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反日パヨク、異世界転生する  作者: ああああああ
[第一章]もう終わりだよこの国
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002

僕の過去、それはなにか。

 白髪の男と僕は立体映像のようなものを視ていた。視るというよりその場に立っている。あるいは同じ状況を体験していると言ったほうが適切かもしれない。――ともかく、僕たち二人は僕の過去の映像と向き合っていた。

「昔から、ブサイクなんだね」

 彼は無神経にそう言った。僕が視ていたのは小学生時代、学校での一幕であった。

 教室は騒がしく男子は走り回り、女子は集団で何かしらの遊びをしている。対して僕は一人でぽつんと教室の隅で絵を描いている。

「昔は、絵を書くのが好きだった。母親に褒められたんだ」

 月日が移り変わり、小学校高学年。僕は相変わらず一人だった。口下手で、不器用で、頭も要領も悪い、そんな少年だった。この当時は発達障害なんて言葉は聞いたことがなかったし、そもそも存在していたのかも不明だ。そして今以上に周囲の理解なんてものはなかった。

 一人の男子生徒がとぼとぼと道を歩く僕に蹴りを入れた。僕は躓き後ろを振り返る。クラスの人気者で、ガキ大将のような奴だった。僕はこの当時からかいじめられることが多くなった。でも小学生の僕になにかできるわけもなく、ただ耐えて耐えて、小学校時代を終えた。

「やり返さなかったの?」

「一度だけ、でも大顰蹙を買った」

 いじめっ子も、クラスの女子も、挙句の果てには担任まで。僕が悪者になった。それ以来やり返すことはしなくなったし、口を閉ざすようになった。

「この時代、いじめなんて大した問題じゃなかった。それより体育教師の体罰のほうがひどかった」

 特に僕のような暗いやつは親の敵のように暴行された。ひどいもんだったよ。

「中学校時代だね」

 中学はいくつかのその地域の小学校から上がってきた生徒で構成されていた。当然僕をいじめていたグループも同じ中学だったし、そいつらよりたちの悪いヤンキーも大勢いた。ただ幸いマンモス校だった為かうまい具合に分散し、小学生時代よりも幾分か平和が訪れた。

「理科の授業かい?」

 懐かしい、アルコールランプを使った実験の様子だった。僕の隣に座っているのはこのクラスでは最も目立つ不良生徒だった。さすがにツッパリというほどの見た目ではないにしろ令和の現代ではまずいない出で立ちだった。不良はアルコールランプの火を僕の学ランに近づけたり遠ざけたりと、くだらない嫌がらせをしていた。そして事故は起きる。

 僕の学ランにアルコールが垂れ燃え広がったのだ。

「うわお、大惨事」

「この時さ、僕が自分の障害を初めて認知したのは」

 教室はパニックで、教師は消化器を取りに準備室に向かった。僕は燃える学ランを急いで脱ぎ、そして――

 不良生徒にそれを投げつけた。

「ええ!?」

 不良は顔面に被さった学ランを取っ払おうと藻掻いたが、暴れたせいで他の机にあったアルコールランプが床に落ち炎が広がる始末だった。

「ひどいボヤ騒ぎだったよ」

「結局どうなったの?」

「不良はかなりの火傷を負って入院。僕は不良の仲間からボコボコにされた。更に教師や親からお前は頭がおかしいのかと散々説教された」

「それでおしまい?」

「いや、そうじゃない。それならただの喧嘩でおしまいだろう。僕は自分の障害に気づいたのがこのときだった。僕は自分の非を認めず、正当化しようとしていた。もともとの原因は向こうなんだから、とね。その時僕に罪悪感なんてものは微塵もなかった。むしろ嫌いな不良が教室からいなくなってスッキリしたとさえ思っていたよ」

 だがそれは普通じゃないのだという。人から言われてわかったのは僕がどうやら頭がおかしいということだった。

 僕の普通じゃないエピソードは他にもたくさんある。中でも突出して多いのがこの中学時代だ。この時は精神科に通うことはなかったし、自分がおかしいと指摘されてもそれを認めないのだから結果的に反省できない。

「これは何の時?」

「これは……」

 僕が不良に殴られている映像だった。僕は非力で殴り返しても意味がないので殴られ続けるだけだった。

「そうだ、これは……あの時の……」

 僕はどうして自分がターゲットにされているのか理解できないでいた。ただなんとなくムカつくから殴られているのだが、中学生の時の僕にそこまで想像力を働かせることはできなかった。僕はこの時、僕が恐れられるようになれば殴られないのでは? と考えるようになっていた。僕は学校を抜け出しホームセンターに向かっていた。そこでサバイバルナイフを買い学校へ戻った。

