ロッキー
私の名前はアメ。
普通の主婦なんだけど、でも、ひとつだけ普通じゃないところがあって。
それは、年老いて人の言うことを聞かない方が近くにいる。
夫の母親。姑なんだけど。姑なんて、もともと厄介に決まってるのに、このオババが超ハードに厄介。その上にむっちゃミーハーなお婆ちゃんなんだ。
普段はオババと呼んでいる。
ラクビーが流行ったときは、ニュージーランドのハカダンスを覚え。
ラップが流行したときは、ラップに燃えてた。
ともかく、しっちゃかめっちゃかのオババ。
そのオババからの連絡がきた。最初は、おとなしくLineだった。
『九州でくまモンが困っているそう(*´▽`*)』
顔文字も覚えて、文書の最後に意味もなくくっつけてくる。
『なんのお話ですか』
『おや、知らないの? 昨日の新聞で読んだんですよ(*’▽’)ヽ』
『うち、新聞とってないので』
とまあ、軽いジャブの応酬というか、Lineでメッセージ交換していた。
Lineのあとに電話がかかってきた。
「九州に行く! 準備するように」
挨拶もなく、要件だけを先に言うのがオババ。これになれないと、会話が成り立たない。
「いえ、このコロナ禍で。むちゃです」
「それがな、アメ。ソロキャンプって知っているか」
「ソロでキャンプです」
「だから、ソロキャンプで行けば、コロナだろうと問題はない」
「それで、なぜ、九州まで」
「昨日、くまモンを見た。呼んでおる」
「おりません!」
話が見えないのはいつものこと。
「私はね、これから先、もうそれほど長くはないと思う、だから思う存分生きようって決めました」とオババ。
いきなりの死生観を語りはじめた。
ソロキャンプに行こうってときに?
そもそも、今まで思う存分生きてこなかったという、その認識から間違ってる、オババ。
で、電話でくまモンとソロキャンプの話を延々とするわけ。ジャブなんて軽いもんじゃなくて、もうショートパンチでダダダダダッてな勢い。
「あの、オババ。そもそも間違っております」
「どこがじゃ」
「ソロキャンプとは、一人で行くからこそのソロキャンプ。オババ様、お一人で行かれるのがよろし」
「なんという嫁じゃ。誰が車の運転をするのです。だから、付き添いソロキャンプだ」
ないわ〜〜。
いや、ない、どこの世界に付き添いと一緒でソロキャンプって言う。
私、季節の変わり目、体調がよくないこと多く。この電話の時間も午後7時過ぎで主婦には忙しい時間。で、言っちまった。言葉が勝手に口から飛び出したって、そんな感じで。
「行きませんから!」
強烈なカウンターパンチ、食らわした!
斜め右からすくい上げる感じで、見事に入れた! 相手の出鼻をくじく、まさかの一発を放ったわけ。
ガチャン!
ノックダウンか?
オババ、床に沈んだか。
電話が切れると同時にLineが、再び入っていた。
『ズームで話しましょう。やはり顔をみてじゃないと、誤解がありますからね(σ_σ)』
どんな誤解よ! 全然ノックアウトしてない。まだやる気だ。やる気満々、どっちかといえば、火をつけちまったぁ。
アメ、腹をくくりました。
やってやろうじゃない!
もう夕食の後片付けとかなんて、すべて忘れたね。
パソコン立ち上げる前に鏡に向かって、ルージュを入れ、髪をまとめ、紺のスーツに着替えた。戦闘服である。
この時、背後では映画『ロッキー』のテーマソングが流れていた。
♫タッタッタッラ タッタッターー
もう気持ち的にはフィラデルフィア美術館の階段を登りきり、朝陽に向かって両手でガッツポーズしていた!
オシッ、決まったぁ!
行くぞ、ズーム。
パソコンを立ち上げズーム。
画面アップ。
アップ
アッ……。
ん?
オババの家の壁しか見えない。
どういうことだ。
しばらくして、オジジの困ったような顔がドアップで現れた。
「アメさん。そのね」
「あ、お義父さん。お元気ですか?」
「まあ、そのあれでね。あれだから」
なに、その、あれであれって。
「は、はあ」
「そういうことだから、ま、よろしくね」
「えっと、その」
「あのね、今。駅に向かってますからと、よろしく伝えて欲しいと」
え、駅? 駅って、この時間に駅って。
どういうこと?
まさか、来る気か。こっちに向かったてことか?
誰か止めてくれ。
止めてくれんか!!
だ、だれかぁああ!!!
ズームが切れた。まだオジジの済まなさそうな顔が残像として残っている。
「エイドリアーーン!!」
このギャクがわからない人、今日は置いとく。オババ来襲なんで!
(明日に、たぶんつづく)
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【映画『ロッキー』】
1976年公開のボクシング映画。第49回アカデミー賞の作品賞・監督賞・編集賞ならびに第34回ゴールデングローブ賞ドラマ作品賞受賞作品。
続編は6まで作られている。
出演
ロッキー:シルヴェスター・スタローン
恋人エイドリアン:タリア・シャイア