いなのだ。そんな思いもあって一度警察を殺してやろうと思っていたところだった。

 都心から離れるとすぐに田舎になる。大抵の場合人口の少ないエリアのほうが平和で、交番に勤務する警察官も少ない。僕が狙っている交番には二人のお巡りしかいない。しかも、これは極めて幸運なことに一人は若い女性巡査だ。

 最近はアイデア商品なんかが人気だ。少なくとも僕が学生時代にこんな商品はなかった。正式名称はわからないがフルフェイスマスクだ。目元以外隠れるようになっている。ほんのりひんやりしていて肌触りもいい。これに軍手さえあればカメラに写ってもすぐに身元が割れることはないだろう。女性巡査が奥に消えるのを確認したところで、僕は単身交番に乗り込んだ。

「うらああぁっ!」

 先手必勝、眠そうな目でスマホをいじっていた中年の男性巡査の顔面にルシール(釘バット)を叩き込んだ。警官は椅子から転げ落ち仰向けの状態になった。僕はすかさずもう一撃顔面を殴った。予想以上に威力があったようで辺りに血が飛び散っていた。が、お巡りはまだ息があった。

「何事ですか!?」

 奥の部屋から女の声がした。

 婦警が来る前に一人始末せねば。僕は渾身の一撃を再度顔面に叩き入れた。男はぐったりと倒れ意識を失った。僕は奥の扉の横に隠れ、婦警が出てきたところを狙おうと息を潜めた。

 ガチャリと扉が開きその姿があらわになる。女の視界に映っていたのは飛散した血痕とぐちゃぐちゃの顔面を晒し、天を仰ぐ同僚の姿だった。

 僅かな、ほんの僅かな隙だった。状況を理解するのに頭が追いついていないそんな様子だった。その一瞬を僕は無駄にはしない。彼女の視界の外、身を低くし扉の影から乗り出した。右手に構えたバットを下から振り上げる。狙いが逸れ、首のあたりに当たったものの僕の体勢は大いに有利だった。婦警は不意の一撃に大きく怯み扉の向こう側に尻餅をつくような形で倒れた。僕は右足を踏ん張り軸にし、左足を旋回させた。腰を低く保ち婦警が尻をつく寸前で、ホームランを狙った一振りを顔面に決めた。皮が剥がれるような感触があった。だがきっとまだ気絶はしないだろう。僕はバットを手放し素早く婦警の背に回った。すぐに女の細い首に腕を回し力の限り絞めた。殺すつもりだった。そのほうが手っ取り早いと思って。でもその女は多分、意識を失うすんでのところでか細い声を漏らした。

「の……あ……」

きっと娘の名前を呼んだのだ。

「……」

 僕にもし誰かの感情を理解する能力があれば今悲しいとか、酷いことをしたと考えるのだろうか。それとこれとは話が別か……?

 二人を殺すか悩んだ。多分、一分以上無駄にその交番に立ち竦んでいただろう。殺すメリットはなさそうだった。僕の姿は見られていないはず。僕は二人を殺さず銃だけを奪って逃走した。


 逃げた。人を殺す重圧から逃げたのだ。

 本当にそうだろうか? 僕は理性こそ持っていても罪悪感なんてものとは無縁だ。多分大抵の殺人者は僕と同じような障害を持っていて、そして不幸にもそれに気づけないでいるはずなのだ。日本ではめったにないが猟奇殺人なんかもきっと同じ、心の病気だ。でも僕はあの交番で二人を殺さなかった。これから何人も殺すつもりなのに、どうして?

「ふっ……」

 少しだけ嬉しかった。僕にも人を殺すということの重みが理解できているのかもしれない、そう思ったんだ。

 自分のことがわからない。昔からそうだった。僕は他人のことがわからないけれど、それは障害の影響もあるのだろうと納得していた。しかし自分のことがわからない、その理由は四〇年以上生きてきてもわからなかった。僕はなんなのだろう? 

 他人と違う。それは間違いないだろう。僕の行動はいつだってそれが最善だと考えてのことだ。基本的に感情では動かなかった。幼い頃から両親からそういう風に教えられてきたし、何より今までの経験からそれが正しいのだと理解していた。僕には人の気持ちはわからない。ましてや社会のルールも分からない。どうして人を殺してはいけないのか、それがわからないのが僕という人間であって、そのルールを破ることに何の躊躇いも持たないはずだ。僕が犯罪を侵さないのは逮捕されたくないからだ。犯罪そのものを悪と認識することはできない。でも僕は二人を殺せなかった。失敗だった。

 失敗だったか?

 殺す必要がなかったから殺さなかっただけだ。

 僕は自分にそう言い聞かせ、そして懐の銃を撫でるように触った。

「いい車だ」

 金髪の男、そいつはどうやらインターネット配信サイトで人気を集めているようだった。大半の収入はそういった――僕からすると次世代的な――仕事で得ているようだった。

「なんなんだよ、おっさん」

 男は僕を気味悪く思っているようだった。無理もない。急に現れて愛車の近くをうろついているのだから。不審者として通報されていないだけマシだった。

「最近は道路工事の音がうるさくてかなわんな」

「ああ?」

 男は僕の話を聞く気はないようだった。

「先月末くらいか? 工事が始まったのは?」

「意味わかんねえ……何なんだよてめえはよぉ?」

 僕は自分自身を責めた。情けないと思った。いや、度胸とか意気地がないとか、そういう気持ちが大半を占めている。

「僕の住むアパートからは……このマンションがよく見えるんだ」

「はあ?」

「入居者は七人で一部屋空いてる。そして君を除いて全員、一般的なサラリーマンだ」

「ごちゃごちゃうるせえなあ……!」

「まあ落ち着け。つまりだ、君だけが今このマンションに残っている、それが言いたかった」

「もう黙れおっさん、警察を呼ぶ」

 男は右のポケットに手を入れスマホを取り出そうとした。僕は懐の銃を抜いた。

「悪い……君は何も悪くないんだ……」

 僕は引き金を引いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