「普通の生徒は学校を抜け出したりしないよ」

「この時は無我夢中だったんだろうな」

 平和のために僕は戦っていたのだろう。

「それで、この話のオチは?」

「オチなんてもんはない」

「どうして、ナイフで戦かわなかったの?」

「ナイフをちらつかせれば奴らもビビるかと思ったがそんなことは無かった。僕はいつものように殴られ続けたさ」

「ナイフは使わなかったの?」

「使ったさ、でもそれはこれより後の話だ」

 それから数日、あるいは数ヶ月経ってからだったか、その時の映像が映し出された。

 昼休みだろうな、不良が集まってる、僕は後ろでこそこそなにかやっていた。

「思い出したくもないな」

「ようやくナイフを使うんだね」

 僕は不良の中でも一番のリーダー格をターゲットに、ナイフを構え走り出した。しかしそれは失敗に終わった。それを見ていた近くの女子が「危ない」と不良を庇ったのだ。

「ええ!?」

「驚いただろう?」

「君の過去は想像を超えてくるね」

 女生徒は腹から血を流しぐったりと倒れた。

「これで終わりじゃないんだ」

 不良は倒れた女子に気づくと大丈夫かと問いかけた。すぐに救急車を呼ぶように叫んでいた。でも僕はそんなことを気にしちゃいなかった。

「うわ、ひどい」

 倒れた女生徒を踏みつけにし、僕は不良に猛攻を仕掛けた。

 ぐさりと、浅かったものの確実に刃が肉を断つ感触があった。

「やったね、ダブルキルだ」

「殺してない」

 だが僕のこの決死の行動によって学校中からキチガイの名で呼ばれるようになったのだ。不名誉な称号を手にしてしまったよ。

「結局、それから殴られることはなくなった?」

「まあ……多分減ったと思う」

「両親はびっくりしたんじゃない?」

「どうだろう、前々から精神科に連れて行こうと考えていたみたいだし、踏ん切りがついたって感じだったな」

 実際、高校に入学が決まった時に僕は精神科に連れて行かれた。受験期だけは集中させたいという両親の思いがあったのだろうか。

「中学時代はひどいものだった。突発的な行動、他人の感情や考えを理解できない、自己正当化のための嘘や自分の都合のいいような言い訳。さらに言えば無責任だった。この行動の結果両親にどう迷惑がかかるのか、ってそんなことを考えられなかったな」

「早い段階で障害に気づけたのは大きいんじゃないの?」

「どうだろう、医者からは治るものじゃないと言われたし」

 高校時代。地元ではすっかりキチガイで定着してしまったので高校は電車で通う離れたところを選んだ。高校生活で全てをやり直すのだと息巻いていた。両親からも念を押されて悪目立ちしないよう言われていた。だから高校生活はかなり地味なものだった。友達はできたし、いじめにもあわなかった。だがこのブサイクな面で一つ悲しすぎるエピソードがあった。

「なんだろう、甘酸っぱい絵面だね」

 僕と、女生徒。二人は校舎裏にいた。どれだけキチガイと罵られようと、精神病が判明しようと、僕だって恋くらいするのだ。僕は初めて人を好きになり、校舎裏で告白した。

「悲しい恋の物語だね」

「まだ始まってないのに終わらせるの早くない?」

 だが彼の言う通りこれは悲しい物語。僕が告白した女生徒はその場で泣き崩れた。初めての告白がなんでお前なんだと結構傷つく一言をもらった。女生徒は泣きながらその場を去り僕は力なく膝をついた。

「哀愁が……すごいね……」

「この話にはこれ以上ないくらい悲しいオチまである」

「まだあるの?」

「この女生徒は僕から告白を受けたことを他の生徒に知られ、それをからかわれるようになった。そして学校に来なくなった」

「君のせいだ」

「僕のせいなの!?」

 ブサイクであるということは罪である。

「僕は罪な男だな……」

「……」

 大学時代。

「大学時代はモテようと必死だった」

 ダイエットを始め、美容に気を配り、友人を頼りにコンパに誘ってもらって、僕にしては頑張ったほうだった。でもだめだった。

「結局さ、両親以外の誰にも障害のことは話していないけど、僕はそれと一生向き合わなくちゃいけないってことさ」

「何を今更そんな当たり前のことを言うんだい?」

「大学生になった僕は、それに気づけなかった」

 もともと人と話すのは得意じゃない。コンパでもグループデートでも無理に盛り上げようと一人だけおかしなテンションだし、多分周りからも面倒に思われていたに違いない。やがて僕は周りから誘われることはなくなり、これもまた地味な大学時代を過ごした。

