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三人の魔女 1


 その日の午後、オババとともに叔母の自宅に車を走らせた。

 ドアフォーンを押したのはオババ。


 ♪ピンポーン


 鳴った瞬間、ドアが思いっきり激しく、こちら側に開いたので、思わずのけぞり、オババと横一列で、ふたり同時の華麗なイナバウワー。


「わあ、二人でいらしたの。うれしい」


 満面の笑みを浮かべた優ちゃんが立っていた。

 来訪者ふたりを同時にイナバウワーさせたなど、どこ吹く風。

 そうだ、こいつはそういうやつだ。近くにいると常に危険を伴う。


 危険物取り扱い注意の天然女であった。


「こんにちは」


 優ちゃんとイナバウアー状態の私たちに、ぴょこんと頭を下げ、そのまま10秒ほど深々と下げている。

 のけってる私たちに、お辞儀してる優ちゃん。


 とりま、誰かが見てたら、かなりシュールな絵柄だ。


 優ちゃんはいつも通り普通に無邪気。39歳という年齢を跳ね返し、若い頃よりふっくらした顔は、まるで菩薩ぼさつ。表情は愛されている女の輝きで満たされていて。


 ま、まぶしい!!


 白馬の王子がやってきた女特有の輝き。

 そんな王子、アメの前にいたのはいつだったか……。


 確か、一瞬だが出会ったような気はする。


 王子は、しかし、賞味期限が短い。

 あのきらめくイケメンと、脳内変換していた男たち。


 恋心に手を抜くと、すぐ、どこにでもいる青年になりさがり、手をこまねいているうちに普通のおじさん、そしてやつれたオヤジに変化していく。


 開封直後から、それこそ身も蓋もない腐れかたをする王子を、日々、観察してきた私。


 食事をする王子も、くしゃくしゃ頭を掻く王子も受け入れているうちに、飛べない豚になっている。


 そんな私に、優ちゃんの輝きは眩しすぎる。

 女性ホルモン・エストロゲンを大量に放出している!

 肌を輝かせ、目を潤ませ、全身ツヤッツヤッしている。


 そのエストロゲンの無駄遣い、少し私に回せって、さらに必要なオババは、すでにエストロゲンが何ものかさえも体が思い出せなくなっているぞ。




 で、


 アメ、なんとなく目をそらして、オババもやはり右30度に視線を外している……。


 せつない。


 そして、憐れな優ちゃん、そんなふうに幸せいっぱいなんて。

 許すまじ、詐欺師! 思いも新たに声をかけたのはオババであった。


「優ちゃん、ちょっとね、あなたにお話があって」

「お話? わたしに?」


 まったく屈託がない。屈託という言葉の意味も知らないにちがいない。

 一方、部屋に入ると、先日より、更に憔悴した叔母がいた。


「来てくれたの、本当に良かった。来てくれたのね、ありがとう」ってヒソヒソ声ですがりついてきた。


 この雰囲気、なんかデジャブ。以前に経験があったような。

 なにかに似ているんだ。

 そう感じて、すぐに思い浮かんだ。あの、親戚なんかの、お通夜の雰囲気なんだ。叔母の雰囲気は、まさしくそれで。


 お坊さんが読経をあげていないのが不思議なくらいの臨場感で叔母が通夜をしていた。


 私たちも、つい小声になっていた。


「大変だったわね」

「ええ、ええ」

「私たちがついているからね」などと囁き声になっている。

「生前は」と、つい口に出してから、優ちゃんは生きていると口を塞いだ私。


 そのとき、素っ頓狂な声が聞こえてきた。


「なにか秘密の話? 優子りん、聞いちゃいけないの?」


 明るい声で優ちゃんが微笑んでいる。


 お通夜のようなしめやかな雰囲気に、ひとりだけ恋の国の住人感だしてる。

 そして、冷蔵庫から出した作り置きのジンジャーエールをコップに注ぎ、四つのコップを同時に手で持とうという暴挙に挑んでいる。


 優ちゃん! 危ない!


 思わず走りよって、落とす直前に間一髪キャッチ。


 我ながら、この瞬発力には関心した。オババと叔母も、おおという表情をしている。嫁冥利(みょうり)につきる。


「優ちゃん」と、オババが強いて明るい声を出した。

「好きな人ができたんですって」

「ママから聞いたの?」

「そうですよ。どういう方かしら」


 優ちゃんの顔、みるみる真っ赤に変化した。恥じらいなんてもんじゃなく、真っ赤。りんごのよう。

 39歳、おそるべき速度で赤くなったぁ。


「それでね。ちょっと聞きたいのだけど、相手の人のこと」

「うん」

「お相手の方とお金の話しました?」

「うん」


 優ちゃんからタッチしたジンジャエールを、テーブルに並べているにもかかわらず、オババ、いきなり私の手首をつかんだ。


 目があうと、思わせぶりに私にアイコンタクトをしてくる。顎を上にクイックイッとあげている。


 次に聞けということか? オババァ、聞きづらいこと、こっちにふったぁ!


 優ちゃん、にこにこして座っていて。その場所だけ、ほんわかとしたメルヘン世界の住人で。


「優ちゃん、その相手のひとにお金を貸した?」

「まあ、どうして知っているの? アメ姉さま、すごい!」


 おおお、やっぱり、金がからんだ。

 貸しちまった、この子は。


「それで、いくら貸したの?」

「この前ね。レストランでね、貸したの」と、動じる気配もなく素直に白状する。

「で、いくらなの?」

「そこのレストラン、高かったの。でね、太郎(仮名)ちゃん、お財布が見つからなくて、でね、私が1万円ほどで払ったら、あとで返すって、すごく恐縮するの。かわいいでしょ」


 かわいくない!

 オババは怒りで顔を赤くし、叔母は青ざめた。


「今度ね」と、赤鬼オババが宣言した。

「その太郎ちゃんに会わせてくれない」

「恥ずかしいけど」

「恥ずかしくないわ。私たちが会いたいと。優ちゃん、大事なことなの、わかった」

「うん、連絡するね」


 素直。素直が人間になって、そこに座っている。


 太郎よ! 覚悟はいいか。

 3人の魔女が呪文を唱えながら、会いにいくっかんな。


「きれいはきたない、きたないはきれい(fair is foul, and foul is fair)」


(つづく)

「三人の魔女」

 シェークスピアの劇作「マクベス」に出てくる三人の魔女で、冒頭に上記のような言葉をなげて、劇を進行する役。

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