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大人の事情

 我が家、大人の事情が込み入ったことになっている。


「うな重の美味しい店でお弁当を買いたいが、どこか心当たりはない?」と、オババが聞いてきた。


 んなこと急に言われても。


「場所は?」

「新橋あたりがいいが」


 新橋って、オババ、やはり叔父のところへ行く気だね。


「ググってみます」

「では、新橋駅で会おう。南改札で」

「やはり、あの、わたし…も」

「なにか?」

「は、お待ちしております」


 なぜか、私も新橋まで同行し、一緒にうな重、しっかり食べた。

 エサに釣られた。


 で、うな重の土産を持って、ゆりかもめに乗ったんだ。


 オババが無口なんだよね。


 今日は朝から晴天で、ゆりかもめのガラス窓から見える海がキラキラと輝いてるけど、無口。


 ネズランド、バスで15分の距離だけど、無口。


「お花を買いますか?」

「癌病棟に花は持っていけない」

「そうなんですか」

「菌の媒介が危険らしい」


 知らなかった。

 入院見舞いといえば、ずっと花束だと思っていたので驚いた。

 そして、オババが詳しいことにも。


「よくご存知ですね」

「調べた」


 オババの声は低く、いつもと違って言葉数が少なく、無口。

 病院について、叔父の病室を訪ねた。


 面会時間は14時からだが、妻と偽って13時過ぎで入院部屋を教えてもらった。


 叔父、4人部屋に入院しているという。


 病室のドアを開けると、なぜか、3つのベッドは空っぽで、残った一つのベッドだけカーテンを締め切っていた。ヒソヒソ声が聞こえてくる。


 オババの顔を見ると笑っている。


 カーテンに近づくと、「半丁、いいかね。これでいくぜ」


 叔父の声。


「まてまて、丁!」と、男の声が聞こえた瞬間、オババがカーテンをシャッと開けた。


 3人の、そのうち2人は腕に点滴の管を入れていて、まるでイタズラを見つかった生徒のようにベッドの壁になった。


「なにやってんですか!」と、オババが言った。

「まいったなぁ。委員長、病院にまで来て、先生にいいつけに来たのかね」

「誰だよ、この威勢のいい人は」と、一人が叔父に聞いた。

「古い馴染みだ。さあ、半だ。すまんな、いつも、毎度、ありがとうよ」

「クソ、また負けた。あんた、八百長でもしてないか」

「教え賃だな。八百長はない。授業料だよ……。今日はここまでだ」


 そういうと、叔父はサイコロとツボを片付けた。


「アメちゃん、昨日の今日だ。もう姑に負けたのかい。いくら何でも早すぎないか」と笑いながら、叔父はベッドからおりると、オババに向かって、「よく来たね、こっちへ」と、スリッパをパタパタさせながら病室を出た。


 そのまま長い廊下を歩き、途中に会った看護師に愛想を振りまきながら、叔父、元気に歩いていく。

 椅子とテーブルが置いてある中庭まで案内して、腰かけるようにと、まるで自宅のように寛いでいる。


「なかなか洒落た病院だろう」

「随分とくつろいでいますね」

「まあな。それで今日は」

「差し入れですよ。病院食なんて、たいがい不味まずいですから、うな重をね」

「おお、そりゃ、ありがたいな」

「それから、あなたのことですから、家を譲渡する書類、まだ郵送してないでしょう」

「バレたかね」


 ふたりはまるで夫婦のような会話をしている。入る隙もない。しばらく談笑してから、私、席を立った。


「そうか。今日は僕の冒険談を聞かないのかね」と、叔父が声をかけてくる。

「それは……」

「また、ヨタ話ですか。時間はたっぷりありますから、私が聞きましょう」


 私が席を立つと、オジジに帰りが遅くなると伝えてくれと言われた。オババ、流石に連絡しづらいのだろうと思った。


 中庭を出るとき、背後を振り返った。

 ふたりは穏やかな表情で笑っている。まるで、昨日も今日もずっと、そこで一緒だったかのように、自然な姿で。


 私が手をふると、それに気づいた叔父が微笑んだ。

 優しいひだまりに、老齢になった幼馴染が自然に溶け込んでいた。



 自宅に戻ってから、ちょっとだけ怖気付きながら、オジジに連絡した。


「いいんでしょうか? その、オババさま。えっと」


 そう言うと、オジジ、


「あの人はね。昔からああいう人だから、誰かが困っていれば助けに行きます。止めたって聞きゃしませんから。アメちゃんにも面倒かけて、あの人、言わないでしょうが、感謝していましたよ」

「そ、そうですか。それで帰りは遅いらしいです」

「わかりました」

「すみません」


 つい謝った。すると、軽い笑い声と共にオジジが言った。


「これから私は釣りにでも行きますかね。それからですがね……、アメさん。アレは泣くときは、いつも僕のところへ戻ってきます。他では泣きません」


 穏やかな声だった。


 私、オジジを結婚相手にした理由、なんとなく理解した。

 たとえ、叔父が妹と結婚しなかったとしても、オババはオジジを選ぶような気がした。


(つづく)


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