「いわゆるコミュ障ってやつ?」

「それに近い。僕の場合多分、普通の人とは違うしな」

 自分では気づけなくとも周りからは変なやつと思われていたんだろう。

「で、就活か」

「就活については記憶がない。落ちに落ち続け、心が折れたからな」

「この時代はこんなものなの?」

「ああ、僕は都内の有名市立大卒だが、同級生も同じように悲惨な結果だったよ。僕以外にも就職浪人は多かった」

 地元の大学に通っていたらもっと悲惨な結果に繋がっただろう。

「これは……社会人時代……かな?」

 パソコンの前に座る醜い豚だった。

「メンタル的にも一番やばかった時期だろうな。この辺りでネット掲示板が流行りだして僕はずっとそこの住民だった」

 就活を諦め引きこもりのような生活を送っていた。都内で一人暮らしをしていた僕は家賃が払えなくなりアルバイトを始めるのだ。

「しっかし……不潔だなあ」

 すっかり太ってしまい、髭もボーボーでヨレヨレのシャツを着ている僕だ。こんな姿では就活は疎かバイトにすら受からなかった。

「当時は水道代とガス代を節約しようと風呂にも入らなかった」

「うげえ……」

 なんとかアルバイトが始まり生活が安定――とは言えないにしろ――できるようになったことで少しだけ表情が健康的に戻っていた。

「アルバイト、大学生時代にもやってた?」

「ああ」

「そこでも無能を晒した?」

「ああ」

 お世辞にも社会に向いた人材ではなかった。だがそれでも生きていかなければならない。

「あれ、雰囲気変わったね」

 場面転換、これは……スーツを着てる……いや喪服か……。

「僕の両親は高齢で、僕が生まれた時既にお互い四〇を過ぎていた。きっとこれは父の葬式の 時だ」

 父は最後まで僕のことを心配していた。まっとうな職につけないこと、いつまでも恋人すらできないこと、お金の心配やら……とにかく気苦労をかけた。

「この当時は期間工をやっていて、家賃も払ってもらえるからか割と金はあったんだ。だがそれも葬儀代やら何やらで消えていった」

「家族の死ほど悲しい出来事はないよ」

「お前にも家族が?」

「僕? ないない。僕は君たちのような人間じゃないし」

「意味わかんねえ」

 父の葬式が終わると、僕は窮地に立たされた。母は腰が悪く仕事ができるような歳でも無かった。つまり、僕が母を養わなければならないということだった。もちろんいくらかは貯金や保険金があっただろう。年金ももらえていた。でもそれでは足りなかった。だから実家を売払い、安い賃貸を契約させ、車とか家財も現金に変えた。必要最低限の暮らしで生きていけるように。

「君は残念な男だが両親思いのいい奴じゃないか」

「だが母もすぐに亡くなった」

「そうか」

「父は心筋梗塞、母は腰が悪くてな、転けて頭を打った」

 僕の癌は遺伝じゃなさそうだな。

「その後職を転々とし、現在に至る、と」

 彼は話を締めくくるようにそう言った。僕はコクリと頷く。

「君はこの国が嫌い?」

「ああ、最悪だ」

「どうして、いい国じゃないか。少なくとも僕が知ってる他の国よりはね」

 アフリカの子どもたち理論か。

「それは詭弁じゃないか」

「君はこの国の何が気に入らない?」

「少なくともこんな状況下でオリンピックを開催しようとしているところ、かな」

「いろいろと、事情があるんだよ。きっと」

 例えそうだとしても他にやることがあるのは間違いない。

「ここで政権批判して何の意味がある?」

「SNSやらネット掲示板に書き込むのだって意味はないよ」

 それはそうかもしれない。でも僕らは現状を変えようとしているわけではない。どうせ変わらないし、変えることはできないと半ば諦めているのだから。

「政治家が嫌い?」

「嫌いだね」

「どうしたい?」

 どうすることもできない。だからうさ晴らしのように日々ネットで悪口を書き込んでいるのではないか。

「いいか、与党はゴミで、野党はクソだ。さらに言えば国民は馬鹿だ。この国はどう足掻いても変わることはできない」

 上級が上級を優遇する国だ。僕ら下民のことなんて彼らの視界には映っていない。税金は上がり続け賃金は下がり続ける。少子化で老人ばかり増え、若者向けの政策は取られない。当然国を治めるのも老人たちだ。

「それに僕はもうじき死ぬ。死ぬその時までネットで政権批判するだけさ」

「くだらないね」

「なんなんだよお前は」

「死ぬ前にどでかい花火ブチあげよーっぜ!」

「はあ?」

 奴は言った。

「君のその怒りを、パワーに」


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