華麗なる賭け 1
「お相手の方、職業は何をしているの?」と、オババが聞いた。
「えっとね。なんでも、東京の郊外で農業しながら、自由になさっているそうで。土地をたくさん持ってて、お金持ちみたいなの」
「年は」
「35歳」
「年下ってこと」
「そうですよ」
「相手のご両親は」
「それが、早くに亡くなっていて」
悪くはない。悪くない条件だ。その上、顔だって、まあ、普通だ。だからこそ不安を感じたのは私だけだろうか?
「どなたの紹介ですか? 知り合い、それとも婚活企業とかのどこかで」
「いえいえ、違うの。あの子、スマホからの連絡で」
「スマホ? それ、どういう意味?」
オババの声に緊張が走った。犯罪証拠を見つけた刑事の鋭さでツッコミ入れてた。
「どういう意味って、優ちゃんのスマホにその人から連絡が入ったんですって。お見合いサイトとか、そんなところに登録しましたから」
嫌な予感しかない。
書き忘れたが、叔母の夫は定年退職後も会社役員をしている。いまも家を開けることが多く、昔から世界中を飛び回っている有能なビジネスマンだ。単身赴任も多く、ほとんど家にいないのが難点な男で。
平凡な技術系サラリーマンとして仕事を続け、最終的に係長で退職した舅のオジジとは全くタイプがちがう。
オババと目が合った。
その目は、アメ! 出動だ! 行け! と告げてる。
その瞬間、私ははっきりと理解した。オババの頭からソロキャンプは消えた。
ところで、『華麗なる賭け』というスティーブ・マックィーン主演の古い映画。のちに『トーマス・クラウン・アフェア』というリメイク版も制作される詐欺師の秀作映画がある。
大富豪が詐欺まがいの方法で銀行を襲撃、多額の現金を奪う。それを暴こうとして保険会社が送った最終兵器が美貌のフェイ・ダナウエイ。映画の見どころはテーマ曲『風のささやき』をバックにグライダーを操る、そんなスティーブ・マックィーンのダンディズムなんだ。
もう極地。マックィーン!
ダンディズムが服きて歩いてる。
彼のような男には知的で美貌のキャリアウーマンが似合う。彼女は普通の男では手が出しにくい、美貌、スタイル、頭脳、すべてを合わせ持ったハイスペック女だから。
別の意味、優ちゃんも普通の男が手を出しにくい、ロースペック女。だから、フェイ・ダナウェイと違って、詐欺師にころっと転がされる。
オババと私。
相手に会う前から、詐欺師であると予想した。だって、あまりに奇妙だから。
「アメよ」
「は!」
「われらは婚活から離れて久しい」
いや、久しいレベルじゃないから、オババ。
オジジとの金婚式、やっているから。
「現状がどうなっているか。調べよ」
ということで、現代の婚活事情。まずは下調べすることになった、私が。
いや、調べたよ。アメ、がんばった。
そして、その結果に、優ちゃんを忘れて泣いた。
男性諸君。君たちの目は節穴か!
相変わらずの若い子推しの、その上見た目がすべて推し。
子どもが産むために若い子が良いなんて言い訳、もう今の研究では通用せんから。
ヨーロッパの学術調査では、40代以上の高齢母親から生まれた子どもは、出産適齢期に生まれた子どもよりも背が高く、健康に育ち、学歴が高いという結果が発表されているから。リスクもあるが、メリットも大きい。
って、なにをムキになってる私。
なぜなら、男性諸君。
女は違うのさ。女は見た目で選ばないからなんだ。
嘘だと思うかい。
ジョニーディップが一時期、最もセクシーな男に選ばれている事実。やんちゃが過ぎて最近は人気がなさそうだが、顔だけでいったらオーランド・ブルームのほうがよほどハンサムだ。それでも海賊映画で主演をはるのはディップさまだ。
どんなオヤジだろうが、女が感じる魅力があればモテるかもしれない。しかし、男性側、女は若さと美貌って、そりゃあない。
優ちゃんは両方とも、すでに手放している。
優ちゃんのような天然少女、処女を守って39年と、『華麗なる賭け』のフェイのような女たち。毎回処女の振りして39年のような女性とは所詮生きてる空間が違う。
天然でも大丈夫、18歳の頃は可愛いかったけど、25歳では痛かったけど、35歳すぎたあたりから痛いを通りこして個性になってるナウ(古!)。
極めるって大切だ。
サッカー選手の三浦知良さんも、35歳くらいの時はいつ引退するの、から、いつまで現役よって痛いときもあったが、それを通り越しちゃうとキングカズ。レジェンドだ。
優ちゃんも、親族内ではすでにレジェンド。
そんな優ちゃんの初恋相手が得体の知れない年下男。
オババでなくても心配になる。世の中には、触れてはいけない聖域というものがあり、39歳の優ちゃんが立っている位置はそこだ。
今更、変な男に穢されたくない。
ネットで、さまざまな婚活詐欺や結婚詐欺を目にした。一歩外にでたら、悪魔が呼んでるくらいに、婚活業界、怖い。
婚活アプリで出会う相手を、自分の目で品定めできるくらいの、それこそフェイ・ダナウエイ並みの女なら問題ないが。優ちゃんには荷が重すぎるんだ。
(つづく)
『華麗なる賭け』
1968年ハリウッド映画
主演:スティーブ・マックィーン
『風のささやき』という映画音楽がアカデミー賞を撮りました。メロディラインが風のような流れで、大好きな楽曲です